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君と過ごす何気ない日常

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煩悩の犬は追い払えども去らぬ(R15)




 スポンジに洗剤を垂らし、クシュと握る。
 シュワと指の間から飛び出た泡が皿の上に落ちる。
 それを数度繰り返し泡立たせれば平皿を手に取り汚れを落とす。二人分の食器など大した量ではなく時々一日分をまとめて洗った方が効率的かつ経済的なのではないかと思うのだけれど、性格上それを受け入れられなかったため都度、洗い物に手を伸ばしている。でもやはり量が少ないためすぐ終わってしまって、そのために洗剤を使用するのがもったいないな、と思ってしまう。
 どうしたものか。そんな事を考えながらお椀を洗っていると背後よりするりと伸びた手に抱きしめられた。
 僕の眉間に皺が寄る。
 首後ろにこつんと何かが当たった。恐らく額を乗せられているのだろう少し重い。邪魔するなと言えば寂しいから構えと返される。意味が分からない。こんなに狭い家の中数歩歩けば手が届く環境で何がどう寂しいと言うのか。
 僕にはまったく理解できなかったのだがしきりに寂しい寂しいと繰り返すからどうしたものかと悩んでしまって。取りあえず今は洗い物をしてるから少し待てと言えば「ええー」と返され頬を引き攣らせる。たかだか数分待つだけだというのにそれすらできないのか。待てが出来ないなんて犬以下だぞ。低くそう言えば首筋に温い風が掛かった。なんだろうと思う間もなくぷちゅと当てられる柔らかな感触。
 彼の唇だと気付いた。
 おい、とか、こら、と声をあげれば嘲笑うように同じ場所をぺろりと舐めた彼。途端ぞわりと皮膚が粟立つ。何をしてるんだ、そう怒鳴りたかったけど先制を取ったのは彼。

「君が言ったんだ。犬だって」
「はぁ? 犬以下だって言ったんだけど?」
「同じようなもんじゃん」
「だとしてそれがなんだってんだよ! 今、君が僕の仕事の邪魔をしている言い訳にはならいだろ!?」
「なるよ」
「おいっ!」
「だって僕、犬だから。ね、思う存分じゃれさせてもらうよ?」
「…は、」

 そこからは、彼のターン。
 するりとシャツの下、潜り込んだ彼の細長い指先。腰を撫でヘソを通り過ぎ交差させながら胸元へ。焦る僕の声なんて聞いてない。

「ほら、仕事続けてて」
「馬鹿っ! そんなのっ、出来るわけっ」
「してよ。こっちは気にしないで」
「何、言っ」
「僕が勝手にじゃれてるだけだから」

 左の胸へと這わされた彼の右手。さわさわと胸元を揉み続ける。
 皿を持つ手がふるりと震えた。いけない。落として割ったりしたら大変。でも、動けない。
 くすくすと笑う声が背後から届く。憎らしい。殴りたい。
 でも、ああ、どうしよう。
 気持ちいい。

「あ、尖ってきた」

 楽しそうな声が上がる。

「ね、分かる? ぷくって、…ね?」

 一々言葉にして語りかけてくるな。僕に聞くな。勝手にじゃれついてるんじゃなかったのかよ。言い返したい言葉が浮かんではパチンと散ってゆく。口を開こうとすると狙ったかのように彼の指先が意地悪く蠢くからだ。ぐにぐにと潰される乳首がじんじんと鈍く熱を発し始める。ひく、とヘソが震える。膝がしらを擦り合わせ気を散らそうとするけど、上手くいかない。両手の中のスポンジと皿はただそこにある飾りのようになっている。

「ぷにぷにやぁらかい。あぁ…舐めたいなぁ…」

 だから言わなくていいってば。なんで言葉にするんだろう。いつも思うのだけれども、訊ねても彼は意味深に笑うばかりで答えをもらったことは無い。
 そのうち彼の左手が僕の右胸に伸びた。左胸同様乳首へと触れる指。繊細な彼の指が僕の乳首をこねくり回している。そう考えただけで喉が鳴った。人差し指で押し潰されぐりぐりと円を描くように回されそぉっと指の腹でなぞられる。つつつ、と触れるか触れないかの愛撫を受けると途端に腰が蠢いてしまって羞恥に瞳をギュ、ッと瞑った。
 だめ。そんな弱い愛撫じゃ足りない。
 そう思う事に違和感を覚えなくなったのはいつからだったか。与えられる快楽に従順になり行く思考。身体。でも、嫌じゃないんだ。
 耳を食まれ、裏側を舐められる。乳首を摘ままれればそれだけで腰元に痺れが走った。
 自然と揺らめく僕の下肢に彼はどう思ったのだろう、強く、キュ、と乳首を摘ままれた。一瞬で走り抜けた痛みと相反する快楽とで悲鳴に近い声が喉から飛び出る。
 どうしよう。左手の中の皿が異様に重くなってきた。ぷるぷると震える腕の所為で物が上手く持てなくなっている。

「あ、あっ、なぎっ…渚っ、ま、って…っ、あっ!」

 お皿、置くから待って。言いたい言葉が正しく音にならない。きゅうぅぅ、とさらに強く、乳首を挟まれたから。ガチャッ、という硬い物がぶつかる音がする。ああ、お皿が割れてしまう。不安が膨らむが、どうしたらいいのか、と言う事を考える余裕がどんどんなくなってゆくのも事実。
 滲む意識の中、皿の大事よりももっと気持ちよくなりたいと思う方が強く、大きくなっていく。

「…っぁ、っ…はっ…ぁ、あ、渚ぁっ…」

 洗い物をしていたはずなのに、いつの間にか腰を振り快楽を強請る僕はきっともう、彼なしでは生きていけないのではないだろうか。

「うーん…言いたいことは分かったんだけどさぁ~、僕、聞き分けのない犬以下だからぁ~君の願いを今すぐかなえる事は出来ないよねぇ~」
「っっ!!! いっ、いつまで引きずるんだよっ!」
「えぇ? それはまぁ…君が必死になって自分から僕のを咥えるくらいぐずぐずのトロトロになるまで?」
「バッ、ばか渚! どうして君はそう言う事ばかりっ」
「犬って言ったのは君だしー」
「あのねぇっ」
「はいはい。犬以下の僕は君の言葉なんて聞き入れませーん。いいから皿洗い。ほら、洗って」
「やっ! 渚っ」
「気にしないで、僕は僕の望むままに君を可愛がらせてもらうから」

 けっきょくそのままなし崩しに彼に弄られ遊ばれて、一時間後にはシンク台の縁に身を預けぐったりする羽目になった。そのままずるりと床の上、崩れ落ちかけるがその前に彼の腕に受け止められ支えられる。おっと危ないという彼の声に頬を膨らませる。
 誰の所為で。
 見下ろした先の足元は酷い有様。皿洗いをしていただけなのに、落ち着いたら掃除をしなければいけなくなってしまった。寂しいから構えと言うのなら余計な仕事を増やしてくれるなよ。
 でも、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕と、僕の首元に顔を埋めスンスンと匂いを嗅いでくる彼の嬉しげな笑い声が聞こえてしまって結局何も言えなくなってしまう。
 それに、何より、気付いてしまったことがある。

 皿がどうのこうのといった所で何の言い訳にもならなかった。
 流しに戻せばいいだけだった。それで終わる話だった。スポンジも皿もシンク内に置いてしまえば両手が空いた。彼を止める事は容易かった。
 結局、僕は最初から彼を望んでいたという事になるんだ。

 そしてそれを、彼も知っている。


2013/10

作品名:君と過ごす何気ない日常 作家名:とまる