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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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7. 密約



「―――今度はどんな厄介ごとを手土産にここへ?」
 カチリと皿の上に銀のフォークを置き、レモンの芳香がわずかにする水を口に含む。満足そうな表情を浮かべたのち、上品な口元をナフキンで拭うと無造作に、だが計算された動きで、ぱさりとテーブルに落とすとジュリアンことポセイドンは目の前に座る少年を邪険な目で見据えた。
「そう言うな。貴殿と俺の仲ではないか?」
 突如目の前に姿を現した少年。天真爛漫な笑顔を浮かべるその姿に似つかわしくない凶暴な気を身に纏う禍々しさ。狐の皮を被った虎ともいうべき男の名が瞬時にポセイドンの脳裏に浮かび上がったと同時にジュリアン本来の精神に代ってポセイドン自らが対峙した。
 堅苦しい言葉を唇に乗せ、注がれたまま一向に減る気配のないグラスを少年は薄い青色の瞳で見つめた。
「―――おまえと親しくした覚えはないが?」
 薄く目を開き、張り詰めた空気を漂わせながらジュリアン……ポセイドンは額にかかった前髪を鬱陶しそうに払った。
「たしかに。あなたと親しくしたいとは、一度たりとて思ったこともなければ、これからも友好関係を築こうとは一片も思わぬな」
 冷ややかな視線がテーブルの上で交差する。何か言いかけたポセイドンはそのまま固く口を結ぶと立ち上がり、退席の合図をボーイに示した。
「邪神よ。ここはおまえが存在すべき場所ではない……早々に戻るがいい」
 ゆっくりと少年の横を過ぎながら、低い声で最後通告を言い渡す。すると少年はクスクスと小さく笑い声をしのばせた。
「云われずとも。こんな不抜けた世界はこちらから願い下げだ。一秒たりとて、居たくはないからな」
 真横で立ち止まったポセイドンは眉を顰め、少年を汚らわしいものでも見るかのようにフンッと鼻で笑うと入り口へと向かおうとした。
「そうそう。ポセイドンよ、貴殿にハーデスから贈り物を頼まれたのだが……あなたの邸に届けさせたがよかったかな?」
 思わず足を止めて、振り返る。
「ハーデスからの贈り物?なぜ、ハーデス本人ではなく、おまえが?」
 少年は座して背を向けたまま、続けた。
「信頼篤きゆえに。ハーデスは今身動きとれぬからな。俺が代わってこの役を買って出た。久しく貴殿のお顔を拝見してもおらぬし、と。そうそう……ハーデスからの伝言だ。プロメテウスの災禍においての働きに感謝している、くれぐれも良しなに……と」
 ゆっくりと振り返った少年はゾッとするような微笑を口元に浮かべていた。
「フッ……何を寄越したかは知らぬが。後々、高くつきそうだな」
 不敵な笑みを返しながら今度こそ、その場をあとにしたポセイドン。その後姿を見送ると、密やかに湿った笑いを零し、少年は囁いた。
「高くつく、かもな。でも、一度アレを手にしたが最後、おまえは決してアレを手放さぬ。その身に芽吹く強欲が手放すことを良しとはしないから……ククッ」

 静かな大海原の主。
 飛沫をあげて地上を洗い流すか、それとも闇の世界に浸水するか――。

 流転する局面を思い描きながら、その素晴らしい構図に心を寄せる。
「もう少し、味付けが欲しいところだが……鼠が動くことだろう。それにそろそろ、彼がお目覚めか。どれ、人間臭くなる前に戻るとしよう」
 すっと空気に溶け込むように少年は消える。テーブルに残されたグラスは粉々に砕け散って、ただテーブルクロスを濡らした。