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雪割草

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〈62〉ほんとの気持ち



泣き疲れてはいたが、眠りが浅かった早苗は朝早く眼が覚めた。
痛みはほとんど引いていた。

怖いけど、宿に帰らないと。
ご隠居さまに顔見せないと。
寝てたらいけない。

髪を整えようと鏡を覗いた。

眼が腫れてる。
寝不足だし、泣きすぎたかな。
みっともないな。

そうしているところへ、医者がやってきた。

「起きられましたか?」

「はい。これから主の所へ戻ります。よろしいですか?」

「では、傷の様子を拝見させてください。」

しばらく医者に身をまかせた。

「全く問題ありません。不思議ですね…。傷がほとんど残っていない…。」

「では、失礼してもよろしいですか?」

「はい。では、何かあったらまたお越しください。これは念の為の薬と包帯です。」

「お世話をおかけしました。」

「お大事に。」



一人、まだ朝霧がたちこめる町の中をとぼとぼと歩いて行った。
人影はまだ見当たらず、雀の群れが騒いでいるだけだった。
痛みはないにもかかわらず、足が異常に重かった。


怖い。
覚悟してたはずなのに。
なんで、わたしってこんなに弱いんだろ。

気付くと早苗は宿の前に着いていた。
敷居をまたごうとしたが、足がすくみ、動かなかった。

…しっかりするの!
行かなきゃダメ!
助三郎さまにどんな顔されても言われても耐えるの!


自分にきつく言い聞かせたが、足は動かなかった。
一度、深呼吸して、懐から手鏡を出し、覗いた。
朝見た時と変わらない、目が少し腫れた女が映っていた。
だめだ、みっともない。
このままで顔合わせたら、絶対涙が出てくる。泣いちゃう。

しかたない。男で行こう。

格之進に変わった。
とたん、昨晩と同じ痛みを脇腹に感じた。
包帯が巻かれた場所に確認のためそっと触れてみると、激痛が走った。

…なんで男の方が痛いの?
でも、早苗のままじゃ怖い。

歯を食いしばり、宿に入った。



一行が泊まっている部屋には光圀が座っていた。

「…ただいま、戻りました。」

「おや?なぜ戻ってきた、寝ておらんでいいのか?」

「寝込むほどでは、有りません。」

そこに、由紀もやってきた。

「早苗!大丈夫?傷は?」

「…あぁ、こっちの姿のほうが痛むが、何ともない。」

由紀の顔を見て、少し痛みが和らいだ気がした。


「朝餉は取ったか?」

「まだです。」

そういえば晩ごはんも食べてない。
お腹が減った。

「ワシらもこれからじゃ。助さんは遅いの…。」

怖い…。

早苗の不安がる様子に由紀が気付き、励ました。
「早苗、助さんだったら大丈夫だから。でも、もし辛かったら言ってね。」

「ありがとう。」

慰めがうれしかった。
でも、絶対あの人怒ってる。わたしを許してくれない。

膳の前に座って鬱々考えていると、助三郎がやってきた。

「由紀さん、髪結いありがとな。どうだ?男前が戻ったろ? あっ…。」

自分に気がついた。
怖い…。

「…格さん、帰ってきたのか?」

「…あぁ。」

怖くて顔が見れなかった。

「…せっかく見舞いに行こうと思ってたのに。朝飯は?」

「…まだだ。」


…どうして?
なんで何事も無かったようにこの人はわたしに話しかけているの?
怒らないの?

「そうか…。まあいい。いっぱい食えよ、晩飯ろくに食べてないんだろ?」

わからない、何を考えているのか。
怖い。後で一対一で叱るつもりかも…。


一人早苗が悶々と悩みながら朝餉をとっている側で、皆も自然と話さず、静かな朝食になった。
このまま朝餉の席が無言で終わると思われた時、沈黙を破るように助三郎が口を開いた。

「…格さん。」

なに?

「話がある。このあといいか?」

「…わかった。」

やっぱり、何か言いたいんだ…。
呼びだして、叱るんだ。
もう、ウジウジしていられない。
覚悟する。

婚約破棄でも、今すぐ帰れと言われてももう構わない。


膳が宿の者に下げられた後、皆は自主的に席をはずし、部屋には早苗と助三郎の二人だけになった。

「…ここじゃなんだ、外に行こう。」

早苗は黙って言われるまま、後について行った。
宿の外へ出ると、彼は早苗の前になって歩きはじめた。
「ついてこいよ。辛くなったら黙ってないで言うんだぞ。」

「…わかった。」

「…朝飯しっかり食べたか?」

「あぁ…。」

「歩いて傷は大丈夫か?きつくないか?」

「…平気だ。」

しきりに話しかけてくるが、曖昧に答えるだけで精一杯だった。
緊張と、不安と、困惑で頭がいっぱいになり、どこをどう歩いたのか全く記憶に残らなかった。


「格さん。」
そう呼ばれた声にハッとなり、周りを見回すと、町並みは消え、原っぱに立っていた。
声が聞こえた方を恐る恐る見ると、助三郎がこっちをじっと見ていた。

「…なんだ?」

「頼むから、そんな『落ち込んで、どん底です、死にそうです。』って顔しないでくれ。朝からずっとそれだ。笑ってくれ。俺まで気が滅入る…。」


笑えるわけないでしょ…。
泣きたいくらいなのに…。

「なんでそんな顔してる?傷が痛かったら言ってくれよ。」

今、そんな話じゃない。
なんで本題に入らないの?
貴方が言わないなら、こっちから言う。

「…聞かないのか?」

「何を?」

「…見たんだろ?俺が倒れた時。」

「…その事か。驚いたぞ。お前が消えて、早苗がいきなり現れたんだからな。ハハハ。格さん一生懸命探したが見つからなかった。医者に勝手に運ばれてたんだなぁ。ハハハ!」

なんで本筋から逸れるの?
バカなこと言ってはぐらかさないで!

「真面目な話をしているんだ!どうしてお前はそうふざける!?」

「…すまん。…つい。」

傍から見ても可哀想なほど、しょげてしまった。
なんで?怒らないの?


「…俺のこと許せないよな。今まで騙してたんだから。」

「…いや。お前は悪くない。」

「怒れたろ?」

「情けないが、黙っていた皆に腹がたった。早苗を危険な目に合わてきたからな。」

やっぱり、怒ったんだ。

「だけど、頭冷やして考えた。お前がいなかったら、紀州まで行けなかった。仕事出来てなかった。」

「え?」

「お前が、格さんがいたから、ご隠居を守れた。みんなを守れた。」

「……。」

「それにな、お前は俺を守ってくれた。身を呈してこんなバカ野郎を助けてくれた。命の恩人だ。」

「……。」

「だから、お前を責めるなんて絶対にしない。」

「……。」

「…どうした?気分でも悪いか?」

優しい助三郎の表情と言葉で、早苗の中の我慢して、押さえつけていた物があふれだした。

「…助さんに友達だっていわれてからずっと、怖かった。
正体隠して騙しつづけてたら裏切りだ。でも…バレても嫌われるんじゃないかって。…嫌われて、婚約破棄とか、直ぐに帰れとかいわれるんじゃないか、不安だったんだ。」

「は?帰れなんて言うわけないだろ。一人で帰ったら危ないし、ご隠居の供がまだある。」

「居ても、いいのか?」

「当たり前だ。あのな、それと……婚約破棄、して欲しいのか?」

「それは…。」
作品名:雪割草 作家名:喜世