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座敷童子の静雄君 2

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座敷童子の静雄君 afterのafter 後編2





「……あー、こりゃ酷いなぁ……。たった八ヶ月で、よくもこんなに汚くしちゃって。……畳もささくれ立ってて張り替えなきゃならないし、換気扇とシンクとガスコンロも、油べたべたで総取替えだし。ベランダ無くなっちゃってるし、ドアも何これ……、金具のネジ穴無くなってるじゃないか……!!」

三月、両親と一緒に賃貸アパートを見に来た時、恰幅のいい不動産屋のおじさんは、とっても愛想が良く優しかった。
だが今帝人の横に張り付いて部屋を検分している人は、同じ人なのかと疑いたくなるぐらい、怖い形相へと豹変しており、今にも子分のチンピラが数人、この狭い貸し部屋に飛び込んで来そうな雰囲気である。

風邪で寝込んでいたら、静雄の弟の部屋に放り込まれ、今日で三日目。
目覚めたら引越しも終わっていて驚いたが、即、元の部屋の解約の手続きを薦められ、起きられるようになった今、こうして交渉に赴いたのだが、……都会はやっぱり怖い所だった。


「じゃあ、私の敷金は?」
「あるわけないだろ。こりゃ……、業者の見積もりを取ってみなきゃ判らないけれどさぁ、後、50万は負担して貰わなきゃ……。とっとと親御さんに電話して。口座番号今教えるから、三日以内に払って……」

親父の饒舌な長口上は、狭い四畳半の室内に響く、ボギリと指を鳴らす音で途切れた。
戸口に立つドレッドヘアで茶色いスーツを身に纏った債権回収業者は兎も角、その男の後ろで更に睨みを利かせる、サファイアサングラスをかけたバーテン男は、この池袋の街に住む住人にとって、あまりに名が知られた存在だ。

「遅れて悪かったな帝人。部屋の引渡しは無事終わったか?」
「……静雄さん……」
ほっとするあまり、べそっと目尻に涙が溜まり、眉毛も八の字型に垂れ下がる。
今にも泣いてしまいそうな雰囲気に、池袋の自動喧嘩人形と渾名される彼の纏う気が豹変した。

「なんかトラブルあったか?」
「はい、敷金返してくれません。どころか追加で部屋の掃除と修理代に、50万も請求されました。正確な金額を見積もるとか言っておきながら、今直ぐ親に電話して、三日以内に口座にお金を支払えって……、矛盾してますよね? やっぱりこちらの方、悪徳業者さんだったんでしょうか?」

話が終わらないうちに、横にいた不動産屋が、あわあわと逃げようとする。
だが、この部屋の入り口は一つだけ。
靴も履かず、靴下のまま決死の覚悟で静雄の横をすり抜けようとした男は、襟首をとっ捕まえられ吊るし上げられた。

「で、おっさん。帝人ちゃんの言った事は本当?」
優しげな口調だが、見上げるトムの目は笑っていない。
静雄もスパスパとタバコの煙を吐き出して平静を保とうとしているけれど、額にどんどん青い血管がぶちぶち浮かびあがっていて、男が受け答えを一つ間違えたらきっと……、このまま二階からアスファルトの道路に向かって、強制ダイブが決行される筈。

「帝人ちゃん、ここの敷金は何ヶ月?」
「三ヶ月です」
「家賃は?」
「三万円でした」
「だったら9万か。うちの会社、高利貸しを営んでいる業者さんも知ってるからさ、おっさんが帝人ちゃんに今払えないって言うのなら、立て替えてやるべ。その代わり利息は十日で一割、支払い場所は粟楠会さんの事務所になる。
ちなみに踏み倒した場合は、俺と静雄が回収に行くこともあるが、先に組員さんが追い込みかけんじゃねーの。まぁ逃げてもかまわねぇが……、頑張るべ?」

