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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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不信



『以上だ。諸君。共に戦えることを誇りに思う』

スピーカーの音声がそう告げて止む。だが通路にはその余韻が消えず残っているようだった。古代はまるで寺の鐘に身を揺すぶられる気分だった。古代の近くで古代と同じに立ち止まり沖田の声に耳を傾けていた者達が、拳を握って頷き合っている。多くは緑や黄色コードの航海要員に生活要員だ。しかし今は赤や青のクルーを支えるべく忙しく働いているらしい。

彼らはみな、自分達の艦長の言葉に心を奮わせているのだとわかる。けれど、古代の頭を駆け巡る思いはまったく違っていた。いま聞こえたあの声が〈メ号作戦〉の提督の声? 最後に兄貴が聞いた声? いま最後になんて言った? 共に戦えることを誇りに思う。そう言ったのか。よくもそんな――。

何を言うんだ。おれの兄貴を死なせておいて、自分だけが生きてるくせに――そんな思いに身が震えていたのだった。いま自分のまわりにいる者達を見る。兄だけじゃない。〈ゆきかぜ〉にはいまこの船にいるように多くのクルーが乗ってたろうに――そして旗艦の〈きりしま〉にもだ。だが〈ゆきかぜ〉に乗る者は死に、〈きりしま〉の乗員は助かった。沖田が戻り兄貴が敵に突っ込んだから――あの白ヒゲはそれをなんとも思ってないのか? だから今ああやっていい気なことが言えるのか?

いや――と思う。おれ自身が今日の今日まで〈メ号作戦〉の最後の二隻の話を聞いてもなんとも感じずに、むしろそういうもんだろうと思ってさえいたけれども、しかしまさか。最後に敵に突っ込んでいったミサイル艦の艦長が兄貴?

タイタンで見た〈ゆきかぜ〉。あれがそうだったとは。〈メ号作戦〉の最後の二隻――その話をこの一年間、人があれこれどうのこうのと言い合ってたのは知っている。だが古代は議論に加わることなしにずっと横目に通り過ぎてた。〈がんもどき〉の操縦席まで押しかけてくる者はなく、アナライザーに『ドウニカシタイト思ワナイノカ』と言われるたびに『ここでお前とタラレバを話してどうなるもんじゃない』と返してそれで済ませていた。

そうだ。おれがタラレバを言ったところで始まらない――ずっとそういう考えでいた。地球はおれの兄貴みたいな立派な人間が護ればいい。〈メ号作戦〉の失敗で人類存続は絶望的。そうと聞いてもああおれも行って戦って死にたかったなんてまったく思わなかった。むしろそんなことを言う者達をバカだとさえ思って見ていた。

この一年間、火星へ行けば徹底抗戦を唱える者らが、生きて戻った提督を臆病者と呼ぶ声がした。なぜあいつも行かなかった。旗艦の火力を以てすれば、最後のミサイル突撃艦を護り抜けたかもしれんだろうに。それをどうしてオメオメと、と。

だが弁護の声もした。たとえ作戦に失敗しても一隻は戦闘で得たデータを持って帰還せよとの計画だったと言うではないか。旗艦はその任を負っていたのだ。提督はむしろ責任を果たしたのだ、と。冥王星には必ず罠が張られていて、二隻ばかりで行ったところで基地を叩けたとは考えられぬ。あれは撤退で正しかった――。

何をバカな、と抗戦派。それならそれで、どうしてミサイル艦だけ行かす。データを持って戻るがための退却ならば、その最後の僚艦は護衛にするのがスジだろうが。なのに提督はそいつを行かせた。千にひとつであろうと敵の基地を叩き潰せる見込みがあればそれに賭けよと言ったのだろうが。だが戦艦が共に行けば、その確率を百分の一か、十分の一に高められたかもしれんのだぞ。

だから旗艦はミサイル艦と共に突撃するべきであったと言っているのだ! 徹底抗戦を叫ぶ者らはこの一年間そう言ってきた。〈メ号作戦〉、あれだけが最後の望みだったのだぞ。あの作戦に敗れた日こそが我ら人類の滅亡の日なのだ。女が子を産めなくなるまで一年ある二年あるなどという話に意味はない。

もう人類は滅んでしまった。あの提督が敗けたからだ。なのにオメオメと戻りおって……データを持って戻ったからなんだと言うのだ。それが役に立つほどのものか。その状況で旗艦がすべきは最後まで僚(とも)を護って一隻でも敵を道連れにすることだった! なのにひとり戻った来た提督は腹を切るべきなのだ!

火星では〈火星人〉達がそう吠えていた。古代は基地で人の話に適当に相槌を打ちながら、しかしたった二隻で行ってもどうせ基地を落とせはしなかったろう、提督を責めたところで仕方あるまいと考えていた。〈火星人〉らは現実から眼を背けているのだと。だが――とも思う。最後に残った二隻のうち、ミサイル艦だけ突撃し、旗艦だけが戻ってくる。その点には確かに妙な印象も持った。

普通に考えたならそのとき、選択はふたつのうちひとつのはずだ。二隻で行くか二隻で戻るか。ミサイル艦を旗艦が護れば勝てる率も少しは上がる。戻る場合はミサイル艦が逆に旗艦を護る形で、やはり生還の見込みが増す。いくら火力に差があっても、逃げる旗艦を敵が追う気になっていれば途中で殺られていたはずなのだ。

なのにどうやら、旗艦一隻引き返してミサイル艦だけ進んでいったものらしい。それは変だ。確かにおかしい。そんな話は理屈に合わない。この点を人はあれこれ言い合って、なぜそうなったと提督に問う。だが提督は、『戦場は物事が思い通りに行く場ではない』と言うばかり。散った最後の僚艦については、『あれは立派な最期だった』のひとことだとか。

この態度を『無責任だ』と人は言う。そんな言葉で納得できるか。作戦前には〈メ号作戦〉こそが最後の望みの綱で、だから必ず勝って戻ると言いながら……そしてあれこれと憶測を飛ばす。残った最後のミサイル艦に『お前も行け』と言ったのだろう、『ワシは帰るがお前行け』と……いやいやどうかな、ミサイル艦は実は敵に投降していて、その艦長は生きて宇宙人の女とよろしくやっていたりして……あるいは、特務艦長にそんな腑抜けがいるわけがない、きっと彼は退く提督を助けるために自(みずか)ら盾となったのだ、とか……。

そんな談義をこの一年間、古代はずっと聞かされていた。けれどもずっと聞き流してもいたのだった。どれもがみんなバカバカしくてまともに聞く気がしなかった。

そして思った。冥王星には必ず罠があると見て旗艦は引き返すけど、僚艦には特攻を命じる――事実がもしそうだったなら愚かとしか言いようがないが、戦場なんて確かに事がそんなふうに運んでしまうものかもしれない、と。たとえガミラスを倒せたとしても、放射能の問題は残る。勝ったところで最後のひとりが死ぬまでの日を伸ばすだけのことならば、なんの意味があると言うのか。言ったところでしょうがない話をしてもしょうがない。

そんなのはすべて不毛な議論だと。そう思っていた。これまでは――しかしその最後の船が〈ゆきかぜ〉で、兄を死なせた男の船に自分が乗ったのだと知ると。

どういうことだよ。そう思わずにいられなかった。あの白ヒゲが〈メ号作戦〉の提督だと? 罠があるから無理と考え引き返したと言った男が、今度はどんな罠があろうと無理を押して敵に向かうだと?