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氷花の指輪

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9.後悔の指針



街に吹く風が、少しずつ冷たくなってきて、
季節の変わり目を感じさせる。
…とはいっても、身体を持たない自分には感じられないのだがな。

(おや、王子は?)

「ニコラスなら、ちょっと買い出しに行くって言ってたよ。
 付き合うって言ったんだけど、休んでてくださいって言われちゃった。」

ニコラスって、心配性というか過保護だよねなどと頬を膨らませてるが、
彼のその判断は妥当だと思う。
ニコラスの目には、彼女がかなり調子悪そうに映っているはずだ。

追手も途絶え、ゆっくり休めるようになったはずだし、
最近は、右手首の治療のために、修練もしていないのだから
普通に考えて、溜まっていた疲労も回復して元気になるだろうが、
反対に、日に日にアリスの顔色は悪くなり、
だるそうにしている時間も増えてきているのだから、
ニコラスも心配するはずだ。
さらに不調を隠すように、逆に明るくはしゃいでいる姿が痛ましい。

まあ、不調の理由を知ってしまったら、
ニコラスはもっと心配したり、罪悪感を感じたりするかもしれないから
アリスは絶対に、その理由を話さないのだろうな……。

彼女の周りをくるくると漂い、
左の肩の上あたりに留まる。ここが定位置と決めている。
彼女の頭より小さい、濃い青色に光る霊魂の姿。

「休んでてと言われたけれど…。
 バラクル。後でちょっと憑依してもらっていいかな?
 新しい短剣を試したくて、うずうずしてたの。
 手首も大分休ませたから、リハビリがてらに、ね。」

彼女の手には、青く冷やかに輝く美しい短剣があった。

(ほう。それが新しい短剣かね。レアものだな。銘は?)

「『氷棘』よ。次に行くことになる雪山マップ、
 北の憩いの場・諦念の氷壁というところにいる
 氷牙と呼ばれる特別なアイスタイガーから得られるらしいわ。
 ちょっと無理言って譲ってもらったの。
 まだ、レベルも足りてないけど、気合で装備する!」

(……お前にぴったりじゃないか。良く似合ってる。)

まるで氷柱から切り出したような鋭さと透明感を持つそれは、
彼女の氷のような霊魂と、対になるかのように輝く。

「ニコラスも同じこと言ったよ。とてもお似合いです。って。
 女性に対して武器がお似合いですって言うのも…って、
 すごく気にしてたけどね。
 一日中一緒に歩いて、一緒に探して、一緒に選んで…。
 それだけで、どんなものでも嬉しいのにね。」

本当に嬉しそうに、その短剣を胸に抱く彼女。

(王子を、愛しているんだな……。)

「うん……。」

(まあ、それは5年前から知っているけどな。)

「……そうだね。」

彼女は、少しさびしそうに微笑んだ。

---

彼女との出会いは、5年前。
悪夢の演出のひとつかのように大きな赤い月が、妖しげに輝く夜だった。

小さな小さな娘が爆発させた、大きな大きな絶望の渦に
抗いようもなく惹きつけられ、興味本位で彼女の元へ降りた。

降霊した瞬間、圧倒的な霊力と絶対的な支配力に呑み込まれた。
ほんの小さな娘に、精神も力も何もかも奪われる凄絶な被虐感。
同時に彼女の感情の全てが流れ込む。
……初めて感じる快感、だった。

気付いた時には、全てがどうしようもなく終わっていた。
周囲に存在した、彼女以外のものが何もかも無となっていた。
自分が今まで経験した何よりも、徹底的な虐殺、だった。

彼女はその光景を見るや、すぐに気を失ってしまった。
彼女の手の中には小さな指輪だけが残っていた。

この娘を、自分のマスターに迎えたいと考えたが、
すぐに『不可能』だと分かった。
驚くことにこの娘は死霊術師ではなかったのだ。
死霊術師でなければ、霊魂を受け入れる契約は『できない』からだ。

惜しいと思った。
この娘ならば、成長次第で、死霊術師の頂点に立つことだってできよう。
全ての死霊が彼女の支配に酔いしれ、全ての死霊術師が彼女の前にひれ伏すだろう。
だが、それを彼女自身が望まぬならば、
過ぎた力は、彼女自身を壊し、滅ぼすだろう。

生かす、という選択肢もあった。もっとも王らしい選択。
殺す、という選択肢もあった。もっとも黒妖精らしい選択。
……そして、今やただの死霊である自分は、結局どちらも選ばなかった。

彼女の髪をほんの一房切り取り、小さな二本の針に変える。
一本は彼女の透き通った水面のような霊魂に溶かし、
もう一本は自分の霊魂に刺す。
二人の間の擬似的なパスを作る。これは証だ。これは絆だ。
たった一夜の、奇跡のような、悲劇のような出会いの…。

何も選ばない死霊の自分が、死霊術師でもない彼女にしてやれることは
彼女の行く末を祈ることだけだった。
たった一人の身寄りも失い、絶望に堕ちた彼女を
父親のように見守ることだけだった……。

---

決闘場を一部屋借りて、試し斬りをすることにした。
決闘場は、いろいろなエリアから直接行ける特殊空間にある。
ここでは、冒険者同士が己の強さを示すために日夜戦い、優劣を競っている。
流石に追われる身で、その中に加わるわけにはいかないので、練習部屋を借りた。

肩に乗っている霊魂の姿ではなく、
降霊憑依を済ませ、彼女の背後からその憑依体を重ねる。

「重量とか手ごたえは前のナイフとほとんど変わらないんだけど、
 攻撃属性と追加ダメージが水属性だから、
 ちょっと気を付けた方がいい場面もありそうね。」

「いっそ、水属性強化のアクセサリーを用意するのもいいな…。
 あ、だめだ、お前、普段はワンドで戦うんだろう?」

「うーん…。そうだね。
 ワンドの方が、バラクルもニコラスも安定して戦えるだろうしね。
 そうなると、闇属性の強化がしたいなー。」

手首はもう完治したようで一安心だ。
今日は体調も思ったより悪くなさそうだ。

決闘場の壁にもたれ、床に足を投げ出して座る。
ジャケットを脱ぎ、シャツの前を少し開け、熱を逃がす。
タオルで汗を拭きながら、膝の上の短剣を愛おしそうになでる。
その冷たい感触、そして温かい感情が伝わってくる。

「短剣の腕も大分上がったじゃないか。お姉さんもきっと喜ぶ。」

彼女は、死霊術師になった今も、ローグだった姉を追いかけている。
決して追いつけない幻影を…。自分が消した魂を…。

「そうかな?そうだといいな……。
 でも、ニコラスに負けているようじゃ、まだまだだと思うけどね。」

彼女は照れくさそうに前髪をいじった。
作品名:氷花の指輪 作家名:sarasa