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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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アダルト―非決定性のオートマトン―



 少女に向かって笑った。
 この場合において正しい表情を選び取り、表情筋にのせる。安心感を与える声の質や口調、セリフ。なりゆき、相手の表情、会話の内容。皆を率いるに相応しい人間としてのそれは瞬時に思い浮かび、実行するもたやすい。
 知っている少女の姿をした存在(もの)には通じただろうか? 彼女は、出会った頃の少女と同じ硬い表情を崩さず、長い物語を語り始めた。
 話に現れる年号から、世界史における当時の出来事を断片的に思い浮かべる。栄えた文明。代表的な指導者。文化。建築物。少女が紡ぐ「遺伝子工学」や「テクノロジー」の単語とは、いささか相性の悪いそれら。
 思考はシフトする。世界史から、超世界史の世界へ。エーゲ海に浮かぶ大陸。未解読の文字。歴史と矛盾する出土品。
 小さく相槌を打ちながら、少女の話を聞いた。時に反駁し、時には促す。かつての経験で身につけた、効率の良い情報収集と信頼獲得の手法。
 話の最後で示される「願い」
 京也は笑う。大きく頷き、両手を広げる。自信に満ち溢れた所作など、とても簡単なことだ。実際、彼女の頼みは、おそらく京也にとって難いことではない。――どの立場をとるかと、一段高い領域(レイヤー)から検討するという行為をはぶけば。
 だが、少女の表情は曇った。
 ぶあつく下ろした前髪の下、京也は何度か瞬きをした。
 理由はすぐに分かった。
「誰か来ます」
 そして、唐突に近くに現れる気配。それは、おそらく今まで「誰か」が、気配を殺していたのであろうと思わせるに十分なほど、わかりやすい出没だった。
「よぉ。珍しい二人だな」
「あなたこそ、こんな夜中にどうしたの?」
「眠れなくてな。しかし、まさかおまえらがな。――んん?」
 相手を窺うようなやりとりに、京也はただ笑みを浮かべた。
「どう見たって、そういう状況だろう?」
 日常を取り繕う会話を嘲笑うかのように、それは目覚めの咆哮を放った。


 二人は無言で寮に向かって歩いていた。
 京也は片手で黄金の剣をもてあそび、皆守は目を細めアロマをふかしていた。
 昼間からふったりやんだりをくりかえしている雪が、また、ちらほらと落ち始めた。十分に冷えた地面は、小さな白い欠片を優しく受け止め、自らを白く飾る。明日には、年に数度の雪化粧をした街並みを拝むことが出来るだろう。
 東京には珍しい雪も、ましてや白岐が語った話も、目覚めの咆哮も、彼らの口には上らなかった。
 ただ無言で、温室から寮への短くはない道のりを、二人は歩いていた。
 女子寮の入り口で、白岐を八千穂と七瀬に引き渡した時に、口を開いたくらいだった。もっとも、それは彼女たち(やちほとななせ)に対してであって、互いに言葉を交わしたわけではない。
 男子寮の玄関が近づくと、皆守は露骨に歩く速度を落とした。
 そして、扉から数メートルの場所で立ち止まる。
「――」
 背後から声をかけられて、扉に手をかけようとしていた京也はふりかえった。雪が舞い落ちる音に埋没してしまいそうに、微かな声だった。
「風邪、ひきますよ」
 しばらく見守ったが、皆守は口を開かなかった。
 だから、京也は言った。
 京也のほうは、紺色のダッフルコートを着ている。そして、コートの中には、アサルトベストや携帯端末(H・A・N・T)をはじめとする《墓》を探索するための装備がかくされている。実のところ、作業用みたいな軍手の下に、黄龍甲までも身につけていた。
 対して、皆守のほうは全くの普段着だ。コートすら身につけていない。ひょいと部屋を出て、談話室の自販機に飲み物でも買いに来たかのような格好だった。明らかに、この冬の夜、外を出歩くに相応しい格好ではない。
 妥当な言葉だった。
 皆守は目を細め、アロマパイプの中に残っていた滓を捨てた。
 そして。
「――嫌な、夜だな」
 パイプをポケットにつっこみながら、皆守は言った。
 京也は、雪化粧の始まった辺りの風景を見回す。
 いくつもの雪片が皆守の髪に落ち、いくつかが白く残る。髪飾り(アクセサリ)の彩りが増していく。先を促すか、寮に入るよう招くか。どちらかをしたほうがいいかと、京也が口を開きかけた時、皆守は言葉を継いだ。
「何もかもが変わっちまいそうな、そんな気がする」
 京也は空を見上げてから、皆守の顔に視線を戻す。そして、小さく頷いた。
 ただ見守る。ただ聞いている。
 その姿勢を保ちながら、頭は忙しく働いていた。相応しい言葉。相応しい態度。彼の言い出すだろう言葉。返答。幾通りものシミュレーションが繰り返され、枝葉を広げていく。中から選び取る、相応しい態度と答え。根底に位置するべき姿勢。相手の胸襟を開き、信頼を得、やる気を引き出す正しい答えはどこにある?
「おまえが転校してきて三ヶ月。……長かったのか短かったのか。いや、やっぱり、あっという間だったな」
 懐かしむような、暖かな、それでいて寂しげな笑い。
 そんなことより、風邪を引くから室内に入れ。否。ここは聞くべきだ。
 そういえばそうだ。それで? 否。軽く扱うな。否定するな。
 時間が短く感じるなんてのは、年をとった証拠だ。否。論外。
 京也は指を折る。一本、二本、三本。コロコロに膨れた軍手は、場にそぐわぬほどのユーモラスな感触を伝えてくる。
「ああ、確かに」
「――どうして、ずっとこのままでいられないんだか」
 咆哮の主を倒すために、同時に封印された《秘宝》を手に入れる。それが、箱を開けるための鍵を、箱の中に探す行為でない保証はない。
 京也は、手に持ったままの黄金の剣に視線を落とした。
 皆守は、先ほどの咆哮が、ストレートにこの事件の終焉につながると思っているのだろうか。
 事件の終焉イコール、京也の任務の完了。任務が完了したならば、《宝捜し屋》(トレジャーハンタ)は、探索の地を後にする。
 このままでいられない。変化が訪れる。この状況での彼の発言は、そういった考えに基づいているのか?
「変化なんてのはうっとおしい」
 完了間際によく発生する、微妙なおびえにもにた感情か?
「なぁ。……そこに平穏があるというのなら、そのままであって欲しいと思うのは、間違っちゃいないだろう?」
 それとも、唐突に「日頃の悩みに耐えかねた」か? 人はストレスを抱える。何もない状況でも、何かある状況でも、不思議なくらいにストレスの種はつきない。普段の態度が、いくら平然としていても、それだけが本人にとっての真実とは限らない。唐突に、何かを吐き出したくなることがある。耐え切れないから。理解が欲しいから。場の成り行き。甘える理由。
 彼が提示する内容。自らの我思う。心を通じ合わせるとでもいった、会話のもっとも美しい目的をよそに、京也の頭は回転し続ける。正しい答えと態度を探し、ただ、言葉を分析し、彼の様子を窺う。
 皆守は京也を見ている。
 歪んだ笑みだった。腕を広げ、受け入れてくれる相手を探すような。それでいて、否定を望むような。
 京也は探す。
 彼の心を軽くする言葉を。すなわち、彼を味方につけるために、もっとも効率の良い解答を検索する。