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金銀花

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《11》留守中の変事



 「戻ったぞ」

 千鶴が再び秘薬を使った日の三日後、佐々木家には若い男の声が響いた。
江戸から戻った助三郎だった。早苗も一緒。
 クロが飛び出してきた。
ここ数日、千鶴のお供を禁じられ家でくすぶっていたクロは大喜びで助三郎に飛びついた。

「おい、顔を舐めるな。くすぐったい」

「ワンワン!」

 尻尾を振って吠える犬に、助三郎は懐から握り飯を取りだした。

「残りもんだが、食べるか?」

「ワウ!」

「地面に埋めたらダメよ」
 
 クロは握り飯を口にくわえ、庭の奥へと去っていった。


 犬の騒ぎ声で、下女と下男が二人に気付きを出迎えた。
玄関でほこりを払い、居間に向かうと温かい茶を出された。

「お帰りなさいませ。お疲れでしょう?」

「あぁ、ちょっとな。……母上は居るか?」

「はい、ただいまお呼びいたします」

 しばらくすると美佳が出てきた。

「お帰りなさい。疲れたでしょう?」

「はい。明日から五日ほど休みですので、平気です。ところで母上、千鶴はもう元に戻りましたよね?」

「いいえ、男の子のままですよ」

「え?」


 少しばかり江戸での滞在が伸びた。その間に妹は絶対に女に戻るはずだと助三郎は思っていた。
それ故、母の言葉に驚いた。
 
「やっぱり、いっぱい秘薬入れたんじゃないの?」

 早苗はそう疑いを持って助三郎に聞いたが、彼は真面目に答えた。

「……それはない。本当に少ししか入れてないんだ」 

「でも、戻ってないってことは……」

 早苗と二人でこそこそやっている傍で、美佳は千鶴を呼び出すことに決め、茶を出してくれた若い下女に頼んだ。

「千鶴を呼んで来てくれるかしら?」

 するとその下女は当たり前と言ったように美佳にこう言った。

「奥様、お嬢様はこの時刻はいらっしゃいません。ほぼ毎日出かけていらっしゃるので」

 この言葉に助三郎が一番驚いた。

「……出ていくってどこへだ? 外出禁止のはずだぞ!」

 主の顔色が変わったことに驚いた下女は顔を伏せてしまった。

「わかりません。夕餉の前には必ず戻ってこられるので……」

「一体千鶴はなにやってんだ?」
 
 滅多に怒らない助三郎が苛立つ様子を前に、下女は次第に落ち込んで行った。
しかし、美佳は穏やかに訊ねた。

「貴女、それはいつからのこと?」

「……旦那様と若奥様が江戸に向かわれる日からほぼ毎日です。……申し訳ありません」

 下女は畳に手をつき、頭を上げなくなった。
惨めに思った早苗は彼女をなぐさめた。

「貴女のせいじゃない。でも、誰と会ってるのか何してるのかわかる?」

「いいえ。お嬢様は何もおっしゃっては……」

「そう、ありがとう」


 早苗は再び夫と相談し始めた。

「男友達なんかいないし…… 待てよ、一人だけ会える子がいた」

「……あ、香代ちゃん?」

「そうだ。あの子は千鶴のこと知っている」

「友達なら大丈夫ね……」

 ほっとした早苗だったが、隣の助三郎は深刻そうな顔をしていた。

「いや、念の為だ、弥七をやって探させる」

 むやみやたらに真剣な助三郎の様子に、早苗は違和感を感じた。
友達同士のお付き合いに、なぜそんなに躍起になるのかが分からなかった。

「そう? そんなに心配しなくていいと思うけど……」

「念の為だ……」



 助三郎の言葉に従い、しばらく部屋で待っていると風車が飛んできた。
括りつけてあった紙に弥七からの伝言が書いてあった。

「やっぱり香代さんと一緒だ。行くぞ」

「わかった」


 
 すぐさま支度をして二人で弥七との待ち合わせ場所に向かったが、助三郎は不満だった。
隣を歩いていたのは、妻ではなかった。
 
「……おい、なんで『格さん』なんだ。身を隠すのに不利だろ?」

「女の姉貴の声は案外通るだろ。こっちの低い声の方がコソコソやりやすい」

「そうか? 怪しいな」

「お前美帆になったときそう思わなかったか?」

「……美帆の話をするな。あの高い声は鳥肌が立つ」

「可愛いのに」


 そんなことをやっているうちに、弥七に出くわした。
すぐさま助三郎は彼からの報告を聞いた。

「千鶴は香代と何していた?」

「……言いにくいですが、助さんと早苗さんみたいな真似してましたぜ」

「どういうことだ?」

「男女、ということでさぁ」


 予想外の言葉に早苗は声を失った。
しかし、あらかじめそんな報告を予想していたと見える助三郎は、落ち着いたまま弥七に訊ねた。

「……一線を越えてはいないだろうな?」

「そこまでは……」

 早苗は、心を落ち着け夫に言った。

「……助さん、当たり前だ。俺と一緒で見た目は男でも完全に男じゃない。そんなことできるわけがない」

「そうか。ならいいが、早く手を打たないとな。とにかく現場を押さえよう」

 三人は、千鶴と香代の密会現場に向かった。



 その日、千鶴と香代は林の奥の人目につかない所で逢瀬を楽しんでいた。
香代の持ってきた手作りの弁当を食べ、座って話していた。
 千鶴の手に手を重ね、香代は期待を込めて言った。

「明日も会える?」

「あぁ。明日も明後日もずっと」

「嬉しい。大好き……」

 香代は千鶴に抱きついた。
千鶴は迷わず彼女をしっかりと受け止め、強く抱き返した。

「俺もだ」


 そう言って抱きしめ合っているところを、三人は見ていた。
もはや女友達同士ではなく、完全に男女の抱擁だった。

「助さん、どうする。あれ、やばくないか?」

「あぁ。今すぐ義父上のところへ行こう。弥七、千鶴と香代さんを見張ってくれ」

「へい」





 ちょうど橋野家では舞の稽古中だった。
女の子がいっぱいいたが、舞の稽古を妨害し、早苗は母に詰め寄った。
 母は呑気にこう言った。

「あら、格之進ちょうどいい。剣舞の稽古を……」

「母上、それどころではありません。父上は?」

「書斎です。今日は出仕日ではないので」

「ありがとうございます」

 焦っていたのか、後輩たちの稽古の邪魔になったことに謝りもせず、早苗は一人書斎へ向かった。
後から追いかけてきた助三郎が代わりに皆に謝った。
  
「義母上、みなさん申し訳ありません、舞の稽古中失礼いたしました」

 低姿勢で謝っていると、立ち去ったはずの早苗が戻ってきて助三郎を引っ張った。

「遅い。早く来い。……この姿の時、女の子は嫌なんだ」

「ははは、失礼します。……おい、お前の後輩だろ? 声くらいかけたって……」


 二人がコソコソやりながら去ったと同時に、女の子たちは黄色い声を上げた。

「キャー! 本当に仲がいいのね、佐々木さまと渥美さま」

「早苗さん、うらやましい」

「美帆さんもよ。夫があの渥美さま、兄が佐々木さま。はぁ…… 良い殿方だらけ……」

「でも、美帆さんいまだに行方知れずなんでしょ? そのうち渥美さま嫁取りするんじゃない?」

「そうしたらわたしたちにも機会がある!」

「そうよ!」

 女の子たちの黄色い声と無駄話は収まることがなかった。







「父上!」

 早苗は書斎の襖を勢いよく開け放った。
作品名:金銀花 作家名:喜世