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金銀花

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《14》千鶴の進退



 駆け落ち未遂の翌日、佐々木家では千鶴の将来についての家族会議が開かれた。
助三郎は婿に入れることを渋ったが、早苗は千鶴と香代を一緒にさせるべきだと意見した。
 ああでもないこうでもないともめる夫婦を美佳は黙って見ていた。
あまりに決着がつかないので助三郎は彼女に助けを求めた。

「母上、いかがしましょう?」

「……一度千鶴と話をしてから考えさせてもらっても、よろしいかしら?」

「ではお願いいたします。……いえ、すべて母上にお任せいたします。私は決められません」

「わかりました」

 最終決定権を母の美佳に委ね、会議を終えた。



 その日の晩、美佳は蔵に幽閉されている千鶴の元へと足を運んだ。
自ら温かい茶とおにぎりを作り、差し入れをすることにした。
 罰と称して、ろくな食事を昨日から千鶴は採っていなかった。
暗い蔵に入り蝋燭をつけた後、名を呼んだ。

「千鶴」

 しばらくすると、恐るおそる千鶴が出てきた。

「どうされたのですか? 兄上に咎められませんか?」

「大丈夫。それより、お腹減ったでしょう? 食べなさい」

「はぁ…… ありがとうございます」

 最初戸惑っていた千鶴だったが、美佳から渡された握り飯をすぐに平らげ、急須の茶をすべて飲み干した。
 一息ついた彼の様子を見て、美佳は声をかけた。
 
「お腹は良くなった?」

「……まだちょっと足りません」

「まぁ。あんなに大きいおにぎりだったのに?」

 お腹が空いているだろうと大人の男の握りこぶしの大きさを五つも作って持って行った。
それをすべて平らげての発言に驚いた美佳だった。
「……はい。最近、前よりずっとお腹が減るようになってしまって」

「あら。男の子だものねぇ……」

 二人で笑いあったあと、沈黙が二人の間を流れた。
千鶴は居住まいを正し、深々と頭を下げた。

「本当に申しわけありません。母上に女として産んでもらいながら…… 親不幸と責められても、反論はいたしません」

 そんな息子に美佳は穏やかに言った。

「……わたしは貴方が男になったことを責めたりはしません」

「……え?」

「むしろ、これで良かったのかと」

「……どういうことですか?」

 少し躊躇した美佳だったが、決心した様子で口を開いた。

「……ほとぼりが冷めるまで、助三郎には言うんじゃありませんよ」

「はい」

 親戚が千鶴を利用しようとしていたことを千鶴に打ち明けた。
ふだんから親戚が大嫌いな千鶴は怒りを露にしたが、落ち着くと投げ槍にいった。

「……それで、私をどうするおつもりですか? 女としての利用価値はなくなりました。次男ではただの石つぶしでは?」

「……ですから、婿に行くのはどうかと」

 遠回しに、香代への気持ちはどれほどのものか確認しようとした。

「……香代以外の女は嫌です。出家でもかまいません」

 その言葉を聞くと美佳は溜息をついたが、顔には笑みを浮かべていた。

「……どうして貴方も助三郎もそう変なところが父上とそっくりなんでしょうね?」

「え?」

「助三郎は早苗さんしか見ていなかった。貴方は香代さんしか見ていない」

「……父上は?」

「……いつか話してあげましょう。……いつかね」

 遠い眼をする母が、千鶴には気になった。
しかし、追求はしなかった。

「けれど、なぜ香代さんなの?」

「一番仲がいい友達でした。私が男になっても接し方は変わりませんでした」

「ほかの女の子と比べても、香代さんがいいの?」

「はい。他は、まぁ、可愛いですが…… 一緒にいると一番楽しいのは彼女です。それに、あれを守れるのは私だけです。水野家を狙う悪い男から香代を守りたいんです」


 この強い言葉を聞いた美佳は心を決めた。

「……では、その好きな子の傍に一生いなさい」

「母上、それは……」

「水野家の婿に行きなさい。そしてその役目を果たしなさい」

 千鶴は大喜びして飛び上がり、再び母に確認をとった。

「良いのですか!? 香代と一緒になっても!?」

「えぇ」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 千鶴は美佳に再び深々と頭を下げた。




 次の日、助三郎は美佳とともに水野家へ訪問し、婿入りの件を承諾した。
水野家当主の喜び様は尋常ではなかった。その勢いは、その日のうちにすべての見合いの予約を取り消し、その日のうちに祝言を挙げると言い出す始末。
 しかし、千鶴の身の上は特殊極まりない。後々も大丈夫なようにしっかりと策を練り、身元を固めてから正式に結納、祝言ということになった。
 万が一のため、期待を持たせてはいけないと、香代には告げないことにした。

 二日後、助三郎は一家そろって光圀のもとを訪ねた。
千鶴の婿入りの手筈を光圀に後ろ盾してもらうつもりだった。
 幽閉を解いてもらった千鶴は身形を改め、助三郎の後におとなしくついていった。
 西山荘で寛いでいた光圀は上機嫌で一行を出迎えた。真面目に助三郎からの報告を聞いた後、突然こんなことを言い出した。

「千鶴。その姿で女の名前のままではいかん。名前を変えなさい」

「改名ですか? どのような?」

 少し考えたのち、光圀は提案した。

「『千之助』はどうじゃ?」

「『千之助』?」

「千鶴の『千』、助三郎の『助』、格之進と龍之介の『之』これを足して『千之助』」

 美佳はありがたくそれを受けることにした。

「さすが御老公さま。ありがたく頂戴いたします」

「本日より、佐々木千之助と名乗らせていただきます」

「励め。……して、親戚対策についてだが」

 光圀は助三郎との談議に入った。

「……いかがお考えですか?」

「後藤、説明を」

 光圀は配下の年配の後藤に後を任せた。

「はっ。いったん女子の『千鶴』殿をわしの養女ということにする。それから、千之助を平居殿の養子だと届け出する」

 平居家は水戸藩の中でも格が上位の家。
助三郎は面識もあった。亡き父、龍之介と同輩で助三郎が出仕したころから何かと気にかけてくれる男。

「そこから、水野家に婿入りということになる。婿に入れば前の名字は要らないからな。詮索されても、平居なら大丈夫だ」

「ありがとうございます」

 こうして、千鶴の婿入りの手筈が整えられた。
あとは早苗の父、橋野又兵衛が名簿の改ざんをすればよい事。
 すべて準備が整った。


 次の日、佐々木家一同は水野家に挨拶に行った。今度こそ正式な婿入りの挨拶。
二家の当主夫妻と婿になる千之助の挨拶は滞りなく進んだ。
 しかし、千之助には気になっていたことがあった。 
 会いたくてたまらない、香代の姿がなかったからだ。
助三郎の目を盗み、義父になる人にうかがった。 

「……あの、香代は?」

「申し訳ない。部屋から出てこないのだ」

「身体の調子でも?」

「先日、婿を決めたとだけ話したら、気鬱か寝込んでしまった。食事もろくに取らなくてな…… 話も一切聞かない」

「そうですか」

 寝込んでるので会えない、そう思った千鶴は落胆した。
しかし、そんな彼の表情を察知した香代の父は笑ってこう言った。
作品名:金銀花 作家名:喜世