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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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ジュブナイル21



 汀京也はゆっくりと目を開けた。
 ぼやけた視界をはっきりさせるために何度か瞬きし、途方もなく重い腕をあげて目をこする。
 蛍光灯の白い光と、消毒薬の臭い。
 どこかでこんなことがあった。そんな気がした。
「目が覚めたか?」
 声とともに、天井しかなかった視界に、男の顔が現れた。
 名を呼ぼうとする。唇がはりついて、うまく動かなかった。
 男の表情が、微かに歪んだように見えた。
 無骨なてのひらが額に触れた。ほんの少し、ヤニの臭いがした。
 もう一度名を呼ぼうと試みた。驚くほど弱々しかったが、今度は声が出た。
「村雨」
 自らの声を聞き、京也は顔に笑みを形作らせた。
 ベッドが軋む音がした。続いて、身体の片側が重くなる。村雨が、ベッドの端に腰を下ろしたらしい。
「アンタのおかげで、折角のクリスマスはだいなしだ。どうしてくれる」
 大げさなほどに恨みがましい口調だった。
「予定、あったんすか?」
「おおよ、とびっきりの美女が集う大人のクリスマスパーティってやつだ」
 村雨の答えに小さく頷くと、身体を起こそうとした。
 だが、そっと肩を抑えられ、動きを止められる。視線だけを動かして辺りを確かめた。
 ベッドやシーツは、個人の家にあるものの雰囲気ではない。やけに古そうな、カードを入れる場所のついたテレビが枕元にあった。
 個室だが、壁が厚いわけではなく、子供の泣き声や誰かが行きかう足音が聞こえる。
「桜ヶ丘、ですか?」
 子供の声からの判断だった。もしも、秋月の息がかかった病院ならば、子供の声はないだろう。実際に入ったことがあるわけではないが、いくつかの話からそう考えた。
 村雨の肯定に、京也はひとつためいきをついた。
「産婦人科に入院するなんて、滅多にない経験だと思ってたんですけどねぇ」
「普通ねぇよ」
 間髪入れぬツッコミに、情けない笑い声を上げる。
「――ああ、そうか――」
 笑い声のあと、無意識の動作で前髪を降ろし、整えながら、京也は呟いた。先ほどまで感じていた既視感の理由に思い至ったためだった。
「皆守クンと阿門クンは?」
 聞き返してくるより先に、京也は尋ねた。
 改めて身体を起こそうとする京也を、村雨は少し強く抑えた。
「だから、あんたは寝てろ。ええと、最下層に一緒にいた連中か。例の保健の先生がついてるから大丈夫だ。アンタより一足先に目を覚ましてる」
 もがく京也を宥めるように叩き、村雨は言った。
「何日?」
 もがくのをやめ、京也は尋ねた。
「二十八だ」
「ああ、あの時よりは短いのか」
 手の甲で額を軽く叩かれ、苦笑をもらす。
 筋張った手のひらは、しばらく京也の顔の上を彷徨っていた。やがて、微かな笑い声とともに、もう一度額に落ちる。ゆっくりと髪をすかれる感触に、分厚く下ろした前髪の下の目を細めた。
 ゆっくりと髪を撫でる手は、けして前髪をあげようとはしない。
 京也は、長く息を吐いた。
 そして、尋ねた。
「いいんですか?」
 手が止まった。
「なにがだ?」
 目はあわせなかった。
「――生かしておいても、いいんですか? 俺を」
 思いのほか簡単に、その言葉は唇を滑り出た。感情の震えもなく、すがるような響きもない。ただ、事実を告げるだけの口調だった。
「何を、言ってるんだ。アンタは」
 息を呑む気配があり、その後、村雨にしては珍しいほどのぎこちない声が返ってきた。
「龍脈を征する力を求むもの、それは、世の安寧を脅かす存在として、速やかに抹殺――するべきじゃ、ないのか?」
 ゆっくりと、それでいて確実に、言葉を選ぶ。過不足なく、それでいて誤解を招かないよう、細心の注意を払った。
「そうして、柳生宗嵩はたおされた。九角天童――あの時は、秋月(むらさめくんたち)は、俺の前に姿をあらわしていなかった。けど、動いていてもいなくてもおかしくない。九角が龍脈までたどりついていたかどうかまでは、わからないから」
 村雨のてのひらの動きは止まっていた。だが、微かに震えるそれは、未だ京也の頭の上にあった。
「私欲のために龍脈を征し、その無尽蔵の力を揮おうとした人間。己の能力も顧みず、手に余る力に手を出した人間。――柳生宗嵩の時も、俺は龍穴にふきだまった力に手を伸ばし、もうひとつの黄龍の器と奪い合った。やったことは同じなんだよ、結局。目的? そんなもの、目の前の敵を殺すことだけだ。反射的な防衛本能以上のものはない。そしてまた、今回も同じことをくりかえした」
 京也は、村雨の手首を捕えた。先ほどまでは、起き上がるのにも苦労していた。だが。
「また、やる。きっと。やらないはずがない。――ああ、まさに僥倖だったんだよ。そして、今回もまた、まさに僥倖だった。そして、これからも僥倖(きせき)を期待するのか?」
 村雨は手を引こうとした。微かに動いた。それだけだった。
 万力のような力を備えたてのひらが、骨ばった手首にくいこむ。
「何故、殺さなかった。何故、滅そうとしない。何かが気に入らない。何かが辛い。個人的でつまらない理由、たったそれだけの理由で、世界が壊滅することにもなりかねない。いいのか? 処断しなくて、なぁ」
「アンタは、俺にそうしろというのか?」
 少しずつ勢いと狂気を増す京也の言葉を、村雨は静かに遮った。
 空気の比重が増したように思えた。
 遠くに聞こえる人の喧騒。廊下で泣き叫ぶ子供の声。看護婦のあわただしい足音。扉の向こうとこちらでは、まるで別世界だった。
 京也の口元が歪んだ。
「けして破綻が許されないシステムを維持するにあたり、個人の良心と注意力、熟練と技術にかかった部分を残しておくのか? 笑える」
 村雨は、口を開きかけ、閉じた。てのひらの中の手首が動く感触に、小さく笑うと、京也はゆっくりと指の力を抜いた。
 遠ざかるてのひら。
 目を閉じた。
「マーフィーはいくらなんでも時代遅れですな」
 いつもの口調だった。軽く、押し付けがましく、どこか遠い。
 沈黙が、降りた。
 目を閉じたまま、京也は村雨の視線を感じていた。
 不意に、ベッドが軋んだ。成人男性プラス一の体重から開放された喜びの声だった。続いて、遠ざかる足音。
 止まった。
「とりあえず、院長にアンタの目が覚めたと連絡してくる。大人しく寝てろ」
 感情をどこかに置き忘れてきたような、平坦な声だった。
 京也の応えを待たず、村雨は病室を出て行った。


 しばらくの後、病室に来たのは岩山たか子と高見沢舞子の二人だった。それなりの優先順位がつけられているのだろう。おそらくは診察時間内だと思われるにもかかわらず、十数分のオーダだった。
「どうやって運ばれてきたかおぼえてるかい?」
 一通り診察が終わってから、院長は京也にそう尋ねた。
「えーっと、いえ。正直、何でここにいるのかから分かんないくらい、です」
 はは、と、乾いた笑い声をあげて京也は言った。
 先ほど、目が覚めた直後は身体を起こすのにも苦労していたはずだった。だが、今、彼は特に辛そうな様子もなく、ベッドの上で半身を起こし、院長とやりとりをかわしている。
 回復力というも、呆れた代物だった。
「ふむ。じゃあ、最後におぼえてるのは?」