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雪割草

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〈76〉彷徨



晩、助三郎はそっと部屋を抜け出し、庭で月明かりの下、ひたすら素振りをしていた。
日に日に悪化していく許嫁との関係が漠然とした不安と恐怖を呼び、
さらに有効な手立てを考えつけない自分に苛立ちを感じ、寝付けなかった。

クロも姿を全然見せない。
行方知れずか?
皆、俺から離れて居なくなるんじゃないのか?
怖い…。
置いてかれるのは怖い…。


その時、ふっと人の気配がした。
幽霊のように廊下を徘徊している許嫁の姿が目に入った。


「…早苗?起きてたのか?」

「…何度言ったらわかる。格之進だ。」

歩みを止めてはくれたが、相変わらずこっちを見てはくれず、声には感情がなかった。
この前までは普通だったのに…。


「早苗、話がある…。」

「俺は格之進だ。…もう男だ。その名を呼ぶんじゃない。」

ふらふらと再び歩きはじめた。

「待て!行くな!」

急いで追いかけ、気付くと腕をつかんでいた。

「…なんだ?」

「……。」


なぜ俺は躊躇しているんだ?
これは早苗なんだ。なんで体が動かない?
引き留めて、ちゃんと言わないと話を聞いてもらわないと。

「離せ。何がしたい?ゴツイ男は気持ち悪くてイヤだろ?
かわいい、優しい良い女探してこいよ?寂しいんだろ?」

久しぶりに怒鳴らず口を聞いてくれたが、とんでもない言葉を聞いた気がした。

「…なんで?」

「…女、大好きだろ?今までいっぱい声かけてたじゃないか。何で最近しないんだ?」

「怒るから。いや、早苗が好きだから。ほかの女なんかイヤだから。」

「…あんな女好いてたのか?だが、あんなやつとっくに居なくなったじゃないか。」


ありえないことを話している。
おかしい…。

「なぁ、何言ってる?」

冗談だって言ってくれ…。

「…一度しか言わない、よく聞け。早苗は死んだ。だからもう忘れろ。」

「…なんだって?なんで死んだんだ!?」

わけがわからない。
なんでこんなこと言うんだ?

「俺が殺した。」

「…どういう意味だ?」

「あいつはお前のために抹殺した。あんなうっとおしい女要らなかったろ?
あんなのよりずっとかわいくて優しくて良い女の子を探しやすくしてやったのに、お前は全然喜ばないし探さない。なんでだ?」

「…喜ぶわけがない!探すわけがない!お前は、早苗は生きている!俺の前にいる!」

「うるさい!俺は男だ!早苗なんかじゃない!」

「…早苗、正気か?しっかりしてくれ。なぁ。」

「いつまで掴んでる?いい加減離せ!」

許嫁は掴んでいた手を乱暴に振り解き、急ぎ足で去って行った。
結局一度も自分を振り向くことはなかった。

「早苗…待ってくれ!」

「黙れ!二度と俺に近寄るな!」







早苗は助三郎が追いかけてこないことに安堵したと同時に悲しくなった。

俺が好きだなんて、意味のない建前を何で言う?
なんで無理して近寄る?
俺が嫌いなくせに…。

…触れてほしい。抱き締めてほしい。
近くに一緒に居たい。

いかん、何を考えている。
俺は男だ。女なんかじゃない。ダメだ、男なんか、俺なんか気持ち悪い。
あいつとは何でもない。
こんなやつが近づいたら邪魔なだけだ。

たとえ、万に一つ好いてくれてる可能性があったとしても、俺とは縁を切らないと…。
本当は怒鳴りたくなんかない。
あいつは何にも悪くない。
でも、しつこすぎる。
もっと楽にできたはずなのに。なんで?

本当に疲れてきた。
あてもなく毎晩彷徨い、希望も何もない朝を待つ自分が嫌になってきた。
仕事が欲しい。専念できて、自分の必要性を唯一感じられる仕事が。
でも、最近ない。することがない。無駄なことばかり考える。

夜、寝たくても寝られない。運よくウトウトしても、必ずイヤな怖い夢を見て眼が覚める。
食欲もほとんどない。残すと心配されるので、こっそり新助に食べてもらっている始末。
そのせいか体力が落ちはじめ、鍛錬も長時間出来なくなってきた。
歩くだけ。何も考えないよう努力しながらただ歩く。


ふと気付くと、人ではない者が寄ってきていた。

『 オイ ヒマカ? 』

なんだ、おまえか。今日は何だ?

『 ハナシガ アル 』

後にして。

『 ダイジナ ハナシ ダ 』

わかったよ。

『 オマエニ トッテ イイハナシダ 』


寝所に戻ってからそのイイ話を聞こうと、トボトボ歩いていた早苗にいきなり飛び付いた者があった。

「格さん、ちょっと来て!」

由紀だった。

「なんだいきなり!?」

彼女は早苗を部屋に連れ込み、力いっぱい押し倒した。

「わたしを抱いて…格之進さま。」

「え!?」

「あなたわたしが好きだったでしょ?抱いて…。」

鬼気迫る表情が怖かった。
しかし、負けるわけにはいかない。

「…由紀さんには、与兵衛さんがいるだろ?」

「…あの人はまだ紀州、バレないわ。」

「…だが。不義密通になるだろ。」

「…何今さら言ってるの?この前、貴方わたしに向って抱かせろって言ったでしょ?我慢できないって言ったでしょ?せっかく抱かせてあげるんだから感謝しなさいよ。」

「は?」

様子がおかしい由紀に不安を感じた。

「男なら、女が欲しいんじゃないの?興奮しないの?」

「いや…。その…。」

「…もしかして、女がまだ怖いの?抱き方知らないとは言わせないわよ…。」

試してる。まだ俺の中身が女じゃないのかって。
やらないと。もう女じゃ、早苗じゃないんだから…。

「知ってるさ…。いいんだなヤっても?」

「えぇ…。」

早苗は覚悟をきめて、由紀を組み敷いた。







由紀は決して本心ではなかった。
生涯男は与兵衛ただ一人と心に誓っていた。
しかし、新助とお銀と相談したうえ、早苗の心理状態を探るため捨て身の覚悟でこの作戦に出た。
本当に心まで男になっていたら絶対に由紀を襲うはず。
まだ女だったらできるわけがない。

万が一のためにお銀と弥七には見張ってもらっていた。
案の定、格之進の姿の早苗は普通の男のように由紀を押し倒し、押さえつけ覆いかぶさってきた。




しかしそれいじょう事を進める気配はなかった。


「…何してるの?早く!なんでためらってるの!」
手籠めのような状態で、ものすごく怖かったが、早苗に発破をかけた。


しかし、早苗は独り言を言い始めた。
「無理…出来ない…身体が男でも無理…由紀を抱くなんて無理…。」

「…早苗?」


心まで男になったかと思っていたが、男のふりをしていただけだった。

「本当の男じゃないから、機能ないから抱けない…。それに由紀は友達だもん…無理…。」
由紀の上から退くと、泣きそうな声でそう訴えてきた。

「早苗…ごめん、ごめんね…。」

しかし、その言葉を聞かずに、ふらふら立ちあがった。

「待って!辛いんでしょ?助さんの側にいるのが…。」

「…辛い、苦しい。…忘れないといけないのに。ギュッとしたくなる。
だけどもうおしまい…。女のままだったら抱き締めてくれる。まだあの人に触れたくなる。
近づきたくなる…ダメ。気持ち悪い。」

「…何言ってるの?」
支離滅裂にブツブツ言い始めた様子が不気味だった。
作品名:雪割草 作家名:喜世