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Weird sisters story

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Atropos 13




真っ暗だった。
それでも目が慣れてくると、ヒビの入った壁と冷たい床が見える。
何かが怖かった。
怖くて、気付けば泣いていた。
涙が伝う頬に光が差し込んだのは、その時。
鈍い音を立てて重い扉が開かれる。
入ってきたのは、見知らぬ人間。
仮面で顔を覆った、見知らぬ人間。
その人は、手を上にあげた。
叩かれるのかと身構えた瞬間、頭にそっと暖かい温もりが灯る。
わからなかった。
それは一体、何を意味する行為なのか。
不思議に思って顔を上げると、その人はただ、微笑んでいた。


次に見たのは、遠い世界。
緑の木、青い水、四角い建物、たくさんの人。
それらを見渡しながら、その人は語りかけてきた。
『君に―…、レイに生きていて欲しいと私は思う』
覚えているのは、繋いだ右手の温かさ。
初めて触れた、人の温もり。


『後悔はしないと?』
真っ直ぐにその人を見た。
琥珀色の双眸が、最後の問いかけを物語る。
『はい』
『一度始めたら、もう後戻りは出来ない』
『わかっています』
ラウの為だと、口にした。
その人はゆっくりと瞑目する。
『…いいだろう』
呟かれた、その言葉を待っていた。
『ありがとうございます、ギル―――』


ドアを開けると、その人は椅子に背凭れ、退屈そうにこちらを眺めてきた。
『本日からアカデミーに編入します、レイ・ザ・バレルです』
踵を付け、真っ直ぐに背を伸ばし型どおりの敬礼をする。
『あぁ、聞いている…議長直々の推薦だったな』
頬杖を付きながら、資料を捲っている。
レイはただ、じっと待った。
『ふん、身体能力、学力、人間性、ともにSクラス…か』
資料から視線が離れ、こちらに向けられた。
眺めていた紙を、ぞんざいにデスクに捨てる。
『こんな適正診断なんて、どうにでも改竄できる。お前はこのデータが偽りでないと証明できるか?』
訊かれて、敬礼をしていた手を静かに下ろした。
制服の中に持っていたハンドガンに手を掛け、取り出す。
傍らに立っていた副隊長が驚愕した。
『ト、トダカ隊長…!』
トダカは銃口を向けられても、何もしなかった。
ただ黙って、それを見据えている。
レイは僅かに照準を外すと、躊躇いなくトリガーを引いた。
響く銃声。
放たれた弾丸は、壁に掛けてあった軍帽を弾き飛ばした。
かすかに硝煙の臭いの残る中、トダカは急に笑い出す。
『これから上官になる奴の軍帽を銃で飛ばすとは、たいした度胸だ』
銃を戻したレイは静かに、敬礼で答えた。


理由は特になかった。
ピアノに足が向かったのは、ただ気が向いただけだ。
長らく触っていなかったが、いくらか弾いていいるうちに指が動き出した。
気の向くままに滑らせていると、ふとドアに人の気配を感じた。
視線をやると、紫紺の目と出会う。
『あ、ち、違うの!立ち聞きとかじゃなくって!その…』
慌てて弁明する彼女は、このアカデミーでは見慣れない人間だ。
ピアノの音色が途切れる。
同時にガチャリと、銃を向ける音が響く。
『何者だ?』
急に脅されて、余程驚いたらしい。
直ぐに両手をホールドアップさせる。
『ま、待って!私、今日からこのアカデミーに入るの!』
『…そんな人間が何故このような所に居る』
『それ…は…その……』
途端に口ごもる。
レイは更に照準を絞った。
『道に…迷っちゃって…』
言い逃れは出来ないと思ったらしい。
諦めたように、そう話す。
『名前は?』
『ルナマリア・ホークよ』
『証明書はあるか?』
『あ、アカデミーの許可書ならここに』
と、肩に掛けた鞄を探ろうとする。
それを見たレイは、ようやく銃を降ろす。
『はい、これが…』
『もういい』
『…え?』
『お前が侵入者でない事は判った』
『わ、判ったって、何よ!許可書見てもないくせに!』
噛み付くようにそう返され、レイは横目で睨む。
ルナマリアは途端に、うっと怯んだ。
『ひとつひとつの動作で判る。お前の動きは素人同然だ』
『なっ……!』
顔を紅潮させ、あからさまに怒気が顔に出ている。
そういう所が素人なのだと、言おうとして止めた。
『その許可書は教官室に届けるものだろう。早くしないと、もう直ぐあの部屋は閉まるぞ』
『え、ウソ!?』
慌てるルナマリアを後目に、レイはピアノに置いた楽譜を整えた。
チラリと見遣ると、ルナマリアが何か言いたそうにこちらを見ている。
軽く息をついて、口を開く。
『道が判らないんだろう?俺が案内する』
言った瞬間、窓から吹き込んだ風がまとめてあった楽譜を散らした。


