二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

凌霄花 《第一章 春の名残》

INDEX|17ページ/33ページ|

次のページ前のページ
 

〈07〉西国へ



「助さん。なに鼻唄歌ってる?」

 その日、まだ日も昇らないうちから、二人は旅に出る支度の最終確認をしていた。
しかし、助三郎は昨晩から浮かれ気味だった。
 
「だって、初めての夫婦水入らずの二人旅だ。お前は嬉しくないのか?」

 その言葉には緊張感の欠片も無かった。
にやけて締まりの無い夫に呆れた彼女は『格之進』として彼に向きあった。

「俺はお前と夫婦じゃない」

「…え」

 酷く驚いた顔で、彼はその場に立ち尽くした。
早苗はそんなことお構いなしに、続けた。

「俺とお前は同僚だ。わかってるよな?」

 建前上、世間体はそうなっている。
ホッと安心した助三郎だったが、減らず口を叩いた。

「クソ真面目が…」

「なんだと? 不真面目野郎が」

 男同士の妙な夫婦喧嘩が勃発する寸前に、元気よくクロが飛び込んできた。
彼は二人の間でピョンピョンと跳ねて二人を和ませた。
 
「クロ。お前も一緒に行くよな?」

 早苗が優しく彼を撫でると、クロは元気よく吠えた。

「ワン!」

「よし、良い仔だ。行くぞ佐々木」

 冷たく言い放つと、佐々木は怒った。

「佐々木って言うな! 渥美!」

「おぉ! 俺の名字ちゃんと覚えてたんだな。誉めてやろう」

 口喧嘩しながら、二人と一匹は朝靄の中江戸の藩邸を後にした。




 日が昇る頃、二人と一匹は海の上だった。
 行く先は西国、播州の赤穂。先を急ぐ旅なので、徒歩で東海道を…という手段は即却下。
一番早く、体力が温存できる手段、海路を選択した。
 その船旅、男と犬にはそこそこ快適だったが、女の早苗は不満が山積。
 船内は男のみ。まともな間仕切りも無いので着替えもままならない。
 更に、彼女の好きな風呂が無い。
 『仕事だから文句は無し』『今は男』
 そう頭で自分を説得したが、三日目で我慢が出来なくなった。 
そこで彼女は助三郎を見張りに立て、身体を拭くことにした。

 支度をしながら、彼に釘を刺した。

「しっかり見張っててくれよ」

 そんな彼女の隣で、助三郎はクロとじゃれあいながら言った。

「はいはい…。でもさぁ、明日の午後には陸に着くんだから別に良いだろ?」

 男はそういう考え。しかし、女は違う。

「汗くさいのはイヤなんだ!」

 早苗は水を張るための盥を音を立てて置いた。
大きなその音に驚いた助三郎は、ボソッと言った。

「俺は気にならないけどなぁ、ちょっとぐらい…」

 それは、自分のことを述べてまでだった。
激しい鍛錬をして汗をかいた時、彼は大抵井戸端で手拭いで拭いて済ます。
 早苗は必ず風呂に入ったが…。

 その早苗は、自分の事を言っていると思い込んだ。
夫に『汗くさい』と思われたと感じた彼女は勢いよく水を盥に張った。
 そこに移ったのは、半泣きの男の顔だった。

 あまりに多い水の量に、助三郎は振り向いた。
クロも興味津々で早苗を見ていた。

「お前、まさか髪も洗う気じゃないだろうな?」

 夫をキッと睨み、彼女は答えた。

「洗わないよ。出る前日に洗った。黙ってあっち向いて見張りしてくれ」

 怖い妻に、助三郎は首を竦めた。
そしてクロの眼をそっと手で覆い、彼に言った。

「クロ。格さんの裸は誰も見たらいけないんだ」

「クゥン?」

「恥ずかしいんだってさ」

 そう言った助三郎の頭にコツンとなにかが当たった。

「いてっ」

 それは笄だった。
彼女は男の姿の時、乱れた髪を整える際それを使っていた。
 
「危ないだろ! こんなもん刺さったら死ぬぞ!」

 そう言った途端、助三郎はゾッとした。
早苗は、簪を飛ばせる…。お銀直伝の技だった。
 その気になれば笄も凶器に変わる…。

「とにかく黙ってろ!」



 

