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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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ジュブナイル18



 一人の男が、天香学園高等学校の保健室の扉を開けた。職員にも、生徒にも見えない、さらには外部の教育関係者にも見えない男だった。
 保健室には、すでに先客がいた。彼らもまた、とても学生や職員とは見えなかった。
 扉の横にたたずみ目を閉じている細身の男。
 コンビニ前のヤンキーのように座り込んでいる、微かな笑みを顔に湛えた男。
 そして、先ほど入ってきた、かたぎには見えない男。
 彼らの存在は、平和な保健室を何か異質な空間へと変化させていた。本来の利用者であるところの学生が入ってきたなら、その場で回れ右してしまいそうな雰囲気だった。
 もっとも、今日は昨日の騒ぎのおかげで授業は行われていなかった。そのうえ、時間的には、午後十時をまわろうとしている。保健室に利用者があるような時間ではない。
「ったく、ホワイトクリスマスも状況によりけりだな」
 髪にからまる雪の欠片を落としながら、村雨は顔をしかめた。その姿に、劉は座り込んだまま、ひらひらと手を振った。
「久しぶりやなぁ、村雨はん」
 何事もなかったかのような声に、村雨は口元を笑みの形に歪めた。
「どこに隠れていやがった、劉弦月。――ん?」
 さらに軽口を叩こうとした村雨は、横からの問いに、それを中断した。
「モノベはどうした?」
 もう一度、如月は繰り返した。いつも通りの白皙の美貌だが、微妙に頬がこけているようにも見える。
「さっき、最後の《秘宝の夜明け》(レリックドーン)に引き渡した。――アンタ、寝てないだろう」
「いや、少しは奥で休ませてもらった。お前こそ」
 如月の言葉に、村雨は肩をすくめた。そして、ポケットから煙草の箱を取り出すと、指先ではじく。
「禁煙かネェ、やっぱ」
「高校の保健室で吸おうとするか」
「やめといたほうがええで」
 二人がかりで止められ、村雨は小さく笑うと煙草をポケットに戻した。
「先生の方は、大人しくはしているようだな」
「――出た頃は、口もきけなかったようだ。しばらくはストレスで動けないだろう」
 微かに如月の表情に影が差す。
「なんぞ、気になることでもあるん?」
「――いや」
「ンな場合じゃネェだろ」
 村雨の強い口調に、如月は頷いた。そして、眉を寄せ、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「そうだな。……自発的に京也が動くことは考えにくいが、外からの要因ならば、正直わからない。たとえば、《生徒会》がニセモノだと言っていた鍵の話。扉を開く資格。主なき部屋の守護者。情報が少なすぎる。何よりの不安材料は、もしも京也が動く気になった場合、おそらくは僕に助けを求めないことだ」
「ま、芙蓉の目を盗むことが出来りゃあ大したもんだ。とりあえず、一つの不安材料は取り除いたってことで。今は、船頭の意思をまとめる時間だ。――M+M機関はどういう状況だ?」
 如月の言葉に大きく頷くと、村雨は弦月を見下ろした。矛先が向き、弦月は、細い目を見開く。そして、肩をすくめると、首を横に振る。
「なかなかなぁ。って、村雨はんに如月はん、アンタらも悪いんやで? よりによって、壬生はんまで連れてくるから」
 恨みがましい声に、村雨は苦笑を浮かべる。
「俺らとしちゃあ、先生の無事が目的で、ここに眠るナントカってのには興味がなかったんだよ。……いいのか? 劉。お前はいかなくて」
「わいはただのバイトや。エージェントとは違う」
「大層なバイトだな。うちも万年人手不足でなぁ。腕が立つ奴は高く買う。こっちに来る気はねぇか?」
「秋月はんとこなら、給料も高そうやなぁ。もしかして、週休二日だったりせぇへん? ねーちゃんときたら、ほんっと、人使い荒くてしゃあない。嬉しいわぁ」
 如月は、長く息を吐き、もう一度目を閉じた。


