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【aria二次】その、希望への路は

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9.その夜のオレンジぷらねっと



「あのぉ」
 アリスは、オレンジぷらねっとの寮で、同室のアテナにおそるおそる声をかけた。
「今日のクルーズは拙かったでしょうか?」
 アテナは、今日のクルーズを終えて寮に戻ってから、物憂げな雰囲気を湛えていた。どれくらい物憂げかと言うと、食事のたびに何か一つはやらかすドジを、今日はまったく踏んでいない程に物憂げだった。
 アテナがそこまで物憂げになる原因といえば、怒っているか、腹を立てているか、気に障ることがあるか、ぐらいしかアリスには想像がつかなかった。そして、普段物静かなアテナを、そこまで怒らせる原因と言えば、今日のクルーズにあるに違いない。

 自分の態度が、アリスを不安に陥れていることに気付いたアテナは、あわてて謝った。今日のアリスは完璧だった、自分が添乗員としてしゃしゃり出たのは、余計なお世話だったんじゃないかと思うぐらいちゃんとしてた、と褒め上げた。
「なら、何をそんなに悩んでるんですか?」
 訝しそうな態度を捨てきれないまま、アリスは尋ねる。どう答えたものか、迷っているらしいアテナは、やがて意を決した表情で言った。
「いい? アリスちゃん、これは絶対の秘密よ?」
 アテナの大真面目な表情に、アリスも緊張して頷き返す。
「今日の希望の丘で、後ろからついてきてたゴンドラあったでしょ? あれって、アイちゃんが漕いでたんじゃないかと思うのよ」

 一瞬の沈黙の後、アリスは、こらえきれずに噴きだした。
「やだなぁ、アテナさん。あれって男の人、ていうか男の子に見えましたよ?」
 アリスの否定に、むきになるでもなく、怒るでもなく、アテナは物憂げな表情を保ったままだ。
「私もね、男の子が漕いでるのかと思ってたのよ」
 静かに語るアテナに、アリスも笑いを納め、今日のクルーズの様子を思い出そうとする。
「でも、あのゴンドラにアリア社長が乗ってたの、見ちゃったのよ」

 アリスは、本格的に真面目に考え始めた。
「見間違いの可能性は低いですね。アテナさんがアリア社長だと思ったのなら、他の猫だということは、多分ないでしょう」
 まるで、推理ドラマの名探偵のような口調で、アリスが語る。
「地球猫にせよ火星猫にせよ、あんなに白くて丸くてふくよかな もちもちぽんぽん が、アリア社長以外にもいたとしたら、それは猫という種族に対する挑戦、いや冒涜です」
 なにげに酷いことを、さらりと言うアリス。
「でも、アリア社長が、会社以外のゴンドラに便乗することは、ありえるんじゃないでしょうか? 例えば、グランマやアリシアさん、ほかのアリアカンパニー OG の人たちのご親戚やお知り合いだとか」

 アリスの問いかけに、アテナは反問した。
「でもね、ちょっと考えてみて? いくら大勢のお客さまを乗せて疲れていたとはいえ、あなたの漕ぐゴンドラに余裕で追いついてきたのよ? 普通の人にそんなこと出来るかしら」
 でも、規定速度以上は出さなかったしなぁ、と、アリスは内心で思う。
「それに、あの重量物搬送中の小旗。あのゴンドラは、本当に沈み込みが激しくて、よっぽど重い荷物を積んでたみたいだった」
「もともと、乾舷の低いゴンドラだったんじゃないでしょうか?」
 確かに、かなりな沈み込み具合だった事を思い出しながら、アリスが突っ込む。
「空荷の時には、普通のゴンドラにみえたわよ」
 アテナとアリスは黙り込んだ。確かに、あのゴンドラの漕ぎ手の技量は相当なもののようだ。多分、ウンディーネであることは間違い無さそう。
 アリア社長が、他の会社のウンディーネのゴンドラに、一人で乗り込むなんて考えにくい。それに、ウンディーネが、ああいう荷物の搬送をするなんて、聞いたことがない。もし、昼間の漕ぎ手が、本当にアイちゃんだったとしたら、一体どうすればいいのだろう?
「よし」
 いきなり、アリスが立ち上がった。

「アテナさん、電話です。連絡を取るんです」
「え、誰に? 何を?」
 アドレス帳を手にして、アテナも立ち上がる。
「まず、アリシアさん。次に藍華先輩。伝えるのは、今日、希望の丘でアイちゃんを見たと思うこと。でも、確証はないこと。そして、このことを知っているのは、アテナ先輩と私、それと、今から電話する二人だけであること、の3点です」
 廊下の公衆電話に駆けつけ、周囲に誰もいない瞬間を狙って電話をかける。いつもの電話なら、取り留めのない話に流れがちなアテナを、アリスは三白眼を見開いて監視した。だが、今日のアテナは、短い時間でてきぱきと用件だけを語って、アリシアへの電話を切った。
 今度は、アリスが藍華に電話をかける。今日の会合をキャンセルしたことの詫びもそこそこに、用件を話す。アイの話を聞いた途端、藍華の態度は世間話モードからビジネスモードへと切り替わり、アテナの時と同じくらいの時間で用件を語り終えた。
「教えてくれてありがと」
 手短に礼を言うと、藍華は電話を切り、アリスも受話器を置いた。

「藍華ちゃんは何て?」
 部屋に戻ると、アテナが尋ねる。
「教えてくれてありがとう、だそうです」
「アリシアちゃんも、同じこと言ってた」
 アリスの答えに、何だか物足りない風情のアテナが言い添えた。
「ねぇ、アリスちゃん、私たち、もっとアイちゃんのために、してあげられる事があるんじゃないかしら?」

 アテナの疑問に、アリスが応えた。
「いいえ。今の時点では、これが最善手です。今日の漕ぎ手が本当にアイちゃんだ、と確認できてない事を忘れてはいけません。もし、あの漕ぎ手がアイちゃんじゃなかったら。話を大きくしてしまうと、アイちゃんに迷惑をかけたり、傷つけてしまう可能性もあります。同じ理由で、灯里先輩への連絡も、今は控えた方がいいと思います」
 相変わらず、名探偵口調が抜けないまま、アリスは説明した。
「今出来るのは、情報収集だけです。でも、アテナさんにも私にも、その伝手(つて)がありません。ゴンドラ協会の中にいるアリシアさん、支店長の地位にある藍華先輩なら、それがあります」
 だいぶん、物憂げな気配が薄れてきたものの、まだ心残りな様子のアテナに、アリスは最後の説得を加えた。
「もし、私たちがアイちゃんのためにできる事、しなきゃいけない事が分かった時は、アリシアさんか、藍華先輩から連絡があるはずです。だから、私たちが何をするかを考えるのは、その連絡の後でも、遅くはありません」

 ふしゅう〜
 アリスは、空気が抜けたような気配を感じた。
 ぎょっとして、アテナを見る。アテナの表情からは憂えたような表情が消えていた。それはそれで嬉しいのだが、同時に、人が人として生きるための、最低限の緊張感のようなものも消え去っていた。
「ア、アテナさんっ! てきぱき動ける状態を解除しましたねっ!!」
「うん。あれ、とっても疲れるの〜」
 アテナは、普段の ほわん とした雰囲気で語った。
「アリスちゃんとお話してたらぁ、なんか安心しちゃって〜」
「あ、あ、あ、不機嫌が直ったと思ったら、ドジっ子モードに逆戻りですかー!」
 失意体前屈の姿勢になったアリスに、アテナが抗議した。
「ドジっ子なんかじゃないよぉ。ふつーよ、ふつー」