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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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ジュブナイル20



「大広間」は静かだった。
 村雨は、ポケットから取り出したライタをつけて辺りを見回した。如月のほうは、特に不自由していないらしい。
 方角はわからないが、どこかから人外の声が聞こえる。
 油断をしていたら、隣にいたはずの人間が姿を消していてもおかしくはない。そんな、生きた闇が揺れていた。
 顔をしかめ、村雨はライタの火を消してポケットにしまう。
「如月。何かあるか?」
「前に来たときとは、中央の陣の様子が違った」
 たったあれだけの光と時間で、それだけの情報を得たのだろうか。いや、もしかすると、ライタの光すら必要なかったのかもしれない。
「ふむ。行くしかねぇだろうなぁ。と言いたいところだが。おい、保健の先生。懐中電灯はまだか」
 ロープの上に向かって呼びかける。
 彼らが《墓》にたどりついた時、すでに生徒会役員および執行委員の生徒たちが、ここをとりかこんでいた。
 幾度か言葉を交わすが、らちがあかない。押し問答を由とせず、これは強行突破かとやりかけたところに、瑞麗が追いついてきたのだ。彼女の口添えにより、彼らは問題なく《墓》に降りることができた。
「今行く」
 応えとともに、白衣を身につけた女性がロープを降りてくる。
 瑞麗から懐中電灯を受け取ると、改めて村雨は辺りを照らした。強力な非常用の灯りが、先ほどとは比べ物にならないほどの光量を、古代の遺跡にもたらす。とはいえ、広大な闇をすべて追い払うには、あまりに非力な文明の利器だ。なまじ明るくなった分影も濃くなり、柱の向こうに潜む何者香の存在を強く意識させるかのようだった。
 如月はすでに広間の中央に向かって歩き始めていた。
「おい」
「早くしろ」
 村雨の言葉に対し、冷たい返答を返すと、そのまま部屋の中央に至る。
「ってことらしい。――アンタは残れ。上のガキどもを頼む」
「ああ。それが適当だろう。残りが来た時に押し問答させるわけにもいかない」
「アイツなら、問答無用で全員蹴りそうだけどな。ああ怖ぇ」
 おどけた口調で言って肩をすくめると、村雨は小走りで如月の後を追った。
「……先生」
 村雨の後姿を見守っていた瑞麗に、少女の声がかかる。
 見上げると、双樹咲重が顔を出していた。
「どうした。ああ、今あがる。しばらく待て」
 言葉を選ぶ彼女に向かって手を振ると、瑞麗はロープを上り始めた。


