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凌霄花 《第一章 春の名残》

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〈10〉白鷺城



「早苗」

 助三郎は黒い犬を少し重そうに抱っこしながら歩く妻に、そっと声を掛けた。
 すると可愛らしい黒い眼が四つ、彼に向けられた。

「なに?」

「…なんでもない」

 彼はニヤケた締まりのない顔を伏せた。

「あ、なんでもない訳ないんじゃないの?」

 彼女は夫のふやけた顔を見て笑った。

「ワン!」

 クロも主をからかうように吠えた。
 助三郎は正直に言った。

「…ずっと『格さん』だったからさ、呼んでみたくなったんだ」

 そんな夫に、にっこり微笑んだ。

「じゃあ、助三郎さま」

「なんだ?」

「呼んだだけ」

 しかし、助三郎の顔はパッと明るくなった。
本当にうれしそうな彼に、彼女は伺った。

「わたしと一緒で、嬉しい?」

 彼は即答した。

「嬉しい。初めての二人っきりだから余計…」

 突然、早苗の腕の中でクロが吠えた。

「ワンワン!」

 彼は主に文句を言っていたのだった。
助三郎はクシャクシャっと愛犬の頭を撫でて、彼の機嫌を直そうとした。

「…怒るなよ。お前も家族だ」

「ワン!」

 嬉しそうに吠える犬に、彼は続けた。

「だがな、早苗が重いってさ。お前もう仔犬じゃないから歩けるだろ?」

 クロは少し反省したように地面へ飛び降りた。
 彼もまた、早苗に甘えたかったのだった。

「…ウワン」

 少し残念そうに唸ると、彼は二人の行く遥か先へ走って行った。

「クロ。あんまり遠くへ行っちゃダメよ!」





 助三郎は朝からずっと妻に見入っていた。
旅装の妻に新鮮さを感じたからだった。
 いつも仕事の旅で隣に居たのは旅装の『格さん』
 金銭管理にうるさく、ちょっと主とふざけただけで日誌に書き小言を言う。
 しかし、今回は『遊山』縛られる物は何もない。
 助三郎はそっと早苗の手を取った。

