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りんはるちゃんアラビアンパロ

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満天の星



太陽が沈み、優しい夜が来る。
いや、にぎやかな夜だ。
今日の街はいつも以上ににぎやかである。
例年通りの祭が開催されているのだ。
道にはいつもよりも多くのひとがいて、みな、祭という非日常に気分が高まっているらしい様子である。
菓子を売る店では動物をかたどった砂糖菓子が店先に糸でつるされ、それを子供たちが眼を輝かせて見あげている。
ときおり、すれ違うひとから薔薇の香りがする。薔薇の香油をつけているのだろう。ふた月まえは、薔薇水や薔薇の砂糖漬けを作ったりするころだった。
多くのひとがだれかと一緒に楽しそうに歩いている中、ハルカはひとりで歩いていた。
少しまえまではマコトやナギサやレイと一緒にいたのだが、気がついたら、彼らがいなくなっていた。
どうやら、はぐれてしまったらしい。
だが、生まれたときから住んでいる、よく知った街だ。
ひとりでも困らない。
三人は心配しているかもしれないが、ある程度は心配していても、絶対に探さなければならないと思うぐらいは心配していないだろう。
それに、ハルカはたまに彼らから離れて単独行動することもある。別に彼らと一緒にいるのがイヤなわけではないが、ひとりになりたいときがあるのだ。それを彼らも知っているはずなので、ハルカはひとりでも大丈夫だと思っているだろう。
楽の音が聞こえてきて、ついハルカはそちらのほうに眼をやった。
道に楽師が座って弦楽器を演奏している。その近くには胸元が大きく開いた華やかな衣装を着た踊り子たちがいて、軽やかに、足首につけた足輪の鈴を鳴らしつつ、踊っている。
彼らのまわりには、足を止めて見ている者たちがいる。
しかし、ハルカは立ち止まらず、彼らに向けていた眼を元の方向にもどして歩き続ける。
ひとの熱気に酔いそうだ。
熱くなるのは好きじゃない。
そろそろ家に帰ろうかと思う。
ふいに。
腕をつかまれた。
え、と思って、自分の腕をつかんでいる相手を見る。
相手はハルカが進む方向から歩いてきたらしい。
そして、すれ違う寸前にハルカの腕をつかんだのだ。
その者は頭をすっぽり覆っている布を眼の近くまで深くかぶり、さらにその布で口元も隠しているので、顔がほとんど見えない。
だが、ハルカの腕をつかんでいるのではないほうの手で、かぶり物を少しずらした。
顔が見える。
国王の顔。
リンだ。
ハルカに向けた眼が愉快そうにきらめいた。
リンはハルカの腕を放した。
けれども、次の瞬間、リンはハルカの手のひらを捕らえた。
大きな手がハルカの手を握った。
そして、ハルカの手をつかんだまま、リンは走り出した。
ハルカは驚く。
「おい!」
声をかけたが、リンは返事しない。
ハルカの手を引っ張り、道行くひとびとの合間を縫うようにして走り続ける。
しかし、さすがに走りづらいと判断したのだろう、リンはひとの少ない路地へと入っていった。
狭くて細い道の両側には建物が並び、頭上には二階より上の張り出し窓や建物と建物をつなぐ橋があらわれたりした。
場合によっては袋小路に行き当たる。
けれども、リンは道をよく知っているようで、行き止まることなく進んでいく。
どこに行くつもりなのか。
わからない。
そんな状況が不安というよりも不快で、ハルカはリンの手をふりほどこうとしてみたが、できなかった。
力強い手に引っ張られて、しかたなくハルカは走る。
しばらくして、リンは敷地内に入った。
敷地内には寺院があり、それを中心として、学校や病院や公衆浴場がある。
建設したのは何代かまえの王だ。
ふだんは敷地内にひとが多くいるが、今は祭のせいだろう、ひとをほとんど見かけず、ひっそりとしている。
リンは迷うことなく進んでいき、高くそびえる塔のまえでようやく足を止めた。
戸を開け、塔の中に入る。
中には螺旋階段がはるか高いところまで続いている。
リンはあたりまえのようにその螺旋階段をのぼり始めた。
手を引っ張られているので、ハルカも階段をのぼる。
えんえんと階段をのぼっていく。
身体をきたえていなければ、きつかったかもしれない。
やがてバルコニーになっている部分へと出た。
そこで、やっと、リンはハルカの手を放した。
リンは手すりのほうへと歩いていき、そこから向こうを眺める。
少しして、ハルカを振り返った。
「こっちに来いよ。いい景色が見えるぞ」
「……ここにはよく来るのか?」
ハルカはリンの誘いには乗らず足を止めたまま問いかけた。
リンは答える。
「よくってほどじゃねぇな。たまに、だ」
「たまにここに来たり、オアシスに行ったり、店に来たり、王様というのはずいぶんヒマなんだな」
静かな声でハルカは皮肉を言った。
リンは一瞬眼を丸くした。
だが。
「……そうでもない」
声を落として返事をし、二重の線の走る切れ長の眼を伏せた。
いつもとは違う雰囲気だ。
なんとなく気になってハルカはリンのほうへ近づいていく。
隣まで行くと、リンはハルカを見た。
その表情はいつものものにもどっていた。
リンは空を見あげた。
それから、言う。
「綺麗だよな」
見あげている先には、満天の星。
ハルカは黙っていた。
しかし、リンは返事がないのを気にした様子はなく、空を見あげるのをやめ、今度は手すりの向こうの地上に眼をやる。
ここは高い場所なので、街を見渡せる。
街は祭で、いつも以上の灯りがともり、夜の闇の中に光がたくさん散らばっている。
「こっちにも星がある」
リンは地上を眺めながら続ける。
「俺はこれを守りたいって思ってる」
重くはない、けれども、本気でそう思っているのがわかる真剣な声だった。
ハルカは眼を細める。
「……それ、何年後かに自分の言ったことの青さを後悔しそうな台詞だな」
「おまえ、結構きついこと言うよな」
リンはおかしそうに肩を揺らして笑った。
その視線はバルコニーの向こうへとやられたままだ。
ハルカには横顔を向けた状態で、リンは話す。
「俺は昔、って言っても二年前だが、政事を学ぶために色んな国に行ってきた」
それについてはハルカも知っている。
リンがまだ王子だったころのことだ。
しかし、二年前、リンの父親である前王が海難事故で亡くなったため、急遽、リンは予定を変更して帰国したのだった。
「それぞれの国の歴史も学んだ。かなり血なまぐさい話も聞いた。王位のために肉親同士が殺し合ったり、王位をおびやかしかねない存在を虐待してたら、立場が逆転して、今度は虐待される立場になったとかな」
話の内容のわりにはリンの口調は淡々としている。
「それが自分の利益ばっかり考えるようなヤツらだったら、まだいいんだが、人柄が良くて、国民のためを思っていた王が、不運だったとか、ひとが良すぎたとかで、非業の死を遂げることもあった」
そのリンの眼は地上を見ているというよりも、その上のなにもない空間に向けられているようだ。
「自分は質素にして国民に財を与えていたら、自分の代でそれまで続いていた王朝が滅びた王もいた」
リンは話し続ける。
「俺の親父の夢はこの国をより良くすることだった。俺はその夢を引き継いだ」
バルコニーに置かれているリンの手に少し力が入ったように見えた。
「だが、難しい」