前門の虎、後門の狼、どっちを向いても地獄である。
不動産屋の顔色がますます白くなった。

「あんた達、……一体何の権限で勝手に仕切って……!?」
「そりゃ、俺が帝人の保護者だからな。面倒をきっちり見るよう、彼女のばばぁに頼まれてんだ」
「おっさんも子供相手に大人気ない強請りなんか止めて、引っ越す彼女の門出を気持ちよく祝った方がいいんじゃねーの? 静雄が切れちゃわない内に、なぁ?」


裏家業を良く知る二人に囲まれ、不動産屋のおじさんは成す術が無かった。
結局、彼は帝人に気持ちよく、家の鍵と引き換えに10万入った茶封筒をくれた。




「本当にありがとうございました。トムさんと静雄さんが来てくださらなかったら、私、今頃どうなっていたか……」
「いいっていいって、仕事のついでだし」
「お二人に、是非お礼させてください」
「苦学生が気にするなって」
「……でも……」

ぺこぺこ何度も頭を下げていると、その内くしゃくしゃと頭を掻き撫でられた。
頭皮が剥がれそうに痛すぎる。
静雄だ。

「病み上がりが気ぃ使うんじゃねー。とっとと家帰って寝ろ。お前今、涙目になってんぞ」

ぶすっとそっぽを向く、彼の顔はほんのり赤い。
それは貴方が髪の毛を抜いたせいです……なんて、勿論言えなくて。
しかもぐずぐずとここに踏みとどまれば、切れやすい彼にきっと俵担ぎされ、問答無用でマンションに放り込まれる事になるだろう。
帝人はこくこくと頷くと、「じゃ、お仕事の続き頑張ってくださいね♪」と、おとなしく帰途につく事にした。

冬は日が落ちるのが早いと言うけれど、17時ともなるともう薄暗くなる。
3000円のお買い得コートを羽織っていても、吹き抜ける風は刺すように冷たい筈なのに、今、心はとっても温かだった。
バイト代が入るまで、後一週間もあったのに、臨時収入があり経済的に余裕ができたのも嬉しいが……、今日も彼に会えたから。

(……静雄さんは、大きくなった静雄くん。………、もしかして今も霊になって飛べるのなら……、静雄さんは私の将来を知っているかもしれない………)

もしもっと大人な彼と親しくなれたのなら、あの人は教えてくれるかもしれない。
自分が将来、成人したら誰と結ばれるかを。
それともまさか囚われて、今度は一生閉じ込められているかも?
庇ってくれるお婆ちゃんはもういないし、池袋は異形を売買する元締め……『澱切陣内』の本拠地でもある。

(……あー、やなこと考えちゃった。めげる……)

ぷるぷると頭を横に振り、気を取り直す。

(こういう時は、お腹一杯温かくて美味しいものを食べよう!!)

そして、元気良くSEIYUに向かった彼女は、幸運にもタイムバーゲンの売れ残り品、半額のシールが貼られたひき肉をGETできたのだ。


★☆★☆★



≪……静雄くん、……静雄くん、今時間ありますか?………肉まん、チーズまん、ピザまん、カレーまんを一杯作ったんです。食べに来ませんか……?≫

ばばぁの呪(まじな)い石は、一体どういう仕組みになっているのやら。
知らぬ内に、石をぎゅっと握り締めていなくとも、帝人が座敷童子の方の自分を呼ぶ声が判るように変わっていて、びっくりだった。

だが愛しい少女の呼びかけを聞かなかった事になどできる訳もなく、静雄は帰宅そうそう手にしていたジャンボ味噌カップラーメンを投げ捨て、自分のベッドにすっぽり潜り込んだ。
いくら自分が強靭な体でも、初冬にうたた寝なんかしたら風邪をひきかねず、寝込めば帝人に会う時間も機会だって減る。
断じて避けたい。

サイドボードに用意した、幅広いスープカップから水を手のひらにちょっと掬い、濡らした手で石を引っ掴む。
閃光が走り目が開けていられなくなる。
作品名:座敷童子の静雄君 2 作家名:みかる