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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー第二部

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第五章 心の壁、心の闇



<一>


 風に潮の香りが混じり始めると、単色だった世界に植物の色が混じり始める。緑の葉を傘のようにして広げ、その下に硬い表皮の果実をぶら下げた木々を横目に進み、香りに続いて潮騒が耳を撫で始めれば、港町ザラはすぐそこだ。
 フェイエールよりオラデア砂丘を北に進んで数日。
 いくらか慣れ始めていたフェイエールの暑気を潮風が少しだけ払ってくれる。それが気持ちよくて、カペルは一つ大きく伸びをした。
 解放軍は今、フェイエールからハルギータ女皇国へと向かう道中にある。目的地であるハルギータは、シグムントたちの故郷だった。南大陸での戦いに一区切りがついたため、その報告をしなければならないのだ。
 そのハルギータへは、南大陸の北端にある港町ザラから大陸を分かつ海峡を渡ってさらに北へと進むことになるが、海流と貿易風の影響で、船を使った海峡の縦断が可能なのはザラとケルンテンの航路くらいのものだった。
 定期船が出入りする港町まで、あと少し。
「うーみ! うーみ!」
「ひろいな! おおきいな!」
 グスタフの広い背中にまたがり、二人して騒いでいるのはルカとロカだ。山育ちの二人は海を見たことがないらしく、嬉しいのだろう、ピクニック気分ではしゃいでいる。
 戦いは終わったわけではない、と言いたげなエドアルドの顔をちらと目の端に捉えたカペルは、二人の無邪気さにつられて笑っているユージンやミルシェの姿も見て取り、子供たちの賑やかな空気が皆の気を紛らわせてくれていることを感じ取っていた。
 解放軍が英雄シグムントを失ってから、十日も経っていない。ヴェスプレームの塔があった山岳の方を見遣り、カペルは思う。それぞれの心の内にある、それぞれの喪失感と向き合う時間。失ったものの大きさを考えればいくらあってもそれは足りないのだから、いっそ紛らわせる何かがあった方がいいのかもしれない。
「良い風ね」
 隣を歩くアーヤが言った。
 風にあおられた彼女の髪がふわりと舞い、知った甘い香りがカペルの鼻腔をくすぐる。
 出会ったときと同じだ。
「なによ」
 気づかぬままに惚けた顔をしていたのか、アーヤに訝しげに問われた。
「いや、べ、べつに……」
「もう、しゃきっとしなさいよね。今はまだいいけど、ザラについたら住民の目もあるんだから。あんたはシグムント様なのよ。わかってる?」
「はーい。頑張りまーす」
「……もう」
 沈んでいたところで何かが変わるわけじゃない。軽口を叩いていられるのは、前を向いて歩いている証拠なのだ。呆れてはいても怒ってはいないとわかるアーヤの表情を見ていれば、そんな風に感じる余裕も出てくる。
 光の英雄シグムントの代わりをやる。
 そして、光の英雄はここにいる、と世界を騙し続ける。
 重い責任を負ったという理解はあっても、それが実感として抱けるようになるにはまだ時間がかかる。こちらは紛らわせる何かがあっては困るのだろうが、あいにく周りにはそんなものばかりだった。
『おまえはおまえのままでいい』
 シグムントにそう言われたのはいつだっただろうか。はっきりと思い出せないことが少し不思議だったが、その言葉が背中を支えてくれているような気もしている。
 埒もなくそんなことを考えていると、腹の奥に住み着いた虫がいつものように叫びだした。それが、自分が光の英雄などではなく、フルート吹きの癒しのカペルだということを否応なく思い出させるのだった。
「ザラにはおいしいものあるかな?」
「ザラの近海は世界でも有数の漁場よ。少なくとも魚料理で困ることはないわ」
「小骨の多いのは嫌いなんだけど」
「子供みたいなこと言ってるんじゃないの」
 アーヤに頭を小突かれて身をすくませていると、前からグスタフの鳴き声が聞こえてきた。そちらに目をやると、勢いよく後ろ足で立ち上がるグスタフの姿があり、その肩に乗ったまま、「たかーい!」だの「グスタフすごーい!!」だのとはしゃいでいるルカとロカの様子もうかがえた。
 同じように二人がはしゃぐ姿は何度も見てきたが、そこにいつもいたバルバガンの姿は今はない。グスタフにバルバガンの姿が重なり、胸がちくりと疼くのをカペルは感じた。
 彼は、エドアルドとドミニカを救うためにヴェスプレームの塔で大怪我を負った。旅を続けられるような状態ではなく、だから、フェイエールの王城に預ける形でしばらくは療養することになっている。
「すぐに追いかけるから待ってろよ」
 そう言ってはいたが、心配するルカとロカの頭を撫でるのが精一杯といった様子で、カペルは「治るまで追いかけてきちゃダメですよ」とおどけて見せたのだったが、返ってきた笑みが弱々しく、なおさらその傷ついた身体を案じさせた。
「なんだか、グスタフがバルバガンの代わりみたいね」
 アーヤは笑っているが、彼女も、他のみんなも、バルバガンのことを気に掛けているのがよくわかる。死線をくぐり抜けた仲間、というやつだろうか。自分もそんな仲間の一人と言っても差し支えないのかもしれないが、なんとなくそんな風に思えないのがカペルの気分だった。
 みんなに秘密にしていることが僕にはある。
 僕はまだ、自分が新月の民だということを話していない。
 そのことが、人の輪の中にいることに慣れていないのと相まって、心の底から仲間だと言える気分にさせてくれなかった。
 シグムントさんのこともある。
 これから先の戦いのこともある。
 不安要素を並べ立てて重くなりかけた気分をいつもの手順で胸のうちにしまうと、まぁなるようになるでしょ、と自分に言い聞かせながら、カペルはアーヤに答えた。
「たしかに、バルバガンさんはクマみたいだよね。イメージ的に」
「ふふ。ひどい言われようね。聞いたらなんて言うかしら」
「最初に言ったのはアーヤでしょ?」
「私は、クマみたいー、なんて言ってないわよ。言い出したのはカペルなんだから」
「……バルバガンさんには内密にお願いします」
 まだまだ不安はある。もし自分も鎖を斬ることができなくなったとしたら、僕の居場所はここにあるのだろうか。
「どーしよっかなぁ?」
 そんな心の闇を払う笑みを隣に見遣り、つられてカペルも笑った。
 悩んでいても仕方ない、か。
「おい!」
 前を行くエドアルドが急に声を荒げて、カペルたちは彼の指さす方に視線をやった。
「あれを見ろ!」
 エドアルドの指さした方向、岩壁の向こうに見えた一本の鎖。
 青空に沈む蒼白の月を縛り上げる異様が視界に飛び込み、カペルは思わず呟いた。
「月の鎖だ……」
 戦いが始まる。
 光の英雄抜きでの、戦いが。
「ザラの方向よ!」
「とにかく急ぐぞ!」
 胸のペンダントに手が伸びる。
 その手に残るシグムントの熱を感じ、ヴェスプレームで決めた自分の思いを確かめると、カペルは先を行く皆の後を追いかけた。


 港町の匂いは他のどんな街よりも独特だ。