 早苗が『身体を拭く』と宣言してからかなりの時が経った。
あまりに長すぎる行水に、助三郎のしびれがきれた。
 一緒に遊んでいたクロはいつしか隣で夢の中。
 呑気な犬と一緒に彼も寝たいと思ったが、見張りの重役が終わっていない。

「格さん…。まだ終わらんのか?」

「…まだ」

 高く澄んだ声が返って来たことに、彼は驚いた。
それは紛れも無く『早苗』の声。

「…おい、女に戻ってるのか?」

「…だって、格之進の身体見るのイヤだもん」
 
 女の声に交じる盥の水の音。
その音は、彼の想像力を刺激した。
 男が鍛錬の後にその精悍な肉体の汗を拭きとるより、女がその柔らかな白い肌を清める方が絵になる。
 妻の妖艶な姿を妄想し始めたが、すぐに頭を切り替え窘めた。

「…男だらけで危ないだろうが!」

 しかし、背後からは穏やかな優しい声が返って来た。

「なんで? 助三郎さまが見張ってるから大丈夫よ」

 彼は振り向いて妻の姿を拝みたくなったが、ぐっとこらえた。
彼女を怒らせて騒ぎを起こしては、自分たちの身が危ない。

「…だったら早くしろ。俺は眠いんだ」

「寝たらダメよ! もうちょっとだから頑張って」

 二人でそう掛けあっていると、人影が。
その者は、船内を見回っていたが、聞きなれぬ音に訝しげな表情で歩みを速めた。
 そして、助三郎を呼んだ。

「兄ちゃん、ちょっとこっち来な」
 
 厳つく、よく日に焼け、いかにも海の男といった風体の彼はその船の頭だった。
 呼ばれた助三郎は寝ぼけ眼のクロに早苗の護衛を頼み、彼に従った。

「なんでしょう?」

 そう窺うと、頭は低く重く言葉を発した。

「…聞こえたよな?」

「…なにがです?」

「…女の声だよ」

 助三郎はギクリとした。
早苗の声が聞かれていた。
 妻を守るため、彼は白を切った。
 
「さぁ? 気付きませんでしたが…」

 すると、頭は厳しい顔で助三郎に迫った。

「兄ちゃん。もし姿を見たら教えてくれ。俺は女を乗せない主義なんでな」

 その言葉に、彼は不安を感じた。

「…もし見つけたら、海に突き落としたりするんですか?」

「そんなことはしない。次の港で船から降ろすだけだ。兄ちゃん、俺はそこまで野蛮じゃないぞ。ハハハハハ!」

 ニッと豪快に笑った彼に合わせ助三郎も笑った。

「そうですか…。ハハッ…」


 無事、逃れたと思ったその時クロが大きな欠伸をした。
そして、それに気付いた早苗は彼に声を掛けた。
 
「あれ? クロ、助三郎さまはどこ?」

「キャン!」

「なに? どうかしたの? 何が危ないの?」


 当然、早苗の声とクロの驚いたような鳴き声は船の頭の耳に届いた。
彼の笑っていた顔は厳めしいものへと変化し、脚は早苗の居る場所へと向いた。

「…やっぱり居るぞ!」

 妻の危機を感じた助三郎は突っ走り、先回りをして妻に危機を知らせた。

「格さん! 変われ!」

 一か八か早苗に向かって飛び掛かった。



「居たか!?」

 頭は助三郎の飛びかかった相手を見て、厳めしい顔を緩めた。

「…なんだ兄ちゃんの連れか。…やっぱり幽霊でも間違って連れてきたのかもしれんな」
 
 なぜかそう一人合点した頭は、傍でおろおろするクロの頭をグシャグシャッと撫でた。

「ワン公。幽霊見たら絶対に吠えるんじゃねぇぞ。地獄に連れて行かれちまうからな」