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金銀花

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《12》強力な秘薬



 橋野家へ向かう途中、気分が悪くなった千鶴はうずくまってしまった。
荒い息を抑えようとするうち、身体の出る所は出、引っこむ所は引っ込み、完全に元の女の姿に戻ってしまった。
 早苗の秘薬は一晩経たないと効果が出ない。しかし、それの解毒剤は即効性が高かった。

「もう戻っちゃった…… 女の子だ……」
 
 耳に入った自分の本当の声、女の喋り方が耳触りでしかたがなかった。
やっと慣れてきた男の低い声を懐かしみ、咳払いをもするのを控え、声を聞かないよう努めた。
 最初は一刻も早く戻りたかった本来の姿。しかし、今の千鶴にとっては苦痛でしかなかった。
細い腕、小さな手、高い声、柔らかい身体、何もかもが嫌に思えた。
 しかし何時までもそうしてはいられない。身体に合わなくなった着物を姿に合わせて着直し、髪を男のように一つに縛り、男装で身を固めた。
 そして、迷わず橋野家へと向かった。


「橋野さまにお取次ぎを……」

 橋野家の下女には男装を訝しげに見られたが、誰も何も聞きはしなかった。
すぐに当主又兵衛が千鶴の前に現れた。

「……千鶴殿か? おぉ、元に戻ったか。よかったよか……」

 どうやら解毒剤作りにありったけの集中力と体力を注いだ又兵衛は疲れていたようだった。
大あくびを堪えながら、千鶴に声をかけた。
 そして、半分寝ながら男になりたい千鶴の話を聞き、良く考えずにその方法を教えてしまった。
昼間に解読したばかりのその秘薬の調合方法を記した紙を渡し、調合は自分でやれと言うと、大あくびをし、涙を浮かべてこう言った。

「……気が済んだら、早苗から解毒剤もらって使うのだぞ。いいな?」

「はい。ありがとうございました」

 礼を返した後、千鶴は早々に橋野家を後にし、帰りがてら必要な材料を店で物色した。
得体の知れない薬草や謎の薬、人間が食べられるとは到底思えないものを調合説明書どおりにもれなく購入し、帰宅した。
 それから自室にこもり、説明書どおりに材料を混ぜ合わせた。
混ぜ合わせるたびに妙な匂いが強くなり、本当に大丈夫なのかと怪しみながら作ったがどうにか仕上がった。
 早苗の持っている秘薬は固形だったが、今目の前にある千鶴の作り上げたものはドロドロしたどす黒く濁った液体。それを湯呑に取り、覚悟を決めた。

 飲めば男になれる。香代に会える。守れる。一緒になれる。それだけ考え、口をつけた。
しかし、すぐに吐き気を覚えた。その味は数日前飲み込んだ秘薬の不味さなど比較にならないほど不味かった。泣きそうになった千鶴だが、我慢してすべて一気に飲み干した。
 と同時に身体が熱くなりはじめ、意識が朦朧とし、耐えきれずにその場に倒れこんだ。
 
 




 次の日の朝、早苗は少し寝坊した。
助三郎と一緒に明け方近くまで泣いていたので、寝るのが遅かった。
 休みの助三郎を寝かしつけ、気を取り直して義母と台所に立っていた。

「早苗さん、千鶴はどうなったの?」

「……解毒剤を飲ませたので、女の子に戻っているはずです」

「そう……」

 早苗と助三郎は昨晩の出来事を一切話してはいなかった。
余計な心配を美佳に掛けさせたくはなかった。

「相変わらずあの子は兄に似て遅いわね。起こして来てくれるかしら?」

 美佳は傍にいた佐々木家で一番若い、千鶴と仲が良い下女に頼んだ。

「はい、ただいま」 
 




 その頃、部屋では昨晩の状態で千鶴が倒れていた。
ただ一つ違ったのは、姿が男ということ。
 モゾモゾと起き上がると、まず一言。 
 
「あの秘薬、クソ不味かったな…… ん?」

 声が低く、話し方が男になっていることに気付いた。
手を見ると、柔かな女のものではなく大きな男の手だった。
 急いで起き上がると、背は以前よりも伸びていた。
身体に合わなくなった着物を躊躇することなく千鶴はすべて脱ぎ捨て、確認した。
 