 先に、部屋の中央にたどりついた如月は、奈落への入り口をじっと見つめていた。その姿の傍らに立ち、村雨は懐中電灯で辺りを照らす。
「破壊した――ってわけじゃあ、なさそうだな」
 深さの見えない穴を、村雨は懐中電灯で照らし、言った。如月は、穴のふちに指を滑らせ、頷く。
「扉が開いたと見るが妥当だろう。――前の例では、印のどれかが光っていたんだが――」
「印ってのは、これのことか?」
 大きく刻まれた円の内部に並ぶ模様の一つを、軽く蹴る。
「ああ」
 立ち上がり、穴に沿って歩く。注意深く一周したところで、興味を引いたものがあった場所に、再び如月はしゃがみこんだ。
「ここから降りた、か」
 彼のてのひらには、闇に降りていくにはあまりに頼りない印象を与えるロープがあった。幾度か引いて、手ごたえを確かめ、眉を寄せる。
「下まで至っていないようだな」
「他は見なくて大丈夫かい?」
 小石を投げ込み、深さを測る如月に向かって、村雨は尋ねた。
「今は京也を止めるが先決。わかっているだろう?」
「まぁな。だが、必ずしもここを降りた先にいるとは限らねぇ。違うか? ここを見た後、他所に向かった場合、タイムロスが大きい」
「今までここを探索してきた京也ならば、あやしい場所もあるかもしれない。だが、データのない僕たちにはここ以外ない」
 言うと、如月は目を閉じた。そして、深く息を吸い、細く吐く。唇が、小さく動いていた。
「おいおい。今から相手をするのは、黄龍サマだろうが。大丈夫かよ」
 懐中電灯の光の中、ゆっくりと如月は目を開いた。
 艶やかな黒髪が人工の光の中ですらなお輝きを増し、白皙の美貌はまさに氷を思わせる冷たさと白さを際立たせた。切れ長の眼窩におさまった瞳は、闇色に染め上げられ、瞳孔と虹彩の区別すらつかない代物と化す。
「――三歳のアインシュタインよりは、物理学への造詣はあるつもりだ」
 どことなく金属質の声が答えた。そして、歯車が動くような動きで、口元が緩やかな弧を描く。
 形こそ人だ。だが、声が、目が、何よりまとう気配が、彼を人にあらざる存在であると知らしめていた。
「巻き込まれんじゃねぇぞ」
 如月の中では、いつも以上の大地の力が息づいている。北方に位置する丘陵。ひやりと冷えた水の気配。北方玄武の化身が、今まさにそこにいた。
 青龍、朱雀、白虎、そして玄武。中心に黄龍。相応でなくとも、四神に近づけば、より大きな力を得ることができる。龍脈の力を引き出し操るに、とても有利な足場を得ることができるためだ。
 だが、四神相応の中心には、何が位置するか? 黄龍だ。力を引き出すに有利な位置をとればとるほど、黄龍の影響を強く受ける。だが、龍脈の力を得ない限り、巨大な力を操る存在には勝てない。
「おまえこそ、デスクワークでなまった身体で、無様な動きを見せたら末代までの笑い種にしてやる」
 そんな二律背反を、如月は鮮やかに切って捨てた。
「言うね、老陰玄武」
 微かな笑いの吐息を残し、如月は床にぽっかりと開いた昏い顎に身を躍らせた。
「――まさか、俺にまでああしろたぁ、いわねぇだろうな――」
 階下にたどりついた音は聞こえない。先ほど、如月が投げ込んだ小石も、かなりの深さを知らせていた。
 情けない表情で、懐中電灯を腰にくくりつけると、村雨はロープを手に取った。
「待て! 待て、二人とも!」
 そろそろとロープを降りようとした村雨を、瑞麗の声が引きとめた。
「何だ?」
 ロープを手にしたままの村雨は、声の方を振り返った。懐中電灯の明かりが、持ち主の動きを表し、揺れている。
「――女の子が、一人。下に向かっているらしい」
「何だと!」
 走りながらの瑞麗の言葉に、村雨は叫び返した。
「双樹――さっきの役員の一人が、見かけたそうだ。《墓》についた時、ここに降りる人影を見た、と。おそらくだが、降りた女生徒は白岐幽花」
「どっかで聞いた名だな」
「阿門家嫡子と同じ年に入学した封印の巫女だ」
 村雨の傍らまでやってくると、瑞麗は大きく息を吐いた。
「また、面倒くさいやつが――分かった。おぼえておこう。アンタも、弟と探偵がくるまで大変だろうが、ガキどもを抑えてやってくれ」
「ああ。武運を」
 瑞麗の言葉に、村雨は器用に片目をつぶった。
 次の瞬間、大きな縦ゆれが《墓》を襲う。そして、どこからともなく響く人にあらざるものの声と、破壊音。
 瞬時に、村雨の表情が引き締まる。
 ロープを手に取ると、レスキュー隊員のような身のこなしで、彼は下へと身を躍らせた。


 まるで、金髪にエプロンドレスの少女だった。彼女がうさぎを追いかけて飛び込んだ縦穴は、きっとこんな代物だったに違いない。
 どこまで落ちるのかしら? そんな、自問こそしなかった。が、彼女のように、如月はひたすらに深い縦穴を落ちていた。