ひらりと落ちた紙をひとつ、拾い上げる。
描かれていたのは、Gの構造。
『落ちていました』
そう告げて、デスクに積んである書類へと戻す。
『あぁ、ありがとう。レイ』
少しだけ穏やかな笑みを浮かべて、そう返される。
そして直ぐにディスプレイに視線を戻した。
ろくに眠ってもないのに、よくも身体が持つものだ。
半ば呆れて、レイは奥の部屋からティーセットを持ってくる。
事前に作っておいたコーヒーが、ちょうど飲みやすい温度になっているはずだ。
『アスラン、少し休憩なされては』
『ん?…そうだな』
カタン、とキーを打つ手が止まる。
ログを保存して、ようやくアスランは席を立った。
ソファに腰掛けた彼の前にカップを置くと、また小さく礼を言われる。
この人は逐一、どうでもいい事にまでお礼を言ってくる。
その度に、レイの胸は小さな痛みを繰り返していた。
『あと少しで完成しますね』
『インパルスとセイバー以外は、だけどね』
苦笑して、アスランはコーヒーに口をつける。
それでも十分な速さだった。
あれほど頓挫していたSシリーズの開発が、完成間際まで進んだのだから。
『貴方がいなければ、ここまで行かなかったでしょう』
レイの言葉に、アスランは小さく笑う。
『俺に出来るのは、こんな事くらいだしな』
聞こえてきた言葉に、得体の知れない気持ちが沸き起こる。
吐き出してしまいそうになるこの思いを、コーヒーと共に飲み干した。
ただ、苦しかった。


『なぁ、ここの飯ってうめーの?』
鉄格子の向こう。
好奇心でいっぱいの瞳が見える。
それが可笑しくて、少しだけ笑った。
『食べてみるか?』
『えー?だってソレ、捕虜の飯だろ?』
『美味しいかどうか、訊いてきたのはお前だろう』
『だから僕がどう思うかじゃなくって、レイがウマイって思ってんのかって事だよ』
パンと冷えたスープがトレーに入っている。
さっき、アウルが持ってきたものだ。
『そうだな…あまり美味しいものではないだろう』
『ふーん…』
アウルは膝の上にバスケットボールを置いて、暇そうにそれを回していた。
『じゃあさ、今度僕たちが食べてる飯、持って来てやるよ』
悪戯を思いついたような笑顔。
いくら駄目だと言っても、どうせ聞かないのだろう。
レイは諦めて、静かに笑った。




これは、夢だ。
俺にはわかる。
これは、夢だ。
俺の、夢だ。
だけど、どうしてこんな。
知らない人間と話している俺が居るのだろう。
その時俺が考えている気持ちまで、ありありと伝わってくる。
やけにリアルな夢。
夢。
夢…なのだろうか、これは。
本当に、彼らは知らない人間だろうか。
懐かしい思いでいっぱいになる。
知っている。
作品名:Weird sisters story 作家名:ハゼロ