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比翼連理

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14. 大イナル力


-1-

「ふ…私はおまえたちの恰好の獲物ということか」
 化け物たちは時折、長く鋭い爪を伸ばし、シャカの身体を刻む。 シャカが痛みに眉を顰めるそのたびに、歓喜するような高い鳴き声が室に響いた。
「―――恐怖に怯え、泣き叫び、許しを請う姿に悦楽を感じる類のものであろうな、おまえたちは」
 嘔気さえ催すような不快感を打ち消すかのように、シャカは瞑目すると己の小宇宙を高める。 その小宇宙はシャカ自身が不思議に思うほど、内から湧き出でる泉のごとく、熱量を増していった。
 優雅に流れるような線を空に描きながら、印を組むとシャカは透き通る音を力強く発した。
「――オームッ!」
 光の粒子は凝縮し、シャカの中心で見事な白金に輝く小さな真円を描くと、今度は爆発的に急速な広がりを示す。光はシャカを包み、化け物たちを飲み込み、室全体へと広がりを見せ、余すところなく充満する。
 逃げ場を失い、狂ったように悶え苦しむ化け物たちは、身を捩りながら柱や仲間同士に激しくぶつかり合った。
 そして、弱い者から次々と甲高い断末魔の声を上げて、粉々に砕け散っていく。
 シャカはゆっくりと目を開き、最後の1匹が砕け散る様を冷めた瞳で見つめながら、印を解いた。室はもとの薄暗い静寂が戻り、化け物の千切れた尻尾が虚しくパタパタと動いている。
 シャカはその醜悪な風景に目を細めたあと、己の手を静かに見つめた。化け物たちを憐れむ気持ちはない。が、この異様な力の増幅の仕方は一体なんなのだろうと怪訝に首を傾げた。
 巨人が母と呼んだ膜のあった場所に視線を流す。先刻、シャカが破ったはずの膜は再び袋のような形状に再生しつつあった。
「あれのおかげか?それとも―――」

 パチパチパチパチ……。

 控えめな拍手の音に、シャカが振り返り、室の入り口を見ると、一人の男が立っていた。

 ―――人?

「さすが、破壊者という名は伊達ではないですな。あれらは凶暴な種族で、普通の者なら最初に目が合った時点で殺されているというのに。おお!どうかそのような恐い目で私を睨まないで下さい。私は神でも化け物でもない、普通の人間なのですから」
 にやりと狡猾そうな笑みを浮かべる男にシャカは最大の警戒をする。
「さぁ…どうぞ、御召替え下さいませ―――これ!早う、中に入ってお渡ししろっ!」
 柱の後ろに隠れるように立っていた巨人が、びくりとしながらシャカの前に進み、掌から巨人には小さすぎる白い絹の衣と、身体を拭くための布が差し出された。
 シャカは躊躇することなく、纏っていた青い衣を脱ぎ捨て、全裸になると、布で残っていた水分を拭き取った。
 ちょうど巨人が衝立となり、その様子が見えない男は、監視するためなのか、場所を移動する。しかし、計ったように巨人が動くため、結局、男は小さく舌打ちをして着替えが終わるのを待っていた。
 数分ののち巨人がシャカの前から下がると、白い衣を袈裟のように纏ったシャカが現れた。
「ほう。これは、これは。やはり、貴方は冥界の物などより、そのようなお姿のほうが断然、お美しい」
 値踏みをするかのような下卑た視線に、不快感が湧き上がるシャカだったが、何も言わず沈黙した。男はシャカに視線を留めたまま、巨人に大声で命じた。
「おい、それをとっとと焼いてしまえっ!」
 こくりと大人しく頷いた巨人の指先から火の玉が吹き出ると、あっという間にシャカの着ていた服は燃え上がった。
 一瞬、咎めるような目で見たシャカに対し、巨人は縮こまりながら、小さい声で呟く。
「ゴメンナサイ。デモ、コレ、冥界ノ物。ココ見ツカル、ダカラ……」
「余計なことは申すなっ!」
 動揺したように声を荒げた男が、懐から取り出した奇妙な形の杖でビシリと容赦なく巨人の腕を叩く。ぎゃあと悲鳴を上げた巨人は、大きな身体を小さく折りたたみ、震えた。
 焼け焦げた肉のような嫌な臭いにシャカが眉を顰める。
 再度、打ち振るおうとする男の杖をシャカが受け止めた。



作品名:比翼連理 作家名:千珠