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敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯

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暴動



『新たなニュースです』

テレビ画面の中でキャスターが告げた。古代は携帯食セットの中にあったガムをモグモグと噛みながら、ベッドの上に転がって足を投げ出し画面を見ていた。さっきから報道される内容は冗談としか思えない。

『〈ヤマト〉発進のために必要なワット数の電気を供給する件について、政府は今後八時間の大掛かりな計画停電を行うことを発表しました。これは日本のみならず世界規模で行われるもので、具体的には地下都市内のモノレール・路面電車などの運行停止、農場で栽培中の植物への太陽灯照射の停止、野球・サッカー場などの照明の停止、自動車充電スタンドなどへの電力供給の停止などがこれに当たります。これは市民生活への影響を考慮して順次行うものとされ、二時間から四時間かけて完了する予定です。帰宅困難が見込まれる方は、すぐ近くの交通機関をご利用ください。また、在宅中の方は、外出をお控えください。決してパニックを起こさないよう冷静な対応をお願いします――』

「な、なんで?」と言った。「なんで船たった一隻動かすのにそんな話になるわけなの……?」

ニュースで言ってる〈ヤマト〉ってえのおれが今いるコレなんだろ! イヤだ! こんなとこにいるのはイヤだ! おれをこっから出してくれえ! パニックを起こして叫び出したい気持ちもしたが、心は不思議に冷静だった。と言うより、ここまで来ると、ただアッケにとられるだけだ。

冷静な対応ねえ……どうなんだろうかな、と思う。ニュースの画面では早速真っ暗にさせられたらしい競輪場の観客が『バカ野郎ーっ!』と叫んでいた。

そんなのだけならいいのだろうが、暴動が……と思うと案の定始まっているようだった。怒り狂った群集が街にあふれ出している。食料を求める暴動ならば古代もニュースでよく見ていたが、今日のはやや違うようだ。

『宇宙戦艦だとーっ! まだそんなもの造ってるのかーっ!』『降伏すれば滅亡だけは免れるはずだーっ!』

反戦の集団だった。古代が地上で基礎訓練を受けてた頃にも、軍の施設を連日取り巻いていたものだが、今や完全に暴徒の群れと化してるようだ。

火炎瓶に投石。弓を引いてる者までいる。平和主義的なところなどもはやカケラも見出せない。俄か装甲車に仕立てたトラックで地球防衛軍司令部に突撃をかけようとしている。

軍も力で対抗する以外ない。テレビ画面の中に繰り広げられるのはまさに地獄の光景だった。

今からでも降伏すれば命だけは取られぬのでは――市民の中にそう考える者が出るのは当然のことではあった。政府を倒せばガミラスと交渉の余地が生まれるはずだ――扇動する者達は、そう叫んで衆を煽っているらしい。

たとえ奴隷になってでも生きるべきだと叫ぶ者達。だがようすを見る限り、もし命が助かっても次は奴隷を解放せよとガミラスに向かって叫びそうだった。ガミラスは地球人を奴隷にするため来たのではないかと考える者は多くいるが、大方の学者はこれを否定しているという。たとえば、ロボットのアナライザー。あれは人間の奴隷である。文句を言わずに(言うやつもいるが)よく働いて、メシを食わせなくていい。ガミラスにもロボット作れるだろうのに、なんでえらい苦労をかけて地球人を奴隷にしなきゃいけないのか。

降伏は無意味。ガミラスは地球人を絶滅させに太陽系に来たのであり、講和は有り得ないだろう――それが現実の推論だった。地球がどれだけ呼びかけて侵略の意図をたずねても、やつらは決して答えない。ただ降伏か滅亡か、どちらかだけを選べと告げて、降伏すればどんな処遇が待つのかの説明さえしないのだ。

これはかつて地球において異教徒や異民族を滅ぼそうと本気でやった者達と同じだ――歴史学者らはそう言った。ガミラスはホロコーストをやりに来たのだと。

その考えを認めぬ者らが、いま津波となっている。火炎瓶が割れて炎が燃え広がり、催涙弾の煙が上がる。銃の発砲らしき光も画面に見えた。

『ここであらためまして再び、〈ヤマト計画〉について説明させていただきます』

とキャスター。〈再び〉どころかもう何回もされてる話がまた始まるようだった。

『政府の発表によりますと、防衛軍では波動エンジンの搭載を想定した宇宙軍艦の建造を数年前より極秘に進めていたとのことです。同サイズのガミラス艦にも勝ち得るものを目指して開発していたものが完成を見たとのことで、名称〈ヤマト〉を与えたうえでただちに発進させる決定が下りました。もはや一刻の猶予もならない地球の現状を打開すべく、起死回生の決意のもとにこの計画に臨むとのことです』

「はあ……」と古代は言った。「そうですか」

『そうです。なお、船に搭載される波動エンジンの開発には、外宇宙のある星からの技術供与がなされたとのことです。その星にガミラスの累が及ぶおそれもあるため、ここでその位置などを明かすことはできませんが、仮の名称を〈イスカンダル〉――これは古代インドにおいて〈アレキサンダー大王〉を指す言葉で、つまり〈天竺(てんじく)を目指す〉という意味合いだそうですが、計画では〈ヤマト〉をそのイスカンダルに旅立たせることになります。かさねて申し上げますが、ここでそのイスカンダルの位置座標や地球からの距離といった情報を明かすことはできません。しかし〈ヤマト〉には光の速さを超えて宇宙を航行する能力があり、それを用いれば一年以内に往復できる距離にある、とだけ説明されています。計画では九ヶ月での帰還を目指すとのことです。イスカンダルには放射能を除去するなんらかの装置があるとのことで、仮にこれを〈コスモクリーナー〉と呼びますが、これを持ち帰ることができればいま我々の生存を脅かしている地下都市内の生活・農業用水などをただちに浄化、同時に地表のあらゆる放射性物質を数年間で無害にできるとのことです。その原理や詳細はまだ不明だそうですが、いずれにしてもこれが人類が生き延びる最後のチャンスであるならば選択の余地はないものと政府は声明を発しました。〈ヤマト〉はじき発進の秒読み段階に入ります』

チクタク、チクタク……同じ話を何度聞いてもまるきり理解できなかった。これ、悪い冗談だよねえ。そうだよねえ。しかしなんだか、部屋がブルブル震え出してきたようだ。〈イスカンダル〉? 〈コスモクリーナー〉? おれ、夢でも見てるんちゃうか。夢ってなんかさ、見てる間は変にリアルに思えたりするよな。後から思い出してみると、支離滅裂なものなのに。

『波動エンジンの始動には莫大な外部電力が必要です。市民の皆様、どうか冷静にこの事態を受け入れるよう……』

うーん、と思った。やっぱりこれがいちばんよくわからないな。なんでそんなにたくさん電気が要るんだろう。