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凌霄花 《第一章 春の名残》

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〈01〉前兆



 ある秋の冷えた朝、光圀は江戸の手前、品川の宿に居た。
御供は助三郎、格之進、弥七にお銀。そして犬のクロ。
 その日もいつものように悪事を暴き、悪の親玉の屋敷の門前に居た。

「これが終わったら上屋敷ですね…」

 助三郎は溜息交じりに呟いた。
そんな彼と光圀は同じ気持ちだった。

「行きたくないの…。そうじゃ、もう一泊ここらで…」

 そう言った途端、もう一人の家来である格之進からピシリと窘められた。 
彼は万が一の闘いに備え、身体を温めていたが、耳はしっかり二人の話を聞いていた。

「路銀が足りませんので、今夜は絶対に藩邸です。ですから昼には終わらせ、帰ります。良いですね?」

 その言葉に二人は首を窄めた。
そしてこそこそ内緒話を始めた。

「助さん、格さんは大分ピリピリしておるの…」

「怖いんですよ…。一昨日くらいからまるで…」

 助三郎が次を言う前に、噂の人物にキツイ口調で窘められた。

「助さん、黙って集中しろ」

 しかし、そんなことで引き下がる助三郎ではなかった。
集中力をさらに高めるため、黙想し始めた相棒をしり目に、主にこそっと言った。

「…男なんです。昨晩、風呂をこっそり覗いたら、男のままでした」

「…そうなのか?」

 光圀は驚いた顔で真面目な供を眺めた。

「はい。しかも、今朝は厠からあの姿で出てきて…。私はどうしていいか…」

 助三郎は項垂れ、情けない声を上げた。

「…また戻れなくなったのか?」

 不安げに光圀は呟いた。

「怖いのです…。もしそうなら、『早苗に戻ってくれ』などと言えませんし…」
 
 そう言って助三郎が不安げに眺める男、『渥美格之進』は仮の姿。
本当は佐々木助三郎の妻、早苗だった。
 本来は小柄な女。すっぽりと助三郎の腕に入り、笑顔で見上げる様子が彼は大好きだった。
しかし、今その妻は大柄な逞しい男だった。

 助三郎は溜息をついたが、光圀に耳打ちした。

「ですが、御隠居、あれだけ男っぽい後に女の早苗を見た時はそりゃもう…」

 格之進、否、早苗は眼を開けるや否や、怒鳴った。

「佐々木黙れ! 仕事中だ!」

 すると、『佐々木』の助三郎は怒った。
彼は気心の知れた仲間に、名字で呼ばれるのが嫌いだった。

「佐々木って言うな! 早苗、お前だって本当は佐々木だろ!」

 嫁いで佐々木家に入っているので道理は通っていた。
しかし、早苗は反論した。

「俺は『渥美格之進』だ。姉貴は今居ない! いいから黙れ!」

 すると助三郎は大人しくなった。それを見た早苗は、続けて主に忠告した。

「ご隠居、そのお気楽男と一緒にふざけていないで、そろそろ御指図お願い致します」

 この言葉に、光圀も気を引き締め、深呼吸した後、供二人に声をかけた。

「助さん、格さん、参るぞ」

「はっ」



 予想通り抵抗された一行は、激しい乱闘を繰り広げた。
早苗は得意の柔術で。助三郎は剣で。次々と立ちはだかる敵を打ちのめし、戦意を削いでいった。
 そして、頃合いを見計らった光圀からの合図があった。

「助さん。格さん。もうよかろう。」

 二人はそれを境に、闘いを中断し、終結に持ち込んだ。

「静まれ!」

 早苗は尚も抵抗を続け、刀を振りかぶった男に回し蹴りを喰らわせた。
 
「静まれ!」

 助三郎はしぶとい悪者を刀の柄で殴った。

 最後の抵抗者が居なくなると、二人は光圀を挟んで立ち、さっきまで闘っていた男たちを眼で制した。
 早苗は懐から預かっている印籠を取り出した。
そして、見せつけた。

「静まれ! この紋所が目に入らぬか!」

 そのとたん、男どもはうろたえた。
その様子を確認した早苗は続けた。

「こちらにおわすお方をどなたと心得る。
畏れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!」

 印籠をさらに目立つように見せつけ、ざわつく男どもに向かって声を張り上げた。
それに助三郎が続いた。

「一同、ご老公の御前である。頭が高い! 控えおろう!」

 二人の発言に皆驚き、男どもは地べたに這い蹲り、屋敷は乱闘がウソだったかのように静かになった。

 

 いつものように、悪の根源に裁きを下し、眼の前から遠ざけた。
一通りの片付けが終わり、助三郎は伸びをした。

「はぁ…。終わった終わ…」

 彼は驚くべき物を眼にし、欠伸を飲み込んだ。
隣に立っていた主、光圀が突如その場に蹲ったからだった。

「…御老公!?」

 すぐさま彼は主に駆けより、様子をうかがった。


 少し離れていた所で役人と仕事の話をしていた早苗も、主の異常に気がついた。

「御老公! どうされました!?」

 主に駆け寄った。
 しかし、当の光圀は笑いながら二人に向かって言った。

「ちと目眩がしただけじゃ。気にせんでもいい」

「お顔の色がすぐれませんが…」

 本当に光圀の顔色は悪かった。
二人を不安にさせぬよう、無理をしているように見えた。

「気のせいじゃ、気のせい」
 
 尚も気丈にそう言う主を無視し、早苗と助三郎は相談を始めた。
少しの後、結論が出た。

 結果は、藩の御殿医の診察。
すぐさま籠を手配した。
 品川の宿から藩邸まではそう遠くは無いが、病人が歩ける道ではない。
 しかし、不満ありげの黄門さまは早苗に向かって嫌味を言った。

「格さん。金が無いと言っておらんかったか?」

「御心配なく。この駕籠賃はタダでございます」

 爽やかに笑みを湛えて返事をしたのを見た光圀は、しぶしぶ藩邸への帰還を認めざるを得なくなった。
 もっとも、歩く気力が既に彼にはなかったのだが。
 
 文句を言いながらも、彼は小石川の藩邸へ籠で帰った。
藩邸に着くや否や、御供二人は主を医者に預け、与えられた部屋で診断結果を待った。
 
 夕方、その知らせがお銀によってもたらされた。
 神妙にお銀を囲んだ男二人に彼女は笑った。

「両手に花だわ。普段の仕事も男前ばかりだと良いのに…」
 
 少しふざけたお銀に早苗はムッとした。

「お銀、俺は男じゃない。そんなことより、御老公は?」

「格さん。あんまり心配すると、また元に戻れなくなるわよ」

 早苗の欠点は心配症。
それも大分収まってきてはいた。しかし、極度の不安や心配事を抱えると精神が不安定になり、変身の能力が落ちる。
 それをお銀は心配していた。
しかし、早苗はそんなことは気にも留めていなかった。

「俺の事より、御老公の診断結果はどうなんだ?」

 普段ふざけることの方が多い助三郎も同じように真剣にお銀に迫った。

「そうだ。それを知らせるために来たんじゃないのか?」

 再びピリピリした男二人に詰め寄られたお銀は、半ばあきれながらも報告をした。

「ご老公さまは少しお疲れになっただけよ。心配するなって」

 この言葉に、二人はホッと胸を撫で下ろした。
そして二人で今後の予定について話し始めた。

「そうか。なら、しばらく休養しないとな」

「十日ぐらいかな?」

 しかし、二人の会話にお銀が割り込んだ。

「いいえ。明後日には水戸へ帰るそうよ。支度しておけって」

「は!?」

「そういうこと。じゃあね!」