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二年目八月下旬 パンパシフィック選手権 三日目



パンパシフィック選手権三日目に行われる試合の中には、男子バタフライ100メートルもある。
予選には、凛を含めて十人の日本代表選手が出場し、うち四人が予選を突破した。
四人のうちふたりがB決勝、凛ともうひとりがA決勝に進出することになった。



遙は会場内の廊下を歩いていた。
やがて、探していた相手を見つけた。
凛がこちらに向かって歩いてくる。無表情だ。端正な顔立ちをしているせいか、キツい印象を与える。
近づいたので、おたがい、足を止めた。
遙はじっと凛を見る。凛は黙ったままだ。
緊張しているのだろうか。
今は、予選と決勝のあいだの時間だ。
決勝に進出する選手は、コーチやトレーナーやドクターのケアを受け、クールダウンしたり、食事を取ったりする。
決勝は夜に行われるので、待ち時間は妙な長さだ。
凛は予選を六位のタイムで通過した。男子バタフライ100メートルは、男子フリー100メートルと同様、日本人選手が強いと言えない種目だ。だから、予選六位はなかなか良い成績だろう。しかし、そのままだとメダルは獲れないし、決勝で順位を落とす可能性もある。
この状況で、今の凛の精神状態はどうなのだろうか。
遙は凛に呼び出されたのだ。
会いたい、と。
「……ここに来るまで結構大変だった」
凛がなにも喋らないので、遙は自分から話すことにした。
「いろんなひとから話しかけられたんだが、英語だから、なにを言われてるのかわからなかった」
「おまえ、ゴールドメダリストだからな」
やっと凛が喋った。軽く笑う。
「ってか、それじゃ、やっぱり困るだろ。英語、勉強しろよ」
しまった、と遙は思った。
あたりさわりのない話題が、とっさに、これしか頭に浮かばなかったのだが、イヤな方向に話が流れてしまった。
遙は凛から眼をそらす。
「ハル」
さっきまでより少し強い調子で名前を呼ばれた。
だから。
「……わかった」
渋々、返事した。
凛がそばにいてくれればなんの問題もない。だが、凛がいないと困ったことになる。英語を覚える必要性を感じていた。できれば、それを無視していたかったが。
「お、やっとその気になったか」
そう言った凛の声は明るかった。
遙は凛のほうに眼をやる。
凛の表情は明るい。遙がやっと英語の勉強をする気になったのが、よほど嬉しいらしい。
「じゃあ、俺が教えてやる」
「それはいらない」
「なんでだよ!?」
「……おまえに教わるのは、なんだか、ムカつく」
「はあ!?」
そう声をあげたあと、凛は手を少し長めの髪にやった。無造作に髪をすいた。
なにか考えているらしい。
少しして、凛は手をおろし、遙を見た。
「じゃあ、俺はおまえから魚料理を教わる。その代わりに、俺はおまえに英語を教えるってので、どうだ?」
凛に魚料理を教える。
遙の瞳が強く光った。
「それならいい。おまえは漁師の息子なのに魚をおろせないのはいかがなものかと思ってたんだ」
「いかがなものかって、おまえ、政治家かよ。ってか、魚おろせなくても、切り身で売ってるだろ」
「おまえは肉料理ばかり作る。栄養バランスが良くない」
「魚料理ってか、サバ料理ばっかり作るおまえに言われたくねーよ」
東京ではふたり暮らししていて、料理はきっちりと当番を決めているわけではないが、どちらかの負担が大きすぎるということがない割合で担当している。
だから、ふたりの作る料理に偏りがあるのは、おたがい相手が肉料理もしくは魚料理ばかり作るという認識があるため、その反対の料理を作ろうとすることもある。
「まあ、いい」
凛は軽くため息をついた。
そして、びしっと告げる。
「おまえは俺から英語を教わる。それで決まりだからな」
「おまえは俺から魚料理を教わるんだぞ」
「わかってる」
そう言うと、凛はうつむき、少し笑った。
さっきこちらに向かってきたときとは違って、表情がやわらいでいる。遙は顔には出さずにほっとする。
凛は顔をあげ、ふたたび遙を見た。
「じゃあ、もどる」
「ああ」
遙はうなずく。
凛の気分がほぐれたのなら、いい。
踵を返す。
だが。
近づいてくる気配。
次の瞬間には、腕をつかまれていた。
えっ、と思って、そちらのほうを向く。
凛が無表情で遙の腕を引っ張って歩く。遙のほうを向かず、早足で進んでいく。
「凛?」
呼びかけたが、凛は返事しない。まえを向いて歩き続ける。
遙は困惑しつつも、凛に腕を引っ張られ、それに合わせて歩いて行く。
やがて、廊下を曲がった。
あたりにひとのいない場所へ来た。
ふいに、遙は壁に押しつけられた。
背中を打ち、遙は少し顔をゆがめた。
それから、凛を見た。
表情の無い端正な顔がすぐそばにあった。
凛がなにをするつもりなのか、わかった。
でも、遙は止めない。
まぶたを閉じ、受け止める。
口づけられる。
荒々しい。
求められる、深く、むさぼるようなキス。
舌が口内に入ってきて、遙は自分のそれを返した。
身体に火がついたみたいになっている。
マズいなと思う。
こんな場所で反応してはいけないところが反応してしまいそうだ。我を忘れてしまうまえに、熱を散らしてしまいたい。
それを察したのか、あるいは凛も同じなのか、キスをやめた。
だが、今度は遙を引き寄せ、腕に抱く。
そして。
「……悪ィ」
ぼそっと言った。
遙は凛に抱かれて、まだ興奮が冷めきらずにいた。
それをどうにか沈めようとしつつ、できるだけ冷静な声を作って言う。
「謝るな。悪いことをされた気分になる」
すると、凛が抱きしめてきた。
凛は頭がいいし、行動力もある。もちろん、運動神経もいい。恵まれすぎていると言っていいぐらいだ。
しかし、メンタル面に不安がある。
精神の揺れが泳ぎに直結してしまうのだ。
高校三年生の地方大会で、遙は凛に怒りをぶつけた。拒絶するようなことを言った。
そのあと、凛は男子バタフライ100メートルに出場した。その泳ぎは精彩を欠き、全国大会進出を逃した。県大会では総合でトップに立った種目だったのに。
あのときの自分は将来のことで悩み、悪夢まで見るぐらいだった。だから、どうしようもなかったとはいえ、遙は後悔している。あれは、八つ当たりに近かった。それで凛の調子を崩してしまった。
「凛」
呼びかけ、続ける。
「ひとりで泳いでいると思うな」
男子バタフライ100メートルに遙は出場しない。
それでも。
「俺も一緒にいる」
遙は強い口調で言う。
「俺とおまえは一緒に世界に挑んでいるんだ」
そして、腕をあげ、凛の背中へとまわした。
日々努力して鍛えた身体を、優しく抱いた。





作品名:For the future ! 作家名:hujio