「…で、俺たちはどこ行くんだ?」

 彼は何も考えていなかった。
 頭にはただ、早苗と会える、早苗と過ごせる、しかなかった。
 そんな夫の事など百も承知の早苗は、考えていた計画を提示した。

「姫路城、近くで見たいの」

 助三郎は二つ返事で快諾した。
久しぶりの妻にデレデレの彼は、どんな無理を言っても通じそうな勢いだった。

「わかった。姫路だな」

「うん」

 二人は進路を東へ取った。


 …実をいうと、早苗の真の目的は城ではない。
 本当の事を言えば、助三郎が嫌がる。
 本当にしたいことを胸に秘めたまま、早苗は助三郎と目的の地へと向かった。





 城下に宿を取った次の日、城を近くで見るべく歩いていた。
 二人は諸国をめぐり様々な城を見てきた。
 しかし、姫路の城は格別。

 人気のない見晴らしのいい小高い丘につくと、おもむろに助三郎が呟いた。

「俺は、どの城よりもこの城が好きだ」

 隣の早苗も賛同した。

「わたしも。どんなお城よりも、綺麗で優しい感じがするから」

「優しいか…」

 妻らしい言葉に、助三郎は笑みを浮かべた。

「あれ? おかしい事言った?」

 彼はキョトンとする妻の顔と優雅な城を見比べ、こう言った。

「いいや。あの城は、早苗みたいだな…」

 言われた本人は驚いた。

「なにそれ?」

 助三郎は城を眺めながら彼の思うところを述べた。

「お前は優しい。だけど格さんは強い。二人で一人、強さと優しさ両方兼ね備えている。そういう事だ」

 真面目にクサイことを言う夫に照れた早苗は頬を赤らめた。

「もう!」

 助三郎はその紅い頬を愛おしげに撫でた。
甘い言葉が続くと思いきや…

「やっぱり、訂正だ。格さんよりお前の方が絶対強い!」

 ニヤリとそうのたまった夫に早苗は食ってかかった。

「なによそれ!?」

 助三郎は走って逃げだした。

「ほら、怖い!」

「待ちなさい!」

 この幸せいっぱいの夫婦を邪魔をする物は、なにも無かった。


 真剣に走る早苗とは対照的に、助三郎はゆっくりと走った。
格之進相手では死ぬ気で走らないと捕まるが、早苗では着物のせいもあってかかなり遅い。
 それを彼は知っていたし、なにより彼女に捕まりたかった。

「捕まえた!」

 飛びかかってきた早苗を助三郎はしっかりと受け止めると、二人は原っぱに倒れ込んだ。

「…不覚。捕まった」

 そういう顔は何とも嬉しそうだった。
身体の上の早苗を抱き寄せた。

「…俺は、幸せだ」

 妻の温もりを感じたい彼は、さらに強く抱きしめた。

「…早苗だ」


 しかし、少しすると早苗から打診が。

「…ねぇ、もう、いい?」

「…イヤか?」

 驚いた助三郎は、ぱっと妻の身体を離した。
しかし、彼の恐れていた答えは帰ってこなかった。

「ううん。助三郎さまの着物汚れちゃう…」

 二人は大人しく、風通しの良い木陰で行儀よく座ることにした。

 目の前の城を黙って見ていたが、何を思ったか、早苗がとんでもないことを言い出した。

「そういえば、あのお城、色々居るのよ」

 助三郎はイヤな物を感じ、顔をこわばらせた。
『居る』という言葉には何とも怪しい雰囲気が漂っていた。

「…怖い話は無しだぞ」

 しかし、彼女は話を止めなかった。

「前、九州の方まで言った時、ご隠居さまとあのお城に上がったでしょ?」

「…あ、あぁ」

 助三郎の眼が泳ぎ始めた。
猛烈にいやな予感がしていた。
 そんな夫を知ってか知らずか、早苗は笑顔で面白げに言った。

「その時ね、色んな気配してすっごく面白かったの!」

 助三郎が大っ嫌いな話のネタだった。
すぐさま話を大きく逸らし、それ以上の怖い話が妻の口から出てくる事を阻止しようと試みた。

「…そうだ! 腹減ったろ? 何か食いに行かないか?」

 そう言っておもむろに立ち上がり、一人町の方へと歩き始めた。

「何食おうか? 何か食べたいものあるか?」

 逃げるように先を歩く彼の背中を眺め、早苗は溜息をついた。

「…怖がりなんだから」

 その言葉に、言われた本人は振りむいた。

「怖いんじゃない。キライなんだ!」

 意地っ張りの屁理屈に早苗は暖めていた計画をそのまま決行することに決めた。

「…やっぱり、一人で行くしかないわね」




 なんだかんだいいながら、二人は町の中心に戻り腹ごしらえをした。
 助三郎の怖がりはどうしようもないので、早苗は彼が好きそうな話題を持ちだした。

「宮本武蔵も、姫路城に関係有るわよね?」

「あぁ。本多忠刻に仕えてたからな」

 大日本史を編纂する生業の彼だけある。
歴史は大好き。
 
「武蔵ってどんな人だったんだろ?」

 その中身ではなく、容姿に思いを馳せていると、夫はあることに気付いた。

「良い男だったっていう小次郎贔屓が女には多いよな。お前もそうか?」

「ううん。あの人名前だけだもん」

「…名前だけ?」

 佐々木小次郎はその名字が想う男と一緒なだけ。
真剣に剣の道を突き進んでいった男らしい武蔵の姿勢に、その想う男の姿が重なり、早苗は惹かれた。
  
「…なんでもない」

 少し恥ずかしくなって、誤魔化した。