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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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ジュブナイル14



 村雨は、ノート型パソコンから手を離し、傍らにおいた煙草を探った。一緒においてあったライターで火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出し、目を細める。
 スピーカからは、派手な爆発音と、息遣いが聞こえていた。そして、短い気合の声に、銃声。
「ったく、山奥でもねぇのに……」
 パソコンの画面に、メール着信の知らせが出る。煙草を片手に持ったまま、内容を確認する。
 口元に笑みが浮かんだ。
 メーラを落とすと、ほとんど減っていない煙草を携帯用灰皿にねじこんで、受話器を手に取った。


 すこしばかり、冷たい印象を与える美女だった。
 白衣に身を包んだ彼女が指し示す先で、多数の男どもが右往左往している。彼女の後ろにもまた、ぎこちない手つきで色々な作業をしている男たちがいた。
 彼女のまとう雰囲気は、それをごくあたりまえの風景に見せることだろう。
 ――ここが、どこかの研究施設、もしくは豪奢なテラスであれば。そして、しもべたちが白衣やタキシードでを身にまとっているのならば。
 だが、残念なことにここは、私立高校の保健室であり、右往左往する男たちは装甲服で身を包んでいた。
 額に符をはりつけた装甲服の兵士たち。彼らの掃除の腕前に、劉瑞麗は眉をよせた。
 その背後では、何かが扉に体当たりする音が響いている。
『弦月』
 眉を寄せたまま、彼女は呼んだ。どこか異国的な雰囲気を漂わせる彼女に相応しく、日本語ではない。
 彼女の手足として立ち働く男たちのうち、たった一人。装甲服姿ではなく、Tシャツ姿の青年がいた。
 窓から「何か」を投げ捨てていた彼は、彼女の声に振り返った。
『手伝いはもういらないと言って来い』
 煙管を手に、ゆっくりと瑞麗は言った。
 弦月と呼ばれた青年は、足元に倒れていた装甲服の最後の一人を、ひょいと持ち上げた。
 そのまま窓から投げ捨て、一仕事終えたとばかりにてのひらを打ち合わせる。
『ああ、戸口で騒いでるのに言い聞かせてからな』
 瑞麗とよくにた細い目をさらに細め、弦月は大きくためいきをついた。
『あっこから出ていけと?』
 そう言って、彼女の言うところの「騒いでいる連中」がいる場所を親指で指差す。
 部屋の扉は、目に見えて撓んでいた。
 どれだけの重圧をかければ、ああなるか? いや、それ以前に、なぜ扉が壊れない?
 ここが、ごく普通の保健室だということを考えるに、おそろしく不自然な光景だった。
『ああ』
『……何人いると思ってんだよ』
『気配では六人』
 弦月は、わざとらしいため息をつきながら、窓を閉めた。
『そこのもついでに始末しておいてくれ。全校生徒の安らぎとなるべき保健室の窓の下に、ゴミがうずたかく積もってるのは見栄えが悪い』
 瑞麗の煙管は、先ほど弦月が閉めた窓を指している。
『ったく』
 文句を言いながらも、弦月は保健室のベッドの上にあった、天香学園制服の上着をとりあげた。
『はやくいけ』
 騒ぎに顔をしかめ、瑞麗は言い捨てた。
「……ねーちゃん、ほんっと人使い荒いわ。だから、いい年して嫁の貰い手がないんや」
 肩をすくめると、弦月は日本語に切り替え、小さく言った。
『弦月』
 一音一音、ゆっくりと区切るようにして瑞麗は発音した。
 ガクランを羽織っていた弦月は、ちらりと彼女を見、目を見開いた。
 身内すら陶然とさせそうなほど美しい笑みが浮かんでいる。
 彼はもう何も言わなかった。小さく身を震わせ、無言で頷く。そして、ベッドの下から青龍刀を取り上げると、扉の前に陣取った。
『解』
 瑞麗が煙管を振る。次の瞬間、轟音を立てて扉が倒れこんでくる。
 タイミングを合わせ、弦月は技を放った。剣の軌跡にのせた《気》が、つっこんできた《秘宝の夜明け》(レリックドーン)の兵士を直撃する。
 それを追って、保健室外に出ると、彼は剣を振るう。
 背後では、掃除をしていた装甲服たちが、ぎこちない動きで出入り口に人の壁をつくりつつあった。


