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二年目九月初旬〜中旬 静岡でアジア大会事前合宿



一日目
予定通り、国立スポーツ科学センターを朝八時に出発し、静岡に到着。国立スポーツ科学センターから出発しなかった選手も現地で合流した。
宿泊先は旅館。
凛と遙は九人部屋で同室となった。



二日目〜五日目
静岡県立水泳場での練習が一般公開された。
日本代表に選ばれた選手たちの泳ぎに圧倒される観客も多かった。
その中で、凛と遙に向けて放たれる熱い視線や声は少し違った種類のもので、特に凛に対するものは熱が高かった。
パンパシフィック選手権が開催されたオーストラリアから帰国したあとの空港での出迎えやテレビ出演したスタジオでも似たような経験はしたが、この合宿中に熱狂的と言っていいほどの歓声を浴びたり写真撮影を求められたりする凛と一緒に行動していて、あらためて遙は自分たちのまわりが変わってきているのを実感した。
妙な気がした。
だが、凛はもう慣れているようで平然と対応していた。



五日目
報道陣に静岡合宿を公開。
各選手のエントリーも発表された。
パンパシフィック選手権では、男子フリー100メートルは十一名、男子バタフライ100メートルは十名の日本代表選手が出場したが、アジア大会の個人種目は各種目出場できるのは二名だけである。
遙は男子フリー100メートルとメドレーリレー、凛は男子フリー100メートルと男子バタフライ100メートルとメドレーリレーにエントリーした。
ただし、メドレーリレーに出場するかどうかはアジア大会中の記録によって決まるので、現時点では未確定だ。
夜。
夕食などを終えて自由時間となり、遙は外にいた。
宿泊先のこの旅館は静岡県立水泳場からは車で十五分ほどの距離で、山あいにある。
木々に囲まれ、静かだ。
遙は夜空を見あげている。
「……星、綺麗に見えるな」
隣にだれかが立って、話しかけてきた。その声は凛だ。
無言のまま遙は眼を凛へと向けた。
凛は遙を見て問いかけてくる。
「岩鳶に帰りたくなったか?」
今、頭上にあるのは、大学生になってから暮らしている東京では見られない空。空気が澄んでいて、たくさんの星が綺麗に見える。まるで故郷の夜空のようだ。
「……別に」
遙は感情のこもらない声で返事すると、また空を見あげた。
しかし、星を見たいわけではない。
遙は黙っていた。凛も黙っている。
そんなふうにしばらく静かな時間が続き、そして、遙が顔を空へと向けたまま話し始めた。
「今日、取材を受けたな」
「ああ」
「俺は二年後のオリンピックについて聞かれた」
初めて出場した国際大会であるパンパシフィック選手権で遙は金メダルを獲得した。だから、二年後のオリンピックでも金メダルを穫ることを期待されていて、それについてどう思うかを記者から聞かれた。
高校三年の夏に凛につれられて行ったオーストラリアで、国際大会の舞台となるプールで泳ぎたいと思った。世界の舞台で泳ぐことを夢とした。
二年後のオリンピックという言葉が取材陣から出たとき、遙の頭には泳いだことのない会場のプールがおぼろげながら浮かんできた。
しかし、続けて金メダルと言われて、遙は一瞬言葉を失った状態になった。
頭に浮かんでいたオリンピックの会場のプールの幻と、金メダルが結びつかなかった。
結局、あのとき、遙は今は眼のまえのアジア大会に集中したいですとだけ答えた。
取材が終わってからも腑に落ちないような気分がうっすらと残っていて、だから、ひとり外に出て夜空を見あげていた。
「俺もオリンピックについて聞かれた」
凛は言う。
「オリンピックに出場すんのは、ちっせえころからの夢だ」
オリンピックの選手になる。それは亡くなった凛の父親の夢であり、それを凛は引き継ぎ、自分の夢としている。そして、凛はそれを堂々と公言している。
「まだ先の話にはなるけどな、出場することを目指して努力は惜しまないし、出場したら一番いい色のメダルを穫りたいって答えておいた」
凛の声は力強く、熱を帯びていた。
努力は惜しまない。そうだ。本当に、凛は、そのとおりだ。
そのひたむきな想いが、熱が、遙の胸に伝わってくる。
ふと。
思い出す。
水は生きている。ひとたび飛びこめば、たちまちソイツは牙をむき襲いかかってくる。
だが、あらがわずに姿勢を整えていけば、水は凪いでいく。その姿勢から、水面に指先を突き立てて切れ目を作り出し、身体を滑り込ませていく。
泳いでいるときの感覚だ。
想像の中で、遙は世界の大舞台で泳いでいた。
自分の目指すものはこれだ。
急に雲が晴れたように感じた。
やっと気分がすっきりした。
「俺さ」
ついさっきよりは少し落ち着いた声で凛は話す。
「連戦なのは大変だが、いろんな国際大会に出られるのは嬉しいし、ワクワクする。大会に出るためにいろんな国に行くのが楽しい。まあ、プレッシャーがあったりはするんだけどな。だから、おまえが一緒にいてくれて助かってる。もっといろんなところに、おまえと一緒に行きたいって思ってる」
ひと呼吸置いてから、凛は続ける。
「オリンピック、一緒に出場しような」
ああ、と遙は返事しようとして、やめた。
遙は凛のほうを向き、別のことを口にする。
「出場しようと言って出場できるものじゃないだろう」
この台詞のほうが自分らしいと思った。
凛は苦々しい表情になった。
「んなことぐらいわかってるよ。一緒に出場できるよう努力する。これならいいだろ?」
「ああ」
胸のうちでは少し笑いつつも無表情で遙はうなずいた。
それから、踵を返し、凛と一緒に旅館の建物のほうへもどっていく。



七日目
アジア大会日本代表選手団の結団式が行われる。



八日目
選手団の本隊が、羽田空港で出発式をし、アジア大会が行われる仁川入りする。



九日目
静岡合宿、終了。
東京に一泊し、明日には仁川へと旅立つ。










作品名:For the future ! 作家名:hujio