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雪割草

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〈71〉身体の調子



一行は遅れた道のりを取り戻すため、少し無理をした。
日が暮れて暗くなるまで歩いてから宿をとった。

一睡もしてなかった早苗には少しきつかった。
今までの気苦労も祟ってか、宿に着いたころには、へたって仕事をする気にもならなかった。
しかし、宿の主人が持ってきた宿帳に人数諸々の必要事項を記入し一通りすべきことは根性で終わらせた。

運ばれてきた食事で、お疲れさま意を込めて酒宴になったが、早苗は疲れのせいか食事も酒も進まなかった。

疲れていたが、日誌と帳簿はしっかりとつけた。
終わった後、腕がだるくて仕方がなかった。
疲れた…。
なんでこんなに疲れてるんだろ?

一息入れようとしたところに、風呂からあがってきた助三郎が声をかけた。
「早く休めよ。俺みたいに倒れたら困るからな。」

「あぁ。風呂行ってくる。」
着替えを持って風呂場へ向かった。

やっと、女に戻れる。
疲れたなぁ。なんか肩こったし、だるいからゆっくりはいろ。
お風呂上がったら、すぐ寝て疲れをとろっと。
明日になればだるいのもなくなるよね。

…時間がかかる。
まだかな?ちょっと長すぎ。
…あれ?男のまま。
なんで?

いくらやっても、どれだけ待っても姿が変わらなかった。
目線は低くならない。声は低いまま。男のまま。
しばらく試行錯誤しながら試したが、時間が無駄に過ぎて行くだけだった。
風呂場でそんなことしても疲れが増すだけだったので、しかたなく男のまま、隠して風呂に入った。

朝起きたらまた試して見よう。
寝てる間に戻ってるかもしれないし。

くよくよ考えず、床についた。




朝餉の席、早苗は一人ボーっとしていた。
疲れがとれてない。元に戻れなかった。
どれだけやっても早苗に戻らなかった。

「…なんでかな?」

「何がだ?」

隣の助三郎に聞かれていた。

「…いや、なんでもない。」

「食欲ないんですか?」

新助にも聞かれた。箸が止まっていたのに気づいていたようだ。

「…あぁ、食べていいぞ。」

「あ、ありがとうございます…。」

少し戸惑いながらも、早苗が箸をつけなかったおかずを食べた。



その日一日、機会を見つけては戻ろうと試みたが、全く駄目だった。
次の日も、その次の日もダメだった。
由紀に気付かれた。
お風呂に誘われても断ってばかりいたのが原因だった。

「早苗。ずっと格さんのままねぇ。居心地良くなったの?」

「…いや。」

居心地なんて良くない。戻りたいのに。

「…ごめん。ちょっと気になったから。」

「…用事思い出した。じゃあな。」

余計な心配させるのはよくない。
もうちょっと様子見しとこう。

明日になったら戻ってるかも。
寝てる間に戻ってるかも。
戻れる、はず…。










「うそだろ!?」

どうしよう…。
わたし女なのに…。

相変わらず元の姿に戻れない日が続いた朝、顔を洗った早苗は違和感、ざらつきを感じた。
恐る恐る鏡を覗いて驚愕した。

…髭?

普通の男の人なら当たり前だけど、いままで生えて来なかった。
父上にも何も言われてない。
どうしよう。このまま、男のまま戻れなくなるのかな?

「どうした?格さん気分でも悪いか?」
隣で身支度をしていた助三郎に聞かれた。

やばい!
見られたらなんて思われるか…。

「なんでもない!」
見られないうちに逃げた。

どうしよう。このままじゃみっともないし、絶対助三郎さまに笑われる、からかわれる。
でも、戻れないって言うのは怖い。

はぁ…。

うっ。
ざらざらする…。
本当に本物の髭だ…。

剃らないといけないよね?
でも、やり方わからない…。
どうしよう…。


しばらく考えた末、親友にすがることに決めた。


「由紀…ちょっといいか?」

「なに?」

「…髭の剃りかた知ってるか?」

「どうしたの?助さんのでも剃りたいの?」

「いや、自分の…。」

「…え?」

恥ずかしかったが、隠していた顔を見せた。
しばらく見ていた由紀だったが、おかしなことは言わず一つだけ聞いた。

「今まではどうしてたの?」

「生えてこなかった。」

「そうなの…。じゃあ、やり方わからないわよね。」

「あぁ…。」

からかわれたらどうしようかと思ったが、さすが親友だった。
笑わず、真剣に取り合ってくれた。

「大丈夫、心配しないで、やってあげるから。」

恥ずかしさと、どうしてこうなったのかわからない困惑とで、頭がいっぱいだった。


「…できたわよ。さっぱりした?」

「ありがとう…。」

ざらつきはなくなった。
しかし、改めて感じた自分の今の肌は女の時のように滑らかではなかった。

男か…。
以前、冗談交じりに助三郎の顔を触った。
こんな感触だった。

「早苗、近頃元気ないけど、大丈夫?」

友達は気づいていた。
この子になら、言っても大丈夫かな?

「…実は、早苗に戻れない。」

「えっ?いつから?」

「確か、義勝殿と別れた日からだから、もう十日以上過ぎたかな…。」

「心配しないで。すぐ戻れるようになるわ。元気出して!」

「ありがとう…。」

元気づけてくれた由紀の言葉に少し、気が楽になったが、心の奥底にある不安は消えなかった。




しばらくたったある日の昼過ぎ、机に向って早苗はぼーっとしていた。
まだ戻れない、ほんとにどこかおかしいんじゃないのかな?

知らない間に助三郎が部屋に来ていた。

「あのさ、暇か?」

「へ?」

「その、前約束してたろ?」

「あ、あぁ。」

「もし、暇だったら、一緒に出かけたいなって…。」

「…すまん、仕事が溜まってる。新助と行ってこい。」

耐えられず、彼を残して部屋を出た。

行きたい。本当は一緒に出歩きたい。…でも、早苗に戻れない。
男のままじゃ絶対に聞かれる、『早苗じゃないのか?』って。
言うのが怖い。戻れなくなったって打ち明けるのが怖い…。



五日ほど、雨が続いたせいで宿に連泊になった。
早苗は一向に元の姿に戻る気配がなかった。

雨を眺めていたが、思わずため息が出た。
「はぁ…。」

「どうしたの?格さん。」
傍で一緒にいた、お銀に聞かれていた。
彼女にも相談はした。
由紀と同じように精一杯元気づけてくれたが、早苗にはもう慰めは効かなかった。

「…疲れた、いい加減。…もうイヤだ。…男はいやだ。」

「…まだダメ?」
彼女は早苗を傷つけないよう、そっと聞いた。

「あぁ。…俺、もうおしまいかもな。」
自然と、よくわからない笑みがこみあげてきた。
感情が調整し辛くなってきた気がする。

「なに弱気なこと言ってるの!この仕事が終わって、水戸に帰ったら助さんと祝言挙げるんでしょ?」
お銀に初めて怒られた。

祝言か…。
幻の言葉になりつつある気がする。

「白無垢着たかったな…。」

「早苗さん、諦めたらダメよ!戻れるに決まってるんだから!」

「…どうだろな?」

疲労が全く取れていないばかりか、蓄積されている気がしていた。
鬱々、心配ばかりしてるせいかもしれないが、日に日に足が重くなるばかりだった。


次の日、久しぶりに晴れた。

「おはよう!早苗!」
作品名:雪割草 作家名:喜世