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氷花の指輪

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5.心の花



あの逃走の夜。そして契約の夜。

元老院の地下牢では、
女王側のスパイの疑いをかけられた娘に逃げられたことで騒然としていたが、
その娘が自ら戻ってきたというので、より一層、不穏な雰囲気に包まれていた。

「お前、なぜ戻ってきた?」

娘の処分を任されていた大公の一人は、少し安堵していた。
これで、この娘を殺してしまえば、脱走された不手際などどうとでもなる。

――― それにしても、この娘のこの目が気に入らない…。

もともと黒妖精は容姿端麗な者たちばかりだが、
この娘も相当整った顔立ちをしている。
だが、心を見透かし、強い呪いをかけてこようとするこの目に
自身が蔑まれているような感覚を覚え、憤りを感じた。

「わ、私はローグではありません!
 姉はローグでしたが…先日…死にました…。
 私は死霊術師になりたいです!
 この間の不思議な力は、まだ同じように使うことはできませんが、
 …っ使えるようになれば、きっとお役にたてると思います!」

「はっ!?馬鹿なことを言う。これだから子供は好かん。
 苦し紛れの命乞いも、ここまで潔いと笑えるがな。」

床に跪かされてなお、屈せずこちらをじっと見据えるあの目…。

「奇跡は二度は起きん。
 ローグに育てられたお前に、我々の尊き術が使えるようになるわけがない。
 愚弄するな!
 一度でも、かのバラクル殿下をその汚らわしい身に降ろしたことを
 至上の幸福と心得よ!」

大公の錫杖が、少女の身体すれすれのところを通り
甲高い音を立てて床に打ち下ろされる。
それでも、少女は身じろぎはおろか、瞬きさえしなかった。

「……信じて、もらえないかもしれませんが、
 先ほど、ひとつの霊魂と契約をしました…。
 とても高貴で強く優しい霊魂です…。
 見ていただければ分かると思います。
 私は、彼と一緒に生きるため死霊術師としての訓練が受けたいです!」

「薄汚い盗人の霊魂を見るなど、吐き気がするわ。」

そう大公が言い終わらないうちに、
その場にいた何人かの死霊術師たちが、驚愕と感嘆の悲鳴を上げた。

「ひいっ!……なんだこれは!」

「……太陽か…いや花だ…巨大なつぼみだ…。なんと美しい…。」

「中心部の霊魂のなんと神々しくも禍々しい力か!」

あまりに周りの反応がおかしいので、大公も思わずそれを見てしまった。

太陽のフレアを思わせる灼熱の奔流、
その中心には小さな紫紺の宝石が、目がくらむほどの光を放つ
そして、その熱情を優しくしっかりと包み込む、幾重にも重なる薄氷の花びら。
光と熱に侵されながらも決して溶けることのない抱擁。
そして、どんな外敵の介入も許さない極寒の要塞。

「あり…えん……。なんだこの霊魂は………。
 二つが一つになって、この形を作っているのか。
 おい、娘!お前は一体何者の霊魂を取り入れた!?」

「蜘蛛王国の王子、ニコラスです……。」

滅亡した古代蜘蛛王国の王子…。
その霊魂がまだ彷徨っているといううわさはあったが、
さすがに風化しているだろうと思っていた。

こんなに、まだこんなにも熱がある。
深い後悔と深い悲しみと、生への熱情がある!
震えた。武者震いだ。
これが欲しい。この力が欲しい!
この力があれば、大公の一人に収まっている必要もない!

そしてこの娘の底知れぬ力も捨てがたい。
特別な訓練なく、高位霊の霊魂を取り込める力。
取り込んだ霊魂に合わせて形状を変える特殊な霊魂。
最高峰の力を労せず降霊せしめた潜在能力。
……きっと何かあるはずだ。

「ふっ!ふはははは!
 長老に報告せよ!
 我はこの娘の中に眠る高位霊の奪取とバラクル殿下降霊の秘密を調べる!
 女王の諜報部隊には死んで消滅したと伝えよ!」

娘の顔がここでやっと歪む。
いい顔をするではないか!

錫杖で小さな体を何度も打ち据える。

「よいか!まずはお前を徹底的に壊してやる。
 死霊術の訓練だと思って、死の一歩手前で耐えてみせよ!」

作品名:氷花の指輪 作家名:sarasa