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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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アダルト―MissingStatement―



 睡眠、半覚醒、覚醒。移り変わるに要する時間は、人それぞれだ。とはいえ、文明という名の保護をうけた人間であれば、野生動物とくらべれば、ずいぶんとゆったりした半覚醒の時間を楽しんでいると言える。目が覚めると同時に、全力で動ける人間は存在しない。誰だって、それなりの助走期間を経て、当人にとってあたりまえの判断力と運動能力を発揮するものだ。
 皆守甲太郎は普段の行動からは思いもよらぬほどに、半覚醒の時間が短い人間だった。
 目を開く。閉じる。もう一度開く。
 その短い間で、彼は、自らが現在どこにいるかということを知覚した。さらには、意識を失う前のできごとまでもを、はっきりと脳裏によみがえらせる。
 素早く身体を起こし、辺りを見回す。一挙に覚醒に至ったつもりだったが、ほんの一瞬、頭の芯がぶれたような気がした。
 左手で癖毛をきつく握り、表情をゆがめる。あいにく、目に映る範囲には、精神を安寧へと導く存在は何もなかった。
 見慣れた風景だった。
 汚れてはいないが、古さを感じさせる天井。清潔ではあるが、新しくはないカーテンがベッドの周りにはりめぐらされ、あやういプライベート空間を作り出している。白くて少しごわついたシーツと、布団のカバー。枕は、アレルギーを考えてか、プラスティックのつめものが微かな音をたてていた。
 導かれる回答は、病室ないし保健室。視覚情報に加え、嗅覚を刺激する独特の香の匂いが、ここが天香学園保健室以外のなにものでもないことを物語っていた。
 意識を失う前に着ていた服装とは違っていた。もっと言うならば、自らの持つ服の中にも該当するものはない。誰が着せたのかはわからなかったが、血や汚泥、正体不明の粘液や古代の埃などにまみれたコート姿のまま、清潔なシーツに寝かせるわけにもいかない。おそらくは、そんな理由からの状況だろう。
 『破壊する』
 まるで、地の底から響いてくるかのような声だった。
 『完全に。跡形もなく。完膚なきまでに。見る影もなく。すべて消滅させる。おまえたちが行くべき場所などない!』
 血を吐くようなとは、こんな声を言うのだろうか? そして、次の瞬間、襲い来た縦揺れ。
 阿門に手を伸ばしたところまでは覚えていた。彼もまた、手を伸ばしていた。叫びは声にならなかった。ぶれる視界の中、嵐の中の木の葉のように舞う、けして小柄ではない男の身体。
 最後の印象は、黄金の光だった。《墓》の断末魔の叫びか、それとも、知覚能力が状況に追いつかなくなっていたがための幻覚か。
 何もわからなかった。
 唇を噛み、皆守は片手をベッドについた。そのままベッドを出ようとしたところ、カーテンが開かれた。
 白い保険医は、細い目を微かに見開いた。
 お互いがお互いの顔を見て、動きを止めた。まるで、夜道でライトに照らされた猫みたいだった。
 不必要な緊張を破ったのは、保険医の方だった。
 は、と、短く息を吐くと苦笑を浮かべる。いつもの、どこかぶっきらぼうな声が、聴覚を刺激した。
「目が覚めたか」
 皆守は、ゆっくりとうなずいた。
「――阿門は、御子神はどうした」
「阿門ならば、屋敷だ。先ほど見てきたばかりだが、まだ目を覚ましてはいない。とはいえ、命に別状がある様子はない」
「今日は何日なんだ?」
「二十七」
 皆守は目を見開いた。
 ホワイトクリスマスだと苦笑したのは《墓》に降りる直前。瑞麗が口にした日付は、丸一日以上の時間が過ぎていることをあらわしている。それだけの間意識不明だったというならば、一般的には病院に収容されていてしかるべき重態ではないだろうか。少なくとも、自宅や保健室で療養するような状況ではないはずだ。
「何だと――おい、のんきなことを言ってるが、本当なのかそれは」
 自らの現在の状態をたなにあげ、皆守は身を乗り出した。
「今までのんきに寝ていたのはどこの誰だ?」
 もしも、瑞麗の指にいつもの煙管があったならば、それはまっすぐに皆守を指していただろう。だが、残念ながら彼女の指にアンティークな真鍮の輝きはなく、実際には指が扱う形を取っただけだった。
「そして、起きるなり、元気いっぱいに文句を垂れているのは」
「――っ!」
 いつもの眠そうな目つきとは、全くの別人のようだった。
 熾きのような視線が、まっすぐに瑞麗を射た。ほんの少し頭の位置が下がり、全身にばねが蓄えられる。今すぐにでも、飛びかかろうとするかのような姿勢だった。
「なるほど。――そちらが地か、皆守甲太郎」
 面白がるかのような声に、皆守はぎりと奥歯を鳴らした。
「やれやれ。眠りすぎて、力がありあまっているのか? 眠っていてもいなくても、どちらにせよカウンセリングが必要と見える。厄介な生徒だ」
 ぐっときつく拳が握られた。瑞麗は目を細め、手を下ろした。
 皆守は、大きく息を吸い、吐いた。そして、身体の力を抜く。
「悪かった。《墓》がどうなったのか、教えて欲しい」
「いいだろう。――その前に」
「何かあるのか」
「とりあえず、診させてもらおうか。命に別状がないどころか、普段以上に元気そうだが、一応は丸二日意識を失っていた病人だ。暫し待て」


 いくらかの問診と触診。健康診断から、二・三本毛を抜いたような診察は、ほんの数分で終わった。
「さて、と。どうなったのか、だったな」
 火のついていない煙管を弄びながら、瑞麗は言った。
 ベッドに対して横向きに座りながら、皆守はトレーナーを着なおした。無言で頷くその姿に、微かに微笑みかけてから言葉を継ぐ。
「阿門帝等がまだ目を覚ましていないことは言ったな。建造物について言えば《墓》は立ち入り禁止になっている。ああ、間違っても、確認に入ろうとするなよ。いつ陥没してもおかしくはない。飛――と、ああいったところの調査を得意とする人間が、完全に匙を投げるほどの惨状だ。化人がどうの、秘宝がどうの、封印がどうのと確認したいのは山々なんだが、幽霊か何かでもない限り、内部に降りるのは無理だろう」
 眉根を寄せ、煙管に唇を寄せる。すぐに渋面となり、小さくクセだなと呟いた。
「あとは、白岐が次の日熱を出していたくらいか。あれだけの騒ぎにしては、学校側の被害はほぼゼロと言っていいだろうな。ああ、急遽、昨日終業式をやったよ。とにかく生徒たちを実家に戻してしまわないことには作業が進まない。好奇心にかられた不心得者を追い出すも手間だしな。教師も含めて、現在学内に残っている人間は、ほんの数人だ。――これでいいかな」
「阿門の容態を詳しく教えてくれ」
「肋骨にひびが入っている。脳波に異常はないが、目が覚めない。おまえと同じだ。もっとも、おまえの方は怪我がなかったがな」
 言われ、皆守は自らの足に視線を落とした。
「――どうした?」
「いや」
 意識を失う直前の遺跡の様子ならば、骨の一本や二本、折れていたところでおかしくはない。それどころか、頭蓋骨が陥没し、それが原因で死亡するなんてこともありえた。だから、怪我をしたことそのものについては、全く不思議はない。
 だが。
「――治っていないのか」
 口中で、皆守はつぶやいた。