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スズメの足音(前)

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 二年前の春に喧嘩しながら入部してきた後輩たちが全国の舞台へ。という連絡を受けてすぐにインターハイ開催地への旅行を計画した。
 元々予感、もしくは期待はあって、大学のテスト日程が被らないようにしていたから話は早かった。
 飛行機と宿泊先の予約は夏休み明けまでテストのない澤村大地に任せた。最低限のスケジュールだけ教えて投げっぱなしにしていたら、テスト終了日の夕方に見計らったかのように事務連絡のメールが届いた。勉強の邪魔はしない、ということらしい。
 出発日二日前までテストが終わらなかった東峰旭はなかなか大地から連絡が来ないことに焦って自分だけ置き去りにされることも覚悟したらしいが、俺だったら前日の夜まで連絡がなくても焦らなかっただろう。任された以上、無責任なことはしないのが大地だ。
 それぞれがバイトや勉強や私生活で密度の高い初夏を過ごし、七月の終わり頃には三人無事に北の大地を踏んだ。
 空港や駅は全国から集ったジャージの高校生でごった返していた。
「みんな強そうだな……」
 すでに現役ではないくせに萎縮した様子で旭が呟いたが、会場で見た母校の黒いジャージも負けていなかった。自分たちが現役の頃は県予選一回戦敗退も珍しくなかったことを思うと、地元を遠く離れた体育館に堂々入場する後輩たちの姿を見て涙ぐみそうになった。アレと同じジャージがアパートのクローゼットにある。制服は実家においてきたけれど、ジャージとボールは飾るわけでもないのに持ってきた。
 会場では地元に残った仲間たちが駆けつけていた。春休みに帰省した際に烏野商店街のバレーボールチームの練習に混ぜてもらって以来なので懐かしいという程疎遠でもないのだが、引退当時のほぼフルメンバーが揃っているのを見たらやっぱり懐かしかった。
 予選グループの試合は順調に勝ち進んだ。初日だというのに旭が感極まって「夢みたいだ」なんて呟くから、大地と二人で左右の頬を引っ張ってやった。夜は地元からの応援団と合流して初日の勝利を祝し、明日に備えて遅くならないうちに予約していたビジネスホテルに引き上げた。
 学生の貧乏旅行だ。「連泊なのでなるべく安く」という希望で「部屋はトリプルになった」と聞かされていた。
「修学旅行みたいだな」
 と浮かれ調子で部屋の扉を開けた旭だが、ツインに追加ベッドをねじ込んだ狭い室内を見てみるみるうちにしぼんでいった。
「広さはないけど結構きれいじゃん」
「手頃な宿は軒並み埋まってたから予定より手狭になったけどいいだろ」
 入り口で立ち止まった旭を押しのけて口々に感想を述べながらベッドに荷物を放り投げる。そこで我に返った旭が焦りだしたが、残っているのは見るからに小さめの追加ベッドだけだった。
「ちょっと、ちょっと待てよ!」
「なんだよ、早いもん勝ちだろ?」
「聞いてないし!俺絶対コレに寝たらはみ出すだろ!」
「丸くなって寝ろ」
「こういうの体格順とか……」
「図体はデカいくせにちっちゃい男だなぁ」
「スガまでっ……!」
 結局、旭必死の直談判によりジャンケン大会となり、まんまと俺が負けた。一番小さいから妥当といえば妥当だったが、妥当だけに納得がいかない。でも、最近はシングルの狭いベッドで自分より大きな男と寝るのにも馴れてきたからちょうどいいような気もした。二人には言わないけれど。
 ジャンケンで一抜けした大地は、自分の陣取った真ん中のベッドと窓際の追加ベッドを寄せてくっつけた。
「寝づらかったらこっちにはみ出してきていいからな」
 掛ふとんも折り重なるようにして越境しやすく敷き直した。
「大地、スガにばっかり優しい!」
「大きいベッドとったんだからへなちょこは黙ってろ」
 騒がしいやり取りを笑いながらも追加ベッドが動かされて出来た窓際の隙間に荷物を置く。
「旭がデカいだけで言うほど狭くないって」
 それでもベッドを寄せたまま就寝した。

 移動と試合の興奮でみんな疲れていて、修学旅行みたいだなんてはしゃいでいた旭が一番に寝息を立て始めた。大地も静かで眠りに落ちるのを待っているんだとわかる、そんなタイミングでメールが来た。マナーモードだったからバイブになっていたけど、急いで振動を止めた。
 差出人は予想通り、細山だった。時間を見るとバイトが終わる頃だった。ねぎらいの言葉と一緒に試合結果や旅の様子を返信するとすぐにまた返事が来て、何度かやり取りした後に『会いたい』と綴られていた。絵に描いたような付き合い始めのもどかしいようなくすぐったさに、仲間と後輩の応援に来ているという状況と同じ現実とは思えなくなっていく。全国進出した後輩のために遠くへやってきて慣れないビジネスホテルで寝ていることも、二ヶ月ほど前に知り合ったばかりの男と付き合っていることも、どちらも夢のなかの出来事みたいだった。どっちも幸せな夢だ。
 細山が店から自宅に到着するまでの間だけやりとりをして、それからお互い疲れているだろうからと「おやすみ」メールを送って携帯を枕元に置いた。
「スガ」
 すぐ近くで呼ばれて驚いた拍子に手から放したばかりの携帯がベッドの縁まで滑った。慌てて拾って咄嗟に枕の下に押し込んだ。メールのやり取りが始まってから意識が逸れて忘れていたけど、大地はずっと起きていたらしい。メールの相手も内容も知られていないとわかっていても後ろめたくて携帯そのものを隠した。男と付き合っていると知られたら蔑まれるだとか思っているわけじゃない。それでも知られたくなくて、慌てた。
「ごめんっ、携帯の明かり煩かった?」
「いや、」
 ベッドを寄せているせいでやけに近くて落ち着かないが、距離を取ろうにも、元々ベッドが狭いせいでどこへも行けなかった。
「今、いいか」
「う、うん」
 慎重に大地の様子を伺ったが何もない天井を見上げていた。
「今日さ、あいつらすごかったな」
 さっきのメールとは無関係の話題に内心ホッとしながら同じように天井を見上げて頷いた。
「だな。ヤバい場面もあったのに影山も落ち着いてよく見てたし、日向は後輩たちのこと励ましてたし」
「アイツらが入部してきた頃の俺らに今日のことを教えても信じないよな」
「絶対信じないな!影山なんかスムーズにハイタッチすることもできなかったのに」
 まぶたを閉じると二年前の幼い後輩たちが浮かぶ。喧嘩はしょっちゅうで手を焼いたし、影山は他人とのコミュニケーションが絶望的に下手くそで、日向には落ち着きがなかった。そんな二人が後輩の面倒を見てチームを率いているのだから、年寄り臭く「成長したな」なんて呟きたくもなる。
 問題児コンビを中心とした新チームに四苦八苦していた頃を思い出すと、自然と大地と背中を叩き合った記憶も蘇ってくる。高三の春は旭が一時的にチームを離れていたお陰で、三年はマネージャーの清水を除いて大地と二人きり。エースの旭と精神的支柱の一端を担っていた守護神、西谷を欠いて、監督はルールも怪しい初心者の顧問教諭。コーチもいなかった。
作品名:スズメの足音(前) 作家名:3丁目