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雪割草

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〈73〉置き手紙



…婚約を必ず破棄しておいてください。
そして、もっと良い新しい相手をお探しください。
わたしなど、記憶からきれいさっぱり消し去ってください。
もう二度とあなたの前には現れないので安心してください。
良い人と末長くお幸せに。
さようなら…       

早苗




…なんだ?この置き手紙は?
この櫛、どうしたんだ?

助三郎は誰も起してくれなかったせいで寝坊してしまった。
身支度をしている間、枕元に文が置いてあるのに気付いた。
早苗に贈ったはずの櫛が、一緒に置いてあった。


大切にしまっておくと言っていたのに。
宝物にするって、祝言の時に付けるって笑顔で受け取ってくれたのに。
まっさきに俺に見せてくれるって言ってたのに。

…どうしてだ?
こんな事して、なにがしたいんだ?

不安な気持ちを抱えながら、朝餉を一人で早々に済ませ、許嫁の姿を探した。

いなかったら、どうしよう。怖いな。

その心配は無用だった。早苗は縁側に机を出し、帳簿をつけていた。

「ここにいたか?なんだこの置き手紙?」

声をかけたが、一度も自分を振り向くことはなかった。
ただ一言、
「なんで俺に聞く?」

「…お前が書いたんだろ?」

振り向いてくれなかったので、帳簿の上に文を置いた。

「おい、邪魔になるだろ。」

「お前が書いたんだろ?」

「こんなの書いてない。俺の筆跡か?」

たしかに日誌や帳簿で見る格之進の筆跡ではない。
しかし、差出人が早苗と書いてある。

「…なにバカな事言ってる?早苗…。」

「お前のほうがおかしいぞ。」
取り合ってくれず、再び帳簿に集中し始めた。

「…これ、お前にあげただろ?」

恐る恐る贈り物だった櫛を差し出した。

「知らん。そんなもの。」
ろくに見もせず、そう吐き捨てた。



今、機嫌悪いのかな?
酔って寝坊したから怒ってるのかな?
それに、女心は秋の空って、変わりやすいっていうから
明日になれば機嫌良くなってるかな?

助三郎はクヨクヨ考えることをやめ、不吉な置き手紙と、贈り物だった櫛を自分の荷物にしまった。

その日は晴れていたので、宿場を一つ先に移した。
道中、助三郎は早苗の様子をうかがっていた。

「なぁ、なに朝からずっとムッツリしてる?気に入らない事でも有ったか?」

「……。」

返事は返ってこず、よそを向いたままだった。

「あ。由紀さん見てムラムラしてるのか?我慢辛いよな男って。ははは。」

「…知らん。」

そう言うと、歩みを早め、傍から居なくなった。

「はは、はぁ。格さん?」

なんであんなに機嫌悪いのかな?
どうやったら、治るかな…。

宿についても早苗の機嫌は直らなかった。
将棋やろうと誘ったが、仕事があると断られた。
ならば、鍛練でもと誘うと、暇じゃないと拒否された。
夕餉の間も、一人で黙々と食事を口に運ぶだけで、『いただきます』と『ごちそうさま』しか言わなかった。
いつもなら日誌をつけるため、遅く寝る彼女に『おやすみ』というのが日課だったが、すでに布団の中だった。



次の朝、助三郎は寝坊しないように早く起きた。

「おはよう。格さん。」

いつもどおり、友達に声をかけた。

「あぁ。」

良いかな?機嫌治ったかもな。

「あのさ…。」

「……。」

しかし、無言で立ち去られた。
自分を見ることもなかった。

まだダメか?
なんでだ?何が原因だ?
寝坊はしなかった、馬鹿なことはやってない。
なんだろう…。



明日になったら、明日になれば、と思いながらしばらく経った。
しかし、一向に駄目だった。
良くなるどころか、日に日に悪化していった。

早起きを心がけたが、何時も彼女は自分より早く起きて姿がなかった。
おやすみは絶対言ってくれない。こちらが声を掛けても、返事をしなくなった。
以前は、笑って聞いてくれた無駄話は一切受け付けなくなった。


その日も、宿に入った時からずっと机に向かっている早苗に助三郎は声をかけた。

「格さん、金勘定ばかりしてないで、一杯引っかけに行かないか?」

「…八両二文っと。」

「なぁ。ちょっとだからさ。」

「宿代が…六人分、犬が一匹で…。」

「なぁ、格さん。」

「…そんな暇は無い。新助と行け。」

まただ。
暇がない、仕事だ、そればかり。

「…お前、そんなに仕事好きなら帳簿か算盤と結婚しろよ。」
冗談半分、イヤミ半分で言ってみた。

「…言われなくてもそうするさ。ったく、計算間違えただろ…。」
そういうと、不機嫌な様子な早苗は仕事道具を片手に立ち去った。

またか…。
そう言えば、何時からだ?
顔を見てくれない。
名も呼んでくれなくなった。
『お前』か『おい』としか言わない、しかも用事が有るときだけ。
必要最低限な仕事の話しか聞いてくれない。


やっぱりおかしいかな?


不安に駆られた助三郎は、由紀とお銀に相談した。
女のことは女に聞いた方がいい。

「…無視されるの?」

「あぁ。何でだろ?」

「わたしには何時もどおりよ。由紀さんは?」

「以前より、口数は少ないですね。寄っても来ないし…。あっ、そういえば…。」

「何かあったの?」

「『由紀』って呼んでくれません。『由紀さん』って。」

「前からそうじゃないのか?」

「正体を隠してた時、助さんの前では『由紀さん』だったんです。他は呼び捨てで。」

「どうなってるんだ?」

「助さん、早苗を怒らせたんじゃないの?」

「いや、身に覚えがない…。」

「ごめんなさい。そんなに心配しないで。」



早苗がおかしい。
何となく自分でも感じてたけど、そんなにおかしいの?
一度、様子をうかがってみよう、どうなってるのか。

早苗を探すと、机に肘をつき、ボーっとしていた。

「相変わらず机が好きね。」

「何の用だ?由紀さん。」

また。やっぱり『さん』づけする。

「…用って、別にないけど。」

「なら、行くぞ。俺は忙しい。」

「…ちょっと、机でボーっとしてて忙しいはないでしょう?」

「……。」

立ち去ろうとした早苗の袖をつかんだ。
「ねぇ、早苗。どうしたの?」

「…俺は格之進だ。」

「え?」

「…その気も無いのに男に寄って来るなよ。」

「男って…。」

その次の瞬間、由紀は尻もちをついていた。
早苗に押し倒されたも同然の格好だった。

「…昼間だから助かったと思っておいたほうが良いぞ、由紀。」

顎をすくわれ、感情がこもってない低い声でそう言われた。
『由紀』と久しぶりに呼んでくれたが、雰囲気が違った。眼がおかしかった。

「…格さん?」

「…早く行け。ヤられたくなかったら俺に近寄るんじゃない。いいな?」
そう言うとどこへともなく立ち去った。


本当に、おかしい。
いつもの早苗じゃない…。
なんだろ?怖い…。
早苗はいったいどうしたの?






早苗は、庭に来た。
すると、黒い塊が走り寄ってきた。

「キャン。」
どことなく焦って落ち着かない感じだった。

「…なんだ?」

「…クゥン。」

心配だという目で仔犬は見上げてきた。

動物は良いな。
俺も動物になりたい。人間なんて無駄なことばかり考えるだけ。
作品名:雪割草 作家名:喜世