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凌霄花 《第一章 春の名残》

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〈08〉赤穂



 早苗と助三郎は赤穂城の屋根裏で弥七と合流した。
クロは隠れ家で御留守番。

「いつ来た?」

「一昨日の夜中で。刃傷の報せは今朝来ましたぜ」

 二人は弥七の足の速さに驚いた。
浅野内匠頭刃傷の知らせは、事件が起こってすぐ早駕籠で出された。
その早駕籠よりも早く着いたというのは、並の人間にできる事ではない。

「切腹の知らせは?」

 浅野内匠頭の切腹が決まったのはその急使が発った後。
到着には時差がある筈だった。

「まだです。まぁ、明日ぐらいには着くと思いますがね。あの面々がどう混乱するんだか…」

 三人は静かに眼下の部屋の様子を見下ろした。
そこには男が二人。

 早苗が小さな声で、弥七に窺った。

「あれが、大石殿か?」

「いいえ」

「…じゃあ、誰だ? 身分が高そうだ」

 助三郎が身を乗り出した。そのせいで屋根裏の板が軋み、一同血の気が引いた。
しかし、下の赤穂藩士たちはそれどころではないらしく、気に留めることはなかった。

「助さん。気をつけて下せぇ。これだから素人は…」

 珍しく文句を言う彼に助三郎は驚いた。
彼は再び怒られないよう、頑丈な柱の上に身を置いた。

「…で、あの方は?」

 忍びの血を少しながら持つ早苗は、弥七に叱られることなく屋根裏での見張りを続けた。
先ほど気になった男の正体を再び弥七に問うた。

「家老の大野殿です。ケチで有名」

 ニヤリと弥七は笑った。

「…ケチ?」

 早苗がキョトンとしていると、弥七は手で何かを弾く真似をしながら言った。

「これが友達ってやつでさぁ」

 動きに見覚えがある彼女は、すぐに理解した。

「算盤か」

 すると、隅で大人しくしていた筈の助三郎がふざけ始めた。

「誰かさんと一緒だな。気が合うんじゃないか?」

 そんな夫に、早苗がムキになることはなかった。
微笑を浮かべ、さわやかに仕返しした。

「…助平さん、それは誰の事でございますか?」

「…助平じゃない!」 

 二人の妙な夫婦喧嘩を呆れ顔で眺めた弥七は、仕事に戻る事に決めた。
眼下では、『ケチの大野殿』が文句を言い始めた所だった。





「大石殿は何処に行かれた?」

 眉間に皺を寄せて、大野九郎兵衛(*1)は傍で書き物をしていた男に聞いた。
 
「はて? 厠かと…」

 その返事に、大野は盛大に溜息をつき眼頭を抑えた。

「またどこぞへふらふらと… この忙しい時に…」

「はぁ…。まぁ…」

 男は、仕事の手を止めず生返事。
そんな彼の隣で、大野は愚痴を言い始めた。

「殿もなぜ刀を抜かれた? 短慮が過ぎたことだ…」

 それは誰でも一度はふと思うこと。
しかし、自分の主の批判など、まして一国の家老がする物ではない。
 聞いていた男は書き物の手を止め、筆を置くと身形を正し、大野に詰め寄った。

