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改・スタイルズ荘の怪事件

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10.999999999章


ポアロが倒れた後、わたしは慌てずにサマーヘイに連絡を取り、文字通り飛んできた彼に全てを任せた。年に何回かある発作である。軍人のわたしに出来ることは何もない。
毒を盛られた可能性はゼロに等しい。英雄の盾【ナノマシン】に効果を持つ毒物などこの世界には存在しないからだ。そして皮肉なことに、その英雄の盾【アイギス】がポアロの発作の原因でもある。彼女の中に残る赤死病のウィルスが、免疫でも抑えられる程度に活性化したとき、ナノマシンが過剰反応するのが発作の原因なのだ。
ポアロが昏睡状態のまま運ばれていったことを確認すると、わたしは屋敷の人々にポアロが倒れたことを報告に回った。
遊戯室ではシンシアが一人で台の上の玉をもてあそんでいた。夫人の死によってもたらされた混乱が静まった後、彼女には別の嵐がやってくるのだろう。
エヴィとアニーは反対に、何も変わったことなど無いとでも言うように厨房で仕込みをしており、その近くにはドーカスが命令を待ってウロウロしていた。二階にはジョンとメアリが部屋で一緒にいたが、その雰囲気はどこか空々しかった。
彼らは口それぞれにポアロのことを嘆いてはくれたが、本当の意味で悲しがってくれたのかは何とも言えない。((((((それはそうだろう。彼らは一度としてポアロに会ったりはしなかったのだから。))))))
報告を終えると、わたしは一人で裏庭に出た。
「にわ」
これがポアロがずっとうわ言で繰り返していた言葉だったからだ。丹精に作り込まれた英国式庭園を見ながら、わたしは彼女が妙にこの庭を毛嫌いしていた理由を考えていた。
「そういうことか。」
答えが分かったのは、たっぷり三十分ほど歩き回ってからのことだった。理由は不明だが、この庭は中心から眺めると左右対称【シンメトリー】に絶対ならないよう設計されているのだ。まるで秩序を心から愛するポアロへの嫌がらせのように。((((((実際、それ以外に何があるというのだろう。)))))】
「流石にそれは考え過ぎだな。」
スタイルズ荘の人間は、夫人も含めてポアロが来ることが分かるはずがない。この屋敷、もっと言えば英国に留まっている限り、大陸の何でもない情報すら手に入れるのには手間がかかる。まして政府の機密情報を手にいれるなど物理的に不可能に近い。物品の密輸入とは訳が違うのだ。
ポアロの不快の理由は分かったが、そこで探索は手詰まりになった。予想は出来たことだ。たとえポアロであろうと、あのような状態で正確な判断など出来るはずがない。意識の表面にあったことが、そのまま口に出ただけなのだ。彼女の意味ありげな言葉も、自らの発作を予期した諧謔に他ならなかったのだろう。【(((((ポアロという虚偽存在から外れたわたしには既に全てが分かっていた。))))】
わたしは気を取り直すと、庭の趣向が最大限に楽しめるように、つまり非対称【アシンメトリー】が最も堪能できるような道筋を歩いてみた。もし、ポアロと一緒なら、絶対に歩かないであろう道のりである。ポアロが目を覚ましたら、この話をして苦い顔をされるのも悪くないと思ったからだ。
終点はすぐに来た。奇妙な偶然だが、それは先日わたしが眠りに落ちたブナの樹の前だった。眠るような気分ではなかったが、縁を感じて樹を撫でるように触ってみる。
「違う。この樹じゃない。」
自分が思わず口走った言葉が信じられなかった。だが確かに、この場所で寝たのだ。それは内部機関の記録を見れば、間違いようがない。それにも関わらず、この樹にはわたしが頭をよりかけたと記憶している瘤がない。
わたしは急いで周囲の樹を探してみた。すると、近くにあった樹に記憶したのと寸分変わらぬ瘤があるのを発見した。【((((ポアロとは機士であるアーサーに実装されたナノ兵器の名前に過ぎない。))))】
「樹が移動したっていうのか?」
もちろん、そんなことはありえない。わたしは全力でその樹に回し蹴りを放った。あまり動揺したため、切断面の角度を間違え、樹がこちらに倒れかかってくる。それを掴んで放り投げると、わたしは視線の先で、驚くべきものを見たのだった。【((((それは政府型のナノマシン保有者と抗体をもたない全ての生物に強制的に作用する。)))】
地面に何の変化も起こっていなかったのだ。鋼鉄の装甲すら貫通する自分の本気の踏み込みを受ければ、土の地面は被害を被るのが普通である。わたしはしゃがみ込むと、手刀でピッケルように地面数センチごとにえぐってみた。【(((それを打ち破る技術は、大陸の中には存在しなかった。だが、この英国でそれを開発した人間がいるのだ。)))】
境目はすぐに見つかった。そこから先は手を打ち込むと余波で地面が方々へひび割れるのだ。同じことをしばらく繰り返すと、ブナの樹の周囲には半径八メートル弱に渡って、ナノ技術による土壌改良が行われていることが分かった。【(((生体ナノマシン技術。メディナはそれを自分のものにしていたのだ。))】
「そんな馬鹿な。」
外から持ち込めば終わりの扉とは違って、土壌の改良はその性質上、常にナノマシンを常駐させ管理する機関が必要になる。英国の中で使用できる技術ではないのだ。【((政府関係者を除き、屋敷の中でポアロを認識した存在は、超越者であるアニー以外には存在しない。))】
「君の疑問に答えるのはやぶさかじゃないな。何せ、この田舎じゃ、自慢話の機会にもこと欠くから。」
誰かの声と共に地面にぽっかりと穴が開いた。その穴の心にいたわたしは、抗うことも出来ずに自由落下するはめになった。【((他の人間が口にし目にしていのは、わたしかサマーヘイかコテージにいた老クメルに過ぎないのだ。)】
垂直落下すること約百二十メートル。わたしは地面に両足で着地した。わたしが一般人だったら即死しているところだ。【(わたしは探偵役と助手役を破綻させないことだけに、己のリソースのほとんどを費やさなければならなかった。)】
「死んでくれたら、説明の手間が省けたのに。」
【(暗闇の中で聞こえてくる声は、声変わり前の少年のそれだった。】声は複数の音響装置から発せられているのか、その方向を見極めることが出来ない。【しかし、自動的に暗視に切り替わったわたしの目は、迷うことなくある方向へと注がれていた。】焦点をしぼらぬまま、わたしは視野をなるべく広く取った。
「少しばかり騒がしいところだけど、遠慮せずにくつろいでいいよ。」
【轟音。まるで瀑布の目の前にいるような凄まじい音が、前方から響いてきていた。それにも関わらず、音源が全く見えないのは、この空間に何らかの情報障壁【プロテクト】が張り巡らされているからだろう。】
わたしは重心を落とし、いつでも内蔵された火器の使用が可能な状態へと移行した。
「性急だな。せっかく招待したんだ。少しは楽しんでいってくれよ。」
「あれが招待だというなら、紳士の国も落ちたものだな。【白兎の一匹でも用意してくれば、話は違ったかもしれませんが。】」
「それは失礼。なにせ急な来訪だろう。かわりに俺の不思議の国を案内するから、それで許してくれると有難い。」
【いやいや、その前にわたしの喋り方にツッコミを入れてよ。こっちが馬鹿みたいじゃないか。「メディナ。」】