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IS  バニシングトルーパー 038-039

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stage-39 Dancing Blue 前編





 臨海学校とは、一般的な教育機関において夏に行われる学校行事の一つである。主の目的は集団生活を通して普段の学校では学べないことを学生に体験させることである。
 無論、この行事はIS学園にも存在する。
 校外特別実習期間。それが7月の頭、夏季休業前の三日間に行われるIS学園版臨海学校の正式名称だった。
 しかし一般的な学校と違って、そのテーマは「ISの非限定空間における稼働試験」。つまり「バリアなしのところで思いっきり撃って見よう!!」ということです。そのため、各国から代表候補生に新型装備が送られてくる。
 とは言え、年頃の少女達にとって、海水浴を楽しむための行事としてのイメージが強いのでしょう。

 現に、IS学園前の広場に泊まっているバスに乗り込んだIS学園一年一組の生徒たちは車内で雑誌を読み、お菓子を齧り、談笑しながら、バスの出発を待っていた。
 いつもならとっくに静かにしろ!と怒鳴り始めるはずの担任――織斑千冬も、右最前列の席に座って副担任の山田と柔らかい表情で話していた。やはり、日頃の仕事で溜まったストレスを発散するチャンスが来たからでしょう。
 だが手間のかかる生徒がいる限り、彼女のストレスはたまり続けるのだ。
 例えば、すぐ後ろの席に座っている弟と二組のツインテール生徒一名、そして横の席でこの二人を睨んでいるポニーテール一名。

 「二組の生徒は二組のバスに帰れ!」
 「いや~あたしも不本意だけどさ、でもラウラがね、どうしてもって……」
 通路を隔てた席に座っている箒の文句に、一夏の隣席を手に入れた鈴は顔がにやけそうになっているのを必死に押さえながら、そう返事した。
 ラウラ曰く、嫁のくせに他の女と相席など言語道断とのこと。今頃は二組のバスで隆聖の隣に座ってイチャイチャしていることだろう。 

 「くっ……だったら私と席を交換しろ!!」
 「箒、少し落ち着けよ。そんなにこの席が欲しいなら、俺と交換しようか?」
 「一夏は黙ってろ!!」
 「はい……」
 何とか二人を鎮めようとして、一夏は自分と箒との席交換を提案したが、箒に怒鳴られた。彼女の意図も理解せずにそんな発言をしたんだ、当然といえば当然ではあるが。

 まあ、こっちのはまだいい。
 微笑ましい青春の一ページだ。温かく見守ってやろうではなイカ。
 姉としてはやや不愉快だが。
 しかし一夏のすぐ後ろに座っている三人の方が厄介すぎる。
 そう、二つの席に座っている、三人だ。

 「クリスさん、後でサンオイルを塗っていただけますか?」
 「ああ、ごめん。俺、こんなだからさ」
 右腕にぎゅっと抱き付いてきて、相変わらずチャーミングな笑顔で上目遣いしてくる女の子――セシリアの頼みに、クリスは革手袋をつけている自分の右手を見せて、申し訳なさそうに苦笑いする。
 片手だけで自分の体に塗るのはいいかもしれないが、さすがに他人にサンオイルを塗るのはやり辛い。

 「そ、そうですか、ごめんなさい……」
 「いやいや、気にしてないから」
 自分が失言したと気付くセシリアはすぐ気まずそうな顔になって、大きな瞳を伏せて詫びの言葉を口にしたが、クリスはそんな彼女をあやすように、薄く微笑んで見せた。
 そしてクリスの膝の上に座っているもう一人の少女はクリスの右手を両手で優しく包み、自分の胸元に抱き寄せた。

 「じゃ、クリスの背中は私が塗ってあげるよ」
 「シャルお前……ちゃんと席に座れよ」
 小さな背丈を自分の胸板に預け、顔を見上げてくる恋人に、クリスはやれやれと小さなため息をついた。
 すると、シャルは僅かに顔を曇らせ、微妙に冷気が漂っている声でクリスに問いかける。

 「なに? セシリアと二人きりになりたいの?」
 「いや、そんなんじゃない。ただ、バスの中ではちょっと危ないと……」
 シャルの冷たくて、どこか不安と悲しみが綯い交ぜになっている感じがする目に睨まれて、クリスはやや硬い表情で言い訳をする。
 もちろん、シャルとこういうスキンシップができるのは嫌いじゃない。むしろ嬉しい。
 けど周囲の目が痛い。なぜか最近は女子達から悪者扱いされることが多くなって来た。
 そんなに悪いことしてないのに。

 「……だよね。一度最後まで男を許すと、すぐ飽きられちゃうもんね」
 クリスの真っ当な意見をスルーして、シャルは顔を伏せて寂しげに、まるで泣き出しそうな声でそんな危ない一言を呟いて、手元のポッキーを齧る。
 おい、演技する気あるのか、とツッコミを入れたくなっても、してはいけない。
 本当に彼女の怒りを買ってしまうから。
 セシリアの拘束から脱出して、クリスは両腕で彼女の華奢な体を後ろから抱き締め、そのレモン色の金髪に口を寄せ、思いを篭めて囁く。

 「飽きるわけないだろう? シャルが側にいないと寂しく仕方がないんだよ。俺は」
 「じゃ、別にここに居てもいいよね!」
 クリスに甘い言葉を聞かされて、すぐに機嫌を直したシャルは振り返って無邪気な笑顔を見せ、ポッキーを差し出してくる。
 なぜか、シャルに上手く扱われた気分だ。
 女の悲しい顔と涙に弱いという弱点を抉るのが、見る見るうちに上手くなっていく。
 そのうち、本当に彼女の尻に敷かれるかもしれないな。いや、それだけは何としても避けたい。
 微妙に疲れたような、悲しいような複雑な表情をして、クリスは無言にそのポッキーに齧りついたのだった。
 二人の隣でこの一連の遣り取りを静かに見守り終えた後、セシリアはもう一度クリスの上腕にしっかりと抱きついて彼の肩に自分の頭を預け、僅かに嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「セシリア、意外と冷静だな」
 「はい。クリスさんとシャルロットさんの間には深い絆があることくらい理解してますし、いきなり勝てるとは思っていませんわ」
 間近でクリスと視線を合わせて、セシリアはまるでドキドキしている心臓の鼓動を抑えているように自分の胸元に手を当て、笑顔でクリスの言葉にそんな返事を返す。
 いきなり勝てるとは思ってません。つまりゆっくりと侵入しますから、今はとりあえずちゃんと見て欲しい、ということです。どうせクリスさんは女の子に優しいから、友達という線を引いても、直接飛び越えてくる女性を押し返すようなことはしません。
 現に今こうして彼の側に居て、体を寄せても彼は抵抗しませんし、怒ったりもしません。
 シャルロットさんは最初からそれを理解したから、いきなりクリスの側まで飛び込んだ。なら、こっちも同じように飛び込むまでです。そしていつかは彼の隣に、自分の居場所を作りますから。

 「チッ、気付いたかセシリア。いいでしょう。あなたをライバルと認める。でも物事はそう簡単に行かないことを、教えてあげるよ」
 クリスの腕の中、シャルはまるでセシリアの考えを見通したように、真剣な声でセシリアと向き合う。
 自分の恋人は正面から踏み込んでくる人には弱い。さすがに自分より知り合った時間が長いだけあって、奥手なセシリアもようやくそれを理解した。しかしこっちも苦労してクリスの気持ちを掴んだんだ。絶対に渡せない。たとえ半分だけでも。
 いや、一割でも。