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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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〈02〉黒い影



 お銀は身を隠し、気配を消しながら後をつけていた。
相手は元赤穂藩家老、大石内蔵助。
 彼は東へ向かって歩いていた。 

「このまま、江戸に行くってわけじゃなさそうね……」

 お銀はここ数日、ずっと彼の傍を離れなかった。
動きを逐一記録し、江戸の助三郎に報告するためだった。
 
 内蔵助は赤穂での残務処理を終えた後、京に出た。
 華やかな都を見物したが、彼の足はそこで止まらなかった。 
 
 最終的に彼が草鞋を脱いだのは京の東、山科(*1)だった。


「ここに住むつもりかしら?」
 
 内蔵助は連れてきた下男に手伝いを頼み、自ら掃除や片づけをし始めた。
 お銀はその様子を暫く眺めていた。
しかし、そんな光景を見ていても仕方がない。
 彼女は自分が住む場所を手っ取り早く見つけると、すぐにその日見たことを文にしたため、飛脚を出した。

「助さん、ごめんなさいね。またあんまり大きくない知らせで……」

 それから数日は、穏やかな日が過ぎた。
内蔵助は本気でそこに住むらしく、自分の居心地の良い様に家を整え始めた。
 そこで彼女は、村娘に化け彼に近づいた。
挨拶に来た体を装って。


