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金銀花

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《15》香代の婿殿



 その頃、香代は自室で横になっていた。
突然父から『婿を決めた。見合いは終わりだ』と告げられた。
 聞いたとたん放心状態になり、畳に突っ伏して一晩中泣いた。
次の日からほとんど部屋から出なくなり、父と母とも顔を合わせず、暇さえあれば泣いていた。
 その日は、『婿』が挨拶に来ると聞いていたので、断固として部屋から出ないと決めていた。
 しかし、そんな時、部屋の外から声が掛けられた。

「……お嬢さま、お見舞いの方です」

 香代はそっぽを向き、頭から布団をかぶってしまった。

「……誰にも会いたくない。帰ってもらって」

 しかし下女はいうことをきかず、客人を香代の部屋に入れ立ち去ってしまった。
もちろん客人は千之助。しかし、伏せっている香代には判らなかった。

 そんな塞ぎ込んでいる彼女に千之助はそっと声をかけた。

「……香代殿?」

 少し間をおいた後、香代は小さな声で返した。

「……貴方が、わたしの婿になる方ですか?」

「はい」

 そしてまた少し間を置き、言った。

「……婿になったのは、録が欲しいから?」

 即座に千之助は否定した。

「いいえ」

「……では、仕事が欲しいから?」

「違います」

 強く、意思を込めて返した言葉の返事は泣きそうなものだった。

「……それ以外に、理由など無いでしょう? それ以外に、何があるの?」

 千之助は待ってましたとばかりに、愛しい香代に話し始めた。

「あります。香代が好きだから。守りたいから。結婚したい。それがすべての理由です」

 しかし、返事は空しいものだった。
すでに香代は泣いていた。すすり泣きしながら、悲しい言葉が返ってきた。

「……だれからそんな言葉吹き込まれたの? ……あの人と同じようなこと言わないで」

 とうとう千之助は、じれったさを感じ香代に言った。

「……なんで、顔を見せてくれないんだ?」

「…………」

「仕方ないな」


 千鶴は香代の正面に回り込み、布団を剥がした。

「久しぶり! 良い天気なのに、なんで寝てるんだ?」

「千鶴!?」

 香代の泣き腫らした眼は驚きで丸くなっていた。
その様子をクスリと笑った後、心配そうに言った。

「元気じゃなさそうだね」

「……でも、少しマシになったかも。千鶴が来てくれたから」

 そう言いながら香代は身を起こし、身なりを整えた。

「俺のおかげ?」

「えぇ。……でも、こんなところでなにやってるの? 侵入したの?」

 この言葉に、千之助は会釈をしながらこう返した。

「お嬢様にご挨拶を。婿ですから」

 香代はしばらく黙ったまま、彼を見つめていたが確認するように呟いた。

「……お婿さん?」

「はい。お嬢様」

「……女の子だから、無理じゃなかったの?」

「俺はもう男だ」

「……どういうこと?」

「本物の男になった。女じゃない」

 千之助はこの時初めて、香代に男になったことを報告した。

「……ほんと?」

「あぁ、だから名前も変えた」

「なんて?」

「千之助。佐々木千之助」

「……千之助さま?」

 初めて、『……さま』と呼ばれた千鶴は満面の笑みを浮かべた。

「はい。香代殿」

 すると、香代は顔を伏せて泣きだした。
驚いた千之助は、香代に近づき顔を覗き込んだ。

「どうした? やっぱり、俺が婿じゃイヤだった?」

「……そんなことない。ほんとに、ほんとに嬉しいの。わたしの為に、そこまでしてくれて。ありがとう。千鶴!」

 香代は千之助に抱きついた。
抱きつかれた千之助はしっかりと抱き返そうとしたが、突如、今までと全く違う感覚に襲われた。
 男になってから初めての香代との抱擁。香代の想像以上の柔らかさに、千鶴の理性はふっとんでいた。



 香代の眼に何故か天井が映った。
気付くと押し倒され、押さつけられていた。

「……千鶴?」

 その眼は優しい目ではなく、どことなくギラギラしていた。

「……どうしたの? 大丈夫?」
 
 返事の代わりに彼は香代に覆い被さって来た。
呼吸が荒く、あいかわらず眼はおかしかった。
 何が起こっているか把握できない香代はされるがままになっていたが、突然男の怒鳴り声が部屋に響いた。

「やめるんだ!」

 すると、とたんに押さえ付ける力はなくなり、代わりに千之助が横に転がった。

「危機一髪だな…… 誠に申し訳ない! どうか、お許しを!」

 助三郎はすぐさま手を付き、弟の不始末を謝った。
早苗もそれに倣い、二人で頭を下げた。

「……あの、頭を上げてください。わたしは大丈夫です」

 その場は落ち着いたが、未だ千之助は転がったままだった。
その様子に目をやってから香代は早苗にこう聞いた。

「……あの、千鶴はどうかしたんですか?」

「……へ? わからなかった?」

「はい。なんですか?」

 香代は結婚前の早苗と同様、まったくの無知だった。
曇りのない瞳で見つめられ、早苗は焦った。

「……えっと、そのね。……母上さまに聞きなさい。さぁ、助三郎さま、行きましょ」

 夫と立ち去ろうとしたが、彼は取り込み中だった。
気絶したままの弟の腕を引っ張り、足を引っ張り試行錯誤していた。

「くそっ…… 図体ばっかでかくなりやがって……」

「持ち上がらないの?」

「あぁ、重すぎる…… 引きずるしかないかな」

 情けない夫に溜息をついた後、早苗は男に変わった。
力は格之進の方が強い。

「……退いてろ、俺が担いでく」

「……すまん」

 早苗はひょいと義弟を担ぎあげた。

「じゃあ香代ちゃん。またな」





「起きろ!」

 庭の井戸端で、助三郎は千之助に水をぶっかけた。
すぐ彼は起き上がり、寝ぼけたように呟いた。

「……はぁ? あれ? 兄上お二人お揃いですか?」

 助三郎はそんな弟をにらみつけ、怒鳴った。

「バカ野郎! 何がお揃いですかだ! 香代さんを手籠めにする気か!?」

「え?」

「完全にやろうとしてただろ!?」

 この言葉に早苗は少し赤くなりながらも、文句を言った。

「……おい、真昼間から変なこと言うなよ」

「仕方ないだろ? 完全にそういう行為に見えたんだから!」

 怒りを抑え、千之助に助三郎は聞いた。

「お前、香代さんに抱きつかれてどんな気分になった?」

「妙な気分になって、頭のなか真っ白になって、後は覚えてません……」

 空を仰いだ後、助三郎は一言だけ言った。

「帰れ」

「えぇ? 香代は?」

「面会禁止。今すぐ帰宅だ。格さん、頼む」

「お前はどうする?」

「問題が勃発した。祝言の話を水野殿としっかり詰めてから帰る。いいか、格之進。お前には絶対わからないから、そいつに何も聞くな。教えるな。それと、俺が戻るまで早苗に絶対に戻るな。いいな?」

「わかった。じゃあ、また」

「頼んだぞ」

 そうして、三兄弟はその場で解散した。



 夕方、ようやく帰宅した助三郎を早苗は出迎えた。
夫の言いつけを守り、男の姿のままだった。

「それで、どうなったんだ?」

「祝言は三月先。今すぐと言われたが、千鶴があれじゃダメだ」

「どういうことだ?」
作品名:金銀花 作家名:喜世