「ちぇっ、筋肉やっぱり足りないな…… もっとつけないと……」

 そう口にした自分に千鶴は驚いた。自分の裸を見て真っ先に思ったのが、それ。
毎回見て感じていた違和感は全くなく、自分の身体として当たり前に見ることができた。
 
「よし! 男だ! 本物の男だ!」

 身も心も本当の男になれた事実に千鶴は喜んでいた。
着物を着るのも忘れ、一人裸で喜んでいると、突然部屋の襖があいた。 

「千鶴お嬢様、もう朝……」


 下女と昨晩まではお嬢様だった男の目線が合った。


「あ、おはよう!」

 千鶴は何も考えず、何も隠さず笑顔で挨拶した。しかし、女中は真っ赤になると同時に襖を勢い良く締めた。

「あれ? どうしたの?」

 それと同時に、盛大な叫び声がこだまし、走り去る音が聞こえた。
 すぐさま彼女に謝ろうと、千鶴は廊下に出た。
しかし、自分が裸だということに気付き慌てて着物を着る為に部屋に引っ込んだ。
 
 その間に、下女は泣きながらも早苗と助三郎を連れてきた。
 早苗は千鶴を見るなりため息をつき、助三郎は怒った。

「千鶴!? なんだその姿は!?」

「見ての通りです。兄上!」

 千鶴は嫌いで顔も見たくないと思っていた兄に、ほほ笑みかけていた。
同じ男に、本当の弟になったことを喜んでもらいたかった。
 しかし、彼の顔は険しかった。

「……また秘薬飲んだのか?」

「はい!」

 そんな笑顔で悪びれることなく言ってのけた弟に助三郎は呆れた。
しかし、忘れずに次なる策を打つために命を下した。

「……早苗、秘薬は庭の地面に埋めておけ。いいな?」

「はい」

 後ろのほうでしくしく泣いていた若い下女には、懐から懐紙を取り出し、こっそりと手渡した。

「……即刻これを千鶴の朝餉に入れてくれ。全部の器にだ。いいな?」

「……はい、わかりました」



 一日中、今か今かと千鶴の姿が戻るのを待ったが、一向に変わる気配はなかった。
昼餉にも、夕餉にも、茶にも菓子にも、口にする物何もかもに解毒剤を混ぜたが、次の日の朝起きてきた千鶴は男のままだった。


「なんで効かないんだ!?」

 朝からそう大声を上げ、天を仰ぐ助三郎を尻目に、千鶴は笑った。

「確かに。まったく効きませんね。ハハハ!」

「……どうしてだ?」

「兄上、考えても仕方ありません。効かないものは効かない。さぁ、朝餉にしましょう」



 助三郎は黙っておかずを口に運びながら考えた。
 解毒剤が効かないという事実。大喧嘩したのに、千鶴は睨みもせず寄ってくる。
 背が以前より伸びた。
 それくらいしか、助三郎には思い当らなかった。
 しかし、一人で考えていても埒が明かない。弥七に千鶴の見張りを頼み、助三郎は早苗とともに又兵衛の元へ向かった。


 又兵衛に会うや否やこう聞いた。

「……解毒剤は本当に効果があるのですか?」

「もちろんだ平太郎で確認済みだ。どうかしたのか?」

「……千鶴が、男のまま戻りません」

 そう言うと、又兵衛からは聞き捨てならない言葉が出てきた。

「嘘言え、お前たちに解毒剤渡した日の晩に、女の千鶴殿が家に来たぞ」

「え!? なぜ父上のもとへ?」

 二人は、ものすごく嫌な予感がしていた。
作品名:金銀花 作家名:喜世