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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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アダルト―return―



 私立天香学園高等学校の敷地は、当然のことながら、関係者以外立ち入り禁止である。広大な敷地を囲む塀は、正門と通用門の二箇所のみ出入りが可能。通用門の方は、日々、食堂や購買その他に向けての、搬入のトラックが出入りしている。だが、正門の方はというと、入学式に卒業式、あとは長期休みの始めと終わりくらいしか、開け放たれることはない。
 その敷地内に、のんびりと校舎を見上げる人物がいた。駅前でティッシュでも配っていそうなベンチコート姿の人物は、近づいてくる相手に気づくと、ひらひらと手をふった。
「おひさし」
 ごくあたりまえみたいな声だった。生徒でもなく、教師でもない。そうであるにもかかわらず、なんら悪びれた風はなかった。
 少しばかり、記憶にある姿とは違っていた。
 顔の上半分を覆っていた前髪は眉の上で落ちつき、代わりにリムレスの眼鏡が乗った。尻尾になっていた後ろ髪もすっきりと切られ、うなじをさらしている。変わらないのは、口元に浮かぶ胡散臭い笑みだけだった。
 近寄ってきた相手――皆守甲太郎の反応がないためか、その人物は、顔の横で何度か手を握ったり開いたりした。
 皆守は、足を止め、口を開いた。
 声が出なかった。
 頭をふり、もう一度。表情が歪んだ。
「……無事、だったのか。御子神」
 声を聞き、京也は手を下ろし、ポケットにつっこんだ。
「はいな」
 すっとぼけた返事は、皆守の記憶にある彼そのままだった。
「――生きて――」
 らしくもないほどに、感情がむきだしの声だった。皆守は、うつむき、片手で顔を覆った。
 やがて、顔を上げると、京也に微笑みかけた。
「おかえり」
 ええと、と、京也は頬をかいた。
 怪訝そうな表情で、皆守は京也を見つめる。
 京也は、ジーンズの尻ポケットに手をつっこむと、財布を取り出した。そして、中から一枚のカードを取り出すと、皆守に渡す。
 皆守は、受け取ったカードに視線を落とした。カードには、目の前の男の顔がプリントされていた。そして、その横には、都内にある大学の名前と、修士課程一年の文字があった。なにより、氏名の欄には、『御子神京也』ではなく『汀京也』と書かれていた。
「何だよこれは」
 唸り声にも似た、低い声だった。
 ええと、と。皆守の言葉には答えず、京也はカードを返すよう促した。差し出されたてのひらにカードを乗せながら、皆守はもう一度言った。
「何のイメクラだよ、これは」
「――見ての通りです」
 そう言って、京也は顔の横でカードをふった。
「生命環境科学専攻、修士課程一年、汀京也。ちなみに、高等学校の生物の教員資格持ってます」
 そう言って、乾いた笑い声を聞かせた。
「さすがに、卒業証書をもらうわけにはいかないっすよね」
 瞬間、空気が鳴った。
 ほんの少し、京也は身体の重心を移動させていた。目を見開くその顔に、薄く血がにじむ。
 鋭い蹴りを収め、皆守は昏い目で京也を見ていた。
「だからね」
 京也は手の甲で頬を拭った。
「おあいこ、なんです」
 ポケットに財布を収めながら、京也は目を細めた。度の薄い近眼鏡の向こうから、まっすぐに皆守を見つめる視線。
「嘘をついてたってね。ボクもまぁ、そういうことしてたわけで。――ごめんなさい」
 皆守は、目を逸らした。
「われながら、よく通ったと思いますよ。そんな童顔てわけじゃないはずなんですが」
「――御子神――」
 そう呟いてから、皆守は気づいた。先ほどの学生証には、違った苗字がプリントされていたはずだ。
「はいな」
 だが、京也は応えた。何も気にしていないように見えた。
 無言のままの皆守をしばらく見つめ、ゆっくりと京也は言葉を継いだ。
「昔取ったキツネヅカ? 前に自分がした事を思い出して、それで、深入りしてしまいました。嘘も重ねたけど、ちゃんと、ホントのことも言ってきたつもりです。その、最後の皆守クンに対するの以外は」
「――最後?」
 少し間をおいて、皆守は聞き返した。
「あの時は余裕がなかった、なんて。いいわけにもなんないっすけどね。平穏でいたいとしがみつくのは、すでにそれが偽りのものだと気づいているから。気づいているならば――その変化をどう自分の望むものにするか、そちらに思考をうつすほうが建設的だ。そう、現在より未来が心地良い保障はないけど、現在にとらわれて腐っていくのは、一番の損失だ」
「よく、おぼえてんな」
 台本でも読み上げるみたいな調子だった。一ヶ所として躓くことなく、なめらかにそのセリフは京也の唇から滑り出した。
「ホントは、俺が一番思ってます。――そこに平穏があるならば、そのままでいたい。わかってるんです。劇的にとどめをさされることはなくとも、事態はゆるやかに悪化している、もしかしたら予想以上に。なのにそれを見ないフリで、現在にしがみついて。ボクのそれは、皆守くん、キミが言うところの現在よりも、はるかに多くの迷惑をまきちらしている」
 京也は苦笑をうかべ、前髪をかきあげた。
「迷惑、かけたみたいっすね。良くはおぼえてないんですけど」
 曖昧に、皆守は首を横に振った。実際、《墓》が崩壊しはじめて以降は、ほとんど記憶がない。救い上げられた記憶も、怪我をした記憶も。ただ、気がつくと、保健室のベッドで寝ていた。目の前の男に人外の力を見せつけられたというのは、《墓》に眠るものが止めをさされたというのは、まるで、自らの願望と怯えをブレンドした夢のようだった。
 《墓》に持って入ったいくつかのものが、永久に手元から失われたこと。新しいジャージ。崩落をおこしつつある《墓》を取りかこむ柵と、立ち入り禁止の札。そして、御子神京也が姿を消したこと。
 物理的な証拠だけは、あの夜に確かに何かがあったと語っていた。
「皆守クンと阿門クンが、あそこに残ると言い出した時、それを怒ったのは、もしかすると単に妬ましかったのかもしれないっす。――終わらせたくて。護りたくて。解決策の中で、もっともリスクが少ないそれを、どうしても取ることができなくて、なのに目の前でこともなげに取ろうとしてる人間がいて」
 京也はポケットに手を突っ込むと、空を見上げた。
 関東の冬空は、澄んでいて高い。薄い水色がどこまでも広がっていた。
「――まだ、やる気あります?」
 小さく笑って、皆守の顔を見た。
 何のことか分からないという表情の彼に、京也はもう一度言った。
「まだ、死ぬ気あります?」
 冬の風が、短く切られた前髪を揺らす。
「……いや。というか……」
「まぁ、今すぐとは言ってません。勢いっての、そがれると、そうできるものでもないでしょうし」
「まぁな」
 情けない笑いが風に流れる。のんびりと、京也は目を細めた。
「カッコ悪いっすねぇ」
 皆守のことだろうか? それとも自分のことを言っているのか。まるで、他人事みたいに穏やかな口調だった。
「――死にたいのも、アリだと思いますよ、ボクは。イイ人たちみたいに、それは絶対におかしなことだなんて言いません。ただ、利害が不一致なら他人は邪魔します。電車なんか止められたら超迷惑だし、首吊りのあった部屋なんか借りたくない。飛び降りるのはいいけど、飛び散った脳漿を誰が始末するんですか?」