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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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12. 鬼追



「―――紡いだ糸が、絡み合っていく」
「パンドラさま……」
 肩を落とし、落胆した様子のパンドラは遠く窓の外に広がる冥界の空をぼんやりと眺めていた。何か声をかけるべきだろうと思いながらも、どんな言葉も今の彼女には慰めにはならないのだろうとラダマンティスは口を噤み静かに見守った。
「ハーデスさまのお望みとあれば―――如何なる時でも我が身を捧げ、尽くしたいとは思う。だが、此度のことは腑に落ちぬ。おまえはどう思う?ラダマンティス」
 ラダマンティスに背を向け、まっすぐに冥界の空を見つめたまま、パンドラは静かに問いかけた。わずかに俯いたラダマンティスは瞳を伏せると、穏やかな声音で答えた。
「我らに意思はございません。パンドラさまが仰られたように、ただ我らは戦いに身を置き、我が身を捧げるだけ。冥衣に魅入られし、その時から……ですが」
 くいっと顔を上げ、パンドラの後姿に目を向けたラダマンティスは声を低くした。パンドラは顔だけを少し向けると、まるで秘密ごとを打ち明けるかのような雰囲気のラダマンティスを怪訝な目で見た。
「何だ?続きを申してみよ」
「はい。では申し上げますが……パンドラさまも御察しの通り、此度のことはすべて仕組まれたものでしょう。それは判り易いほどに。海皇の元にあったハーデスさまの御剣は確かにハーデスさまのものであり、それはあの軍神がこの冥界に訪れた時に手にしていたもの」
「確かに。だが、その後シャカが取り上げたではないか?そして軍神と共に……まさか、あのシャカが海皇に渡したとでも?」
 キィと小さな音を伴わせながら、パンドラは窓を開け、バルコニーへと歩みを進めた。ラダマンティスもその後に続きながら、話を続ける。ひんやりとした風が心地よく過ぎていく。
「誰が海皇の手に委ねたかまでは確かめること叶わず、今はまだ判りません。ですが、その可能性はまったく否定できない状況であることは確かです」
 微風に黒髪を靡かせ、頬に挿しかかった髪を厭わしそうに指先で耳にかけて振り返ったパンドラの瞳には厳しいものがあった。
「冥界が……海界や聖域に攻め入る大義名分が揃っておる、ということか。ハーデスさまがお戻りにならぬ限り、誰が御剣を海皇の元へと渡らせたかは確かめようもないこと。シャカも未だ姿を現さぬ。奪われた物は奪い返さねばならぬ……が、歯痒いばかりよ。切り札を握るのは軍神ということも不愉快極まりない。まるで我らを挑発しているかのように思える」
「それすらも、禍神の思惑なのかもしれません。争いの神は四界に火種を落とし、劫火となっていく様を嘲笑って見ているのでしょう」
「それでは……まるで以前のハーデスさまが願っていた世界ではないか?」
 暗澹たる面持ちでパンドラは言葉を切ると、再びラダマンティスに背を向けるとバルコニーから望む冥界に瞳を向けた。
「―――草木も生えぬ、死の世界。すべてが、安らかで静かな闇の世界。天も、地も、海も……すべてが闇に充たされるのであれば、それは願ってもないことなのかもしれぬ。妾は平和を望み、心穏やかに過ごされるハーデスさまを見守りながらも……荒ぶる心のままに馳せたハーデスさまを心のどこかで求めているのであろうか」
「冥界に在る者なれば、多かれ少なかれ同じような思いを持っているのでしょう。眠神はいささか判り易いほどですが」
 皮肉っぽく笑いを浮かべて見せたラダマンティスはスッと膝を折ると慇懃に礼を尽くした。
「ミーノスの監視に行って参ります。油断するとあの者は勝手なことをしますゆえ」
「そうであるな……くだらぬことを考えずに役目を果たすよう、しかと申しつけよ」
「御意」
 深く頭を垂れたラダマンティスは風のようにパンドラの前から消えた。ひとり残ったパンドラはざわめく鼓動を静めるかのようにひんやりと漂う風を受け、長い黒髪を靡かせながら瞳を閉じた。