「お侍さん。ここに住むん?」

 お銀は村人に分けてもらった野菜を、内蔵助に手渡した。
彼はそれをにこやかに受け取り言った。

「はい。新参者ですが、よろしくお願いします」

「へぇ。こちらこそ。そやけど、お侍さんお一人?」

 同士を呼び込むのではないかと勘繰り、その質問を投げかけた。
しかし、彼から返ってきたのは意外な言葉。

「いえ。明日、妻と子どもが参ります。男一人は寂しいですからねぇ」

「それはにぎやかでええなぁ…… あ、長いしてしもた。ほんなら、おおきに」

「お野菜、ありがたく頂戴します」

 丁寧に挨拶をする元家老の前を辞し、お銀は自分の隠れ家に戻った。
そしてほっと一息ついた。

「……これじゃ、当分は仇討ちなさそうね」

 長期渡った緊張がほぐれた彼女は、大きく伸びをした。

「さて、おいしいものでも食べに行こ!」




 次の日、内蔵助の言葉通り、内蔵助の住み付いた家はいつに無くにぎやかだった。

「道中、大変なことは無かったか?」

 内蔵助は縁側に座り、幼い娘を膝に乗せ、目の前の妻りく(*2)に話しかけた。
他の子ども達は庭で元気に騒いでいた。

「いえ。主税が助けてくれたのでなんともございませんでした」

 彼女は庭で幼い兄弟の相手をする長男(*3)を、微笑を湛えて眺めた。
すると内蔵助は大きな声を掛けた。

「そうか。主税! 褒めて取らすぞ!」

「ありがたき幸せ!」

 内蔵助の長男、主税は弟と妹を庭に残し父と話そうと縁側に寄った。

「父上、これからここでどうなされるおつもりですか?」

 内蔵助は庭を眺め、ポツリと言った。

「晴耕雨読…… とでも言っておこうか」




 丁度その頃江戸。
早苗はお孝と二人で歩いていた。
 彼女は休みを利用して、由紀の家に遊びに行った帰り道だった。

 おしゃべりしながら歩いているうち、お孝が突然何かに気がついた。
彼女は早苗にそっと眼に入ったものを告げた。

「……早苗さん、あれって安兵衛さんじゃないですか?」

「……え、あのお侍?」

 お孝と早苗の視線の先には、身形が宜しくない酔っ払いが歩いていた。
お孝は何も深く考えず、彼に声を掛けた。

「安兵衛さん!」

 すると男は大層機嫌悪そうに振り向き、二人をジロリと睨み付けた。
女二人はその恐ろしい形相に怯んだ。

 しかし、男は自分の過ちに気付きすぐさま手に持っていた酒瓶を背後に隠し、二人に笑い掛けた。

「や、失礼。誰かと思いまして…… お孝さん。それに早苗さんまで! まさか江戸にいらっしゃったとは!」

 慌てる彼を見ながら、お孝は訝しげに聞いた。

「……お酒飲んでたんですか?」

 すでに夕刻だが、まだ明るい。
いかにも『浪人』といった素行が目に付いた。
 身なりもそれこそ『浪人』
髪は月代を剃らず伸び放題。顔の無精髭も目立った。

「あ、これは、その、ちょっとイヤなことあったんで。はは。ははは……」

 決まりが悪そうな作り笑をする彼に、早苗が聞いた。

「ほりさんはお元気です?」

「えぇ。もう…… そういえば最近文を出せなくてすまないと言っておりました」

 早苗とほりは時候の挨拶など、文を交わしていた。
しかし、あの刃傷沙汰以降一度も着てはいなかった。

「いえ。よろしくお伝えください」

 今度は安兵衛から早苗に気まずい質問が。

「そういえば、早苗さん。どうしてそのような格好で?」

 彼女は武家の妻女の格好ではなく、まるっきり町人だった。

 安兵衛は光圀生前、町人姿で問題を探り解決させる助三郎と光圀、そして早苗の姿を見ていた。
 今回もその早苗の格好に『何かを探っている』と勘繰ったのかもしれない。
事実、町人の姿で市政の噂話に耳を傾けてたりはした。
 己の身を守るため、早苗は勤めて冷静に理由を述べた。

「武家の格好では、出歩きにくいでしょう?」

「それはそうですね。ハハハハハ!」

 早苗は話を逸らしついでに彼の現状を探ろうと試みた。

「安兵衛さんは最近どうです?」

「見ての通り、また浪人時代に逆戻りですよ。なかなか仕官先も無くて……」

 早苗は違和感を覚えた。
彼は婿養子。家に縛られている。
 他家に仕官など、彼の舅弥兵衛が許すとは考えられなかった。
 その早苗の考えを読んだのか、安兵衛は続けた。

「親父殿も他家への仕官を許してくれたんですがね。やっぱり時勢が悪いようで……」

 早苗はその言葉を信じなかった。
弥兵衛が安兵衛に惚れ込んで彼を女婿にしたのはよく知っている。
 しかし、彼が易々と他家仕官を許すとは思えなかった。
 彼は真っ先に槍を引っさげて飛んでいくような老人だった。

 しかし、早苗は一切の感情を隠し彼と話を続けた。

「大変ですね。安兵衛さんほどの剣豪が……」

 すると気を良くした安兵衛、

「いっそ『高田馬場の仇討ち 十八人斬り』って売り込むしかないですね」

 冗談交じりでそう言った。

「あれ? また増えました?」

 お孝は素直に驚きの声を上げた。

「はい。一人増え二人増えいつしか十八人。いくらなんでも増えすぎだ。ハハハハハ!」

 和やかに話した後、三人は分かれた。
しかし、早苗は突然足を止め隣のお孝に小さな声で言った。
 
「……ちょっとそこの茶店で待っててくれる? ちょっとでいいから」

「え? はい……」


 早苗はお孝が茶屋の中に入ったのを見届けると、人気の無い場所で町人身形の格之進に変わった。
そして、静かにさっき分かれた男の後を付けた。

 これは水戸藩士佐々木助三郎の内儀、早苗の姿では絶対に出来ない。
一度もその姿を安兵衛に晒していない『格之進』は好都合。
 気配を消し、こっそりと彼を追った。


 安兵衛は表の通りから奥に入った静かな場所へと入っていった。
早苗も後に続いた。
 彼はその先で町人風体の男と立ち話。
 
「……なに? 妻子を呼んだ?」

 驚きの声を上げた安兵衛。