 自室のベッドに、京也は腰掛けていた。
 ベッドに座って、正面には備え付けの机がある。少し視線をずらせば、本棚がある。もっとも、本棚とはいえ、半分ほどは本ではなく生活用品で埋まっている。
 何かを見ている様子はなかった。
 口が微かに動いていた。それにあわせるように、指先もまた動いている。
 ひとつ、ふたつ、みっつ……。動きを注視すれば、ゆっくりと数を数えていることが分かっただろう。
 微動だにせずに、京也は数を数えていた。まるで、魂が抜けてしまったかのような空ろな表情だった。


「お待たせした。本部の了解が取れた。最終的にこの学園をどうするかは別として、当面の調査については、君たちに協力しよう」
 保健室奥のカーテンが開き、白衣の女性がきびきびとした動作で彼らの前に現れた。その後に続いて、革ジャンを着た男と、黒衣の男が現れる。黒衣の男は、村雨たちに対し、小さく頷いた。
「改めて、名乗らせてもらう。M+M機関所属・劉瑞麗。この件についての現場の責任者だ。それと、こっちが鴉室洋介。同じくM+M機関エージェント。壬生と弦月については必要ないな」
「ああ。秋月家当主に代わって、礼を言わせてもらう。村雨祇孔。一応、秋月の看板は背負ってはいるが、この件に日本政府の意向はない。特権濫觴っつーほうがあってるか。よろしく頼む」
「秋月の懐刀とは、あなたのことか」
「いんや。奴なら今頃結界の中で唸ってる頃だ。俺はそんなご大層な身分じゃあねぇ」
 村雨の言葉に、瑞麗は小さく頷いた。そして、如月の方に目線を移す。
「飛水家当主、如月翡翠。決断を感謝する」
 短く言って、如月は言葉を切った。
「飛水は、ロゼッタ協会側だと思っていいのか?」
「今回、ここに来るにあたってロゼッタ協会の協力は仰いでいるが、個人的な副業における顧客という以上の関係はない」
「ロゼッタ協会のハンターはどうした?」
 保健室の中にいる人数を数えていた革ジャンの男――鴉室が尋ねた。
「彼も本質的にはロゼッタ協会とは無関係の人間だ」
「おいおい。つったって、あのハンターがロゼッタ協会の端末片手に《墓》ほじくり返してるのは確かだろうがよ」
 如月の短い答えに、鴉室が眉を寄せる。瑞麗も概ね意見は同じとばかりに、小さく頷いた。
「いや。――彼はここに同席させるべきではない」
「理由は?」
「調査は済んでいないか?」
 問いに問いで返すと、如月は、村雨、弦月、壬生と視線を走らせた。
「――当代の黄龍の器、と。そこまでは知っている」
 鴉室に代わり、ゆっくりと瑞麗は言った。そして、ちらりと弦月(おとうと)を見る。
「最悪の場合、飛水は彼の抹殺も視野に入れている。よって、彼がここに同席するは好ましくない」
 淡々と語られる言葉に、鴉室と瑞麗は目を見開いた。村雨は微かに眉を寄せ、弦月は目を細めた。壬生は、ただ無表情に頷く。
 それぞれの反応を確かめるように、如月はそれぞれの表情(かお)を見渡した。
「……君たち……いや、飛水と秋月、そして壬生は、彼――黄龍の器を手助けするために乗り込んできたんではないのか?」
「目的は間違っちゃいないさ。俺たちが乗り込んできたのはそのためだ」
 村雨は肩をすくめた。
「だが、な。後手に回るわけにゃあいかない危機ってのも存在するんだ。俺はあの御仁を殺したくはない。だが――」
「混沌の龍の再臨を防ぐためであれば、器の破壊もやむなし」
 村雨の言葉をひきとり、如月はきっぱりと言いきった。