「FREEEEEEZE!」
 通信機を覗き込んでいたマリィ・クレアは顔を上げた。そして、ゆっくりとした動作で振り返る。
「FREEZE! HOLD UP!!」
 数メートル離れた地点に、装甲服姿の男が立っていた。
 露骨に銃口が揺らいでいた。震えながら銃を構える姿は、明らかにおびえに支配されている。
 ほんの一瞬で、重装備の自分たちを蹴散らした二人組み。片方が木刀を持っているとはいえ、機関銃や手榴弾等に比べれば、ほぼ丸腰と言ってもいいだろう。超自然的な力を操るとしか思えない彼らに対する、本能的な恐れの表れだった。
 少女一人だけならば、くみしやすしと思ったか? 彼女を人質に、鬼神のごとき剣士の動きを封じようとしたか。それとも、彼らを恐れるあまりの本能的な防御活動か。
「――Anything cannnot Freeze me」
 マリィは目を細めた。
「FREEZE! FREEEEEZE!」
 兵士はただ、「動くな!」とだけ、わめきちらしていた。自らの言葉も、マリィの言葉も、理解できている様子はない。
 銃口が揺れる。がくがくと、装甲服を着た身体そのものが揺れていた。一歩、二歩と、兵士は後ずさる。
 マリィの視界に、他にも起き上がろうとする兵士の姿が入った。
 緩慢な動きは、まるでゾンビかなにかのようだった。
「Let’s Dance MEPHIST! FIRE!」
 瞬間、黒い疾風がマリィに銃をつきつけていた兵士を襲った。
 同時に、そこかしこに倒れている兵士たちの上で炎の華が咲く。
 厳しい顔つきで、マリィは辺りを見回した。しばらくの後、不意に表情が緩む。
 足元にまとわりつく黒い猫を抱き上げ、マリィは笑みを浮かべた。軽く猫の喉の辺りを人差し指で撫でてから、肩に乗せる。よほど慣れているのか、まるでぬいぐるみのように大人しく、黒猫はマリィの肩に乗った。
 一つ頷き、彼女は踵を返した。門の外からは、剣戟の音が聞こえていた。


「行くぜといって、まっすぐ向かえばカッコいいー、だ・け・どー」
 妙なフシをつけて歌いながら、京也は天香学園における自らの部屋の中をあさっていた。銃に弾薬、携帯端末にゴーグル、テグスや種々の試薬といった品々を、手早く用意し、机の上に積み上げている。
 背後では、如月が無言で部屋の中を睥睨していた。
「そういや、ヒーローが現れるのがやけに早かった気がするんですが」
 必要なものをベストや何かに慣れた手つきで詰め込む手を止め、京也は尋ねた。
 如月は、腕組みを解き、京也のガクランに手を伸ばした。ぶあつくおろした前髪の下、何度もまばたきする相手にかまわず、勝手にボタンを外すと、内ポケットに手を入れる。出てきた時には、薄い紙のようなものがつままれていた。
「ええっと、最初に行った時?」
 乾いた笑いをあげる京也に向かって、頷いてみせる。
「たまたま着てないとか、洗濯でさやうならとか、探索でぐしゃりとか、よく無事でしたね」
「外に出る時も持ってくるくらいだ。それなりに根拠はあると思うが」
「はは。つまり、さっきのメールで足を止めさせた、と?」
「どちらかというと、こっちの方が分の悪い賭けだったな」