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雪割草

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〈79〉一生



「早苗、ダメだ!!!」

助三郎は早苗が刀を拾う寸前に背後から羽交い絞めにし、動きを封じた。
盛大に暴れられ、怒鳴り散らされた。

「近寄るな!離せ!」

「嫌だ!誰が離すか!」

今離したら最期、刀を手にとって自害に及ぶ。
それだけは、絶対に阻止しないといけない。


「気持ちわるいだろ!?イヤでしょ!こんなゴツイ男なんか!中身だけ女の男なんて!
無理して止めるんじゃない、触るんじゃない!死なせてくれ!居ない方がせいせいするはずだ!」

「落ち着け!暴れるな!」

「イヤ!離して!」

「気持ち悪くなんかない!イヤなわけない!」

「うそつけ!!きれいごとなんか聞きたくない!」



やっぱり、あの晩の俺の冗談でこうなった。
怒ってたわけじゃなかった。

「…本当に悪かった。冗談半分で言っちまって取り返しのつかないことになった。」

「早く離して!」

「しっかりしろ!話をちゃんと聞いてくれ!」

「イヤだ。お前の話なんか聞かない!今から死ぬんだから!」



足を払って、畳に倒し、尚も暴れる早苗を力尽くで抑え込んだ。
弥七は密かに屋根裏から覗いていたが、あまりに凄まじい暴れようだったので声をかけた。

「助さん…大丈夫ですかい?」

「ハァ…弥七、見張ってたのか?」

「大変でしょう?眠り薬ならありやすぜ。使いますか?」

「やめとく、自分の力で、こいつを、落ち着かせる。」

「何かあったら呼んでくだせい。ご隠居のところにいますんで。」

「あぁ。」


しばらく何も言わずに、ひたすら力で抑え込み様子を見ていた。
呼吸が落ち着いて来た。暴れなくなった。

「…早苗、落ち着いたか?」

しかし、彼女は怒鳴った。
「早苗じゃない!格之進だ!何度行ったらわかる!離せ!」

「お願いだから聞いてくれ、言ってくれたろ?守ってあげるって。
その言葉通り今までずっと俺を側で守ってくれていた。
心の支えになってくれていた。そんなお前が嫌いなわけない、気持ち悪いわけがない。
大好きだ。お前がいなかったら俺は今ここにいない…。」

「こんなやついなくても平気でしょ。早く離せ!」

「お前がいないとだめなんだ!」

人の話を全く聞いていない早苗は尚も怒鳴り続けた。

「死なせてくれよ!」

「お前に傍にいてほしい!」

「俺は男だ!女じゃない!可愛い普通の女の子そこらじゅうにいっぱいいるだろ?
お前の好きな女の子が…。」

「早苗以外の女はいらない!かといって今のお前が嫌いなわけじゃ決してない!そのままでも構わない!」

「こんな中途半端な気持ちの悪い男のどこがいい?離してよ!」

再び暴れ出した。
男の姿のままのせいで、力が強い。
男一人抑え込む事に、さすがの助三郎も体力が消耗してきた。

「もう暴れるんじゃない!暴れなかったら離してやる!」

「…ほんとだな?」

「あぁ。本当だ。」

早苗は暴れることをやめた。
体力は助三郎よりもずっと消耗していた。


口で離すとは言ったが、そんな事を守る気は毛頭ない助三郎は、早苗を羽交い絞めしたまま呼吸を整えた。
しばらく様子をうかがっていると、暗く陰鬱な部屋の中に、月の光が差し込んできた。
綺麗だと思ったのもつかの間、照らされた許嫁の姿を見て身の毛がよだった。


全てが真っ白の死装束だった。


「…どこで手に入れたんだこんなもの。」

「…作ってもらった。…この日の為に。」

「…お前が自分で?」

「…そう、白くて綺麗でしょ?…これなら男でも着られるから。…最期に着ようと思って。」



言った気がする。白無垢着たら妙だって。
女の子の夢の、絹織物の豪華な白無垢をこいつは着たかっただろうに。
代りに粗末な木綿で作った死装束なんて…。
俺はほんとに大馬鹿だ…。


突然早苗が思いたった様子でつぶやいた。

「…今から良いもの見せてあげる。懐剣返して。」

「…何する気だ?」

「…この着物に血がついたら真っ赤になる。雪に落ちた椿みたいに見える。綺麗だと思わない?」

「そんなの綺麗でもなんでもない!」

「なんで?見たくないの?」

「見たくない!バカなことは考えるな!」

早苗の心はボロボロだ。気が触れる寸前だ。
気付くのが遅すぎた。
女の早苗ばかり追い求めているかのような、俺の言動がいけなかったか。


許嫁はもはや観念した様子だったので、羽交い絞めはやめ、そっと腕を廻した。
しかし、触れたとたん早苗の身体はビクッとなった。
それに動じず、そのまま抱き締めた。
強張っていたが少しずつ緊張が解れていった。


…やっと身体が動いた。抱き締められた。
でも、やっぱり、柔らかくないな。筋肉か…。
もう俺よりすごくないか?

いかん。バカな事考えるな!この大馬鹿野郎!
身体がなんだ、姿がなんだ、大事なのは中身だ。
心だ!


「…早苗。ごめんな。」

「…格之進だ。」

「…いや、早苗だ。」

「…離せ。」

「イヤだ。離さない。」

力を強めた。

「…無理しなくていいから。いやいや触れなくていいから。離して。」

「無理なんかしてない!」

「…ウソ言わないで。早く離して。日が昇る前に逝きたい。早くあの世に行きたい…。」

「ダメだ!」

うわごとのようにつぶやく様子が痛々しかった。

「…わたしはこの世に居たらいけないの。生きてる意味ないの。邪魔者なの。」

「そんなことない。お前は俺に必要だ。お前は俺の大切な人だ!」

「…どうして?こんな気持ちの悪いやつイヤだろ?」

「気持ち悪くなんか絶対にない。なんで俺が今、お前抱き締めてるかわからないか?」

「……。」

「…お前が好きだからだ。」

「そんなおべんちゃら…。」

さっきよりさらに強く抱きしめた。

「本当だ。お前のこと大好きだ…。一度たりとも嫌いになんかなった事無い。この世で一番好きだ…。」

「……。」

「子どもの時、泣いてた俺を慰めてくれたあの日から、今日の今まで、お前以外の女を好きになったことはない。」

「……。」



助三郎は再び抱きしめる力を強めた。
しかし、いくらやっても反応がないことに気がついた。
自分の方を絶対に向いてくれない。触れようとしない。
まるで丸太を抱えているようだった。

「…俺を、抱き返してくれないのか?」

「…イヤだって、しないでって言ったでしょ。」

「それは…。」

「…もう二度と貴方に近づかない、抱き締めない、必要以上に触れたりしないって決めたの。
なのに、欲望が気を抜くと表れる。死ねばそういうことしたくなる、汚らわしい欲に苛まれなくなる。だから行かせて。」

「…あれは嘘だ。本当なわけがない。触れないなんて、近づかないなんて言わないでくれ。
早苗さえ傍に居てくれれば、俺はなにもいらない。本当だ。死ぬなんて言わないでくれ。」

「…こんなゴツい男でもいいの?」

「大切なのは中身、心だ。格さんの姿の時も心は一緒だ。姿はどうでもいい。」

「……。」





この人の心は変わってなかった。
一緒に笑って過ごした日々は幻でも嘘でもなかった。
毎晩見たあの恐怖の悪夢の方が嘘だった。

…でも、わたしはもう二度と元には戻れない。変わってしまった。
作品名:雪割草 作家名:喜世