「…少し御言葉が過ぎませぬか。仔細は解りませぬが、殿も何も考えずにした事ではないはず!」

 威勢よく意見を述べた彼を胡散臭そうに見やり、溜息をついた。

「声が大きいのう…」

「御家老! 御家老は殿の事を…」

 真剣に何かを話し始めようとした彼の出鼻をくじくように、大野は話を逸らせた。

「八十右衛門殿、勘定が狂いますぞ」

 この言葉に、岡島八十右衛門常樹(*2)は猛烈な腹立たしさを覚えた。
そして、彼にきっぱりと言い放った。

「では、御家老、ここは私の仕事場でございますので、早々に御退出願います」

「なにをそんなに怒っておる? わしは書類を…」

「一冊の書類を探しに来て、一体いつになったら見つかるのです? 本当にあるのですか?」
 
 ここでも喧嘩が始まった。

 屋根裏でも、下でも喧嘩。
呆れた弥七は、仕事を打ち切ることに決めた。

「御二人さん、今日はここらで引きあげだ」




「助さんも格さんも、もうちっと真面目にやってくださいよ」

 二人は城郭の外に出るなり、弥七に御叱りを貰った。

「はい…」

「仕事と私生活をごっちゃにしないでほしい。いいですかい?」

「はい…」

「明日からはしっかりして下さいよ」

「はい…」

 仲良くしょげる二人に、弥七は気分を改め今後の計画を話し始めた。

「で、明日だが、おそらく朝には第二陣が来るでしょう。それからが仕事ですぜ。しっかり見張って、赤穂藩がどういう動きをするか見届ける。いいですかい?」

「わかった」

 仕事を全うしようという意欲を二人の顔に見る事が出来た弥七は、二人に笑い掛けた。

「じゃあ、今日はここらで帰りましょう。ちっと汚ねぇ家なんで片付けないとならねぇんですよ」

 この言葉に、助三郎は驚いた様子だった。

「お銀が掃除してくれなかったのか?」

「助さん、お銀は掃除なんかしませんぜ」

「え?」

 
 二人の会話の隣で、早苗は黙っていた。
 彼女はお銀の事をよく知っていた。
彼女の忍びの腕は一流だが、料理洗濯裁縫はからきしダメな事。
 彼女の悪口を言うと身の危険にさらされるという事。

「料理もしませんぜ」

「えっ!?」

「食えたもんじゃねぇんで」

 弥七がニヤリとした時、ひゅっと後ろから何かが風を切って飛んできた。
早苗と助三郎の間をすり抜け、それは弥七の手の中で止まった。

「おっと危ねぇ…。簪はこういう使い方をするもんじゃねぇ」

 そう言いながらも彼は手の中の簪を投げ返した。
すると、女の声が返って来た。

「さすが弥七さん。見えなくても掴めるなんてすごいわ」

 簪の凶器の持ち主はお銀だった。
彼女は関心した様子で弥七に言った。
 
「お褒め頂きありがとう。そうだ、お前も飯食いに行くか?」

「えぇ。ご一緒するわ」

 夕餉に最適な店を探し、四人は街へと向かった。



 
 軽い夕餉を済ませ、これからしばらく使うであろう隠れ家へ向かう途中、弥七が歩みを止めた。
彼は、少し先から歩いてくる男を見ていた。

「大石殿のお帰りだ…」

「あれか?」

 赤穂藩家老、大石内蔵助がどういう人物なのかが知りたい助三郎は、食いつくようにその男を見た。
彼の眼に入ったのは、釣竿を片手に魚籠を腰に下げて歩く着流しの男だった。
 腰には小太刀のみ。家老らしからぬ身形に助三郎のみならず、早苗も驚いた。
 光圀の供をし、様々な国の藩主や家老に会ってはいたが、ここまで軽い感じの男は二人にとって初めてだった。

 あっけにとられて見ていると、内蔵助は傍を通った魚の棒手売に声を掛けられていた。

「おや、御家老様。今日はどうでした?」

 その言葉に、内蔵助は頭を掻いて笑った。

「いやぁ、坊主だ。今日はついてなかった」

 そして、棒手売の身形を眺め、残念そうにつぶやいた。

「残念、売り切れか…」

 暗くなり始めるこの時間に残っているわけがない。

「もうちょっと早うお会いしてたら、売ってあげましたのに」

「でもなぁ…。すぐ諦めるのもなぁ…」
 
 気まずそうに言う彼に、棒手売は一つ提案した。

「御家老様は、一向に上手くならん。一度、名人に習ってはどうやな?」

 この妙案に彼は手を打って賛同した。

「おぉ。それは良い考えだ。知り合いはいるか?」