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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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宇宙海賊キャプテンハーロック



「兄さん、これ。母さんが」古代は言った。「巻き寿司だって」

「おお、サンキュー」

言って兄は、差し出した包みを受け取った。古代進と守の母は、何かにつけてよく巻き寿司をこしらえた。家の近くに海苔漁家の直売所があり、天日干(てんぴぼ)しのいい海苔が安く手に入るのだ。海苔の草を海で育てて収穫し、四角くしたのを束ねて売っているわけである。あまり量は作れないため古代の住む町近辺でだけ消費され、外にほとんど出ることはない。その海苔で母が作る巻き寿司に幼い頃から慣れたふたりには、店で買う海苔巻きなどとても食えたものではなかった。古代の母の巻き寿司は三浦の海の香りがする巻き寿司なのだ。

「こればっかりは母さんのじゃないとな」

と兄の守は言って、古代が渡した包みを大事そうにカバンに入れた。

これがふたりの母親が息子に作った最後の巻き寿司になった。この日、三浦に遊星が落ちる。だが誰ひとり、そんなことを知る由もなかった。

ガミラスの遊星は地球の大気に飛び込む寸前、赤く光りながら進路を変える。今はデタラメに落ちているが、そのうち狙った場所へ正しく向きを変えるようになるかもと、学者などは言っていた。遊星がどこに落ちるか予測することはできないのだ。

ゆえに一部の反戦論者は、『彼らは地球人類に警告してるだけなのだ』などと叫んでいた。彼らは狙いがつけられないのではありません。人のいない海や砂漠を狙って落としているのです。今のうちに武器を捨て、ガミラスさんに降伏しましょう。彼らはいい異星人だから、平和のために石を投げつけているのです。

「あんなやつらをほっといたら、いつかひどいことになるぞ」

この日、兄は大根畑の向こうから聞こえてくる街宣車の叫び声に顔をしかめて古代に言った。久しぶりの休みをもらい家に帰っていたのだった。

地球防衛軍の基地も連日、狂信的な団体に巻かれて『降伏降伏』と合唱されていると言うが、それは三浦の漁師町でも同じことだ。後に〈おっぱいヒトラー〉と呼ばれるこのときには俳優だった原口祐太郎の街宣車が――萌え美少女の画(え)がデカデカと描かれている〈痛車〉だが――『原口祐太郎は責任を取る男です! ワタシ達のこの日常がいつまでも続く夢を叶えます! さて世界情勢は――』などと流して進む声が町じゅうに、いやおそらくは半島じゅうに響いていた。ひょっとすると海を越えて伊豆半島まで届いているかもしれない。

兄は言った。「ったく、なんてうるせーやつらだ」

「あのさ、兄さん」古代は言った。「今日、途中まで一緒に行っていいかな」

「途中? って、横浜までか?」

「うん」

「いいけど、きっとあんなのがウジャウジャいるぞ。お前くらいの歳のもんには勧誘がゾンビみたいに寄ってくるぞ。軍に入れとか、変な宗教とか……」

「わかってる。大丈夫だよ」

「ふうん」

と言った。古代にとって、兄は大きな存在だった。歳が離れているだけに、まるで雲突くように見えた。
幼い頃には、古代は兄の行くところ、どこでもついて行こうとした。兄はなんでも知っている、一緒にいれば凄いものが見れる、ずっとそう思っていた。砂浜で古代がはだしでいるところにナマコを転がされたりもしたが、それでもついて行こうとした。

潮干狩りも魚釣りも兄の守が教えてくれた。海苔漁家が海苔を簀(す)に貼り天日に干してる光景を指して、母さんの寿司がうまいのはあの海苔を使っているからだと言ったのも兄だった。野ざらしの壊れた漁船に入り込み、操船室で『おれは宇宙海賊キャプテンハーロックだ! トチロー、星の海へ行くぞ!』と叫ぶ。そのとき、その廃船は髑髏の旗を掲げた宇宙強襲船〈アルカディア号〉となるのだった。

その兄が、とうとうほんとの宇宙船乗りになってしまった。そしてほんとにガミラスなんて正体不明の敵と戦いに行こうとしている。もう生きては帰らないかも――考えると、やめろ、行かないでくれと古代は叫びたくなった。同時に行くならおれも連れていってくれと言いたくなった。異星人と戦うなんて自分にできると思えない。カニやヒトデやゴカイのデカいのみたいな生き物で、捕まって食われることになったらどうすると思うと怖い。それでも、兄貴について行けば――。

凄いものが見れるんじゃないか。星の海が本当に行く手に広がってるんじゃないか。そんな気がした。ガミラスの船を捕まえて、超光速航行技術を手に入れる。船にあのときの廃船と同じ〈アルカディア〉の名を付ける。舷腹に髑髏の画を大きく描き、それで銀河を離れるのだ。天の河銀河の渦を広く視野一杯に眺めて見るところまで。

地球人類がまだ絵に描いてしか見たことのない自分達の銀河系。それを写真に収めて戻り、掲げて言うのだ。どうだ、こいつは想像画じゃないぞ。他所(よそ)の銀河でもCGでもない。おれがこの手にカメラを構え、指でシャッターを切ったんだ。おれが眼で見たナマの銀河だ。

どうだ見ろ、これが証拠だ! 世界の人々にそう叫ぶのだ。この写真を撮った場所に、おれは旗を置いてきてやった。地球人類が来た証拠に、永遠にそれは宇宙にはためくんだ。

そう叫ぶのだ。どうだやったぞ、おれはやったぞ。そう叫ぶのだ。兄貴なら、そんなことさえやってのけるような気がした。だから古代は背中を追ってついて行きたいと思った。兄貴がキャプテンハーロックなら、おれはトチローだ、それでもいい。だからついて行きたいと思った。

「父さん母さん、行ってまいります」

その日、基地に戻る兄を、父と母は反重力バス乗り場まで見送りに出た。一緒にバスに乗る次男を父母は気がかりそうに見た。やはりそのまま軍に入隊しやしないかと心配しているらしかった。古代が住んだ町から横浜までは、その五十人ほど乗りの大型タッドポールで行くのがいちばん早い。バスがフワリと浮き上がると、父母は下から見上げてずっと手を振っていた。

それがふたりが両親を見た最後の姿になった。機内に乗客はまばらだった。兄弟は相模湾を眺める側の席に着いた。海面は青く光り輝いていた。行き交う船が後に残す航跡が、ナスカの地上絵のように見えた。

「軍に入れば、こんなものも飛ばせるようになるんだろ」

古代が言うと、

「このバスか? そりゃ士官学校じゃあ、タッドポールくらいは操縦習わされるからな」

「ふうん」

「けどな。言っておくけれど、軍はおれが入ったときと違うぞ。今はどこでも『いま志願すればトップガンのコースが志望できる』なんて言って誘ってるけど、あの話にはカラクリがあるんだ。『コースが志望できる』んじゃなくて、入ってくるやつ全員にパイロットの適性試験受けさせてるのさ。戦闘機乗りはすぐに死ぬ。だから今から大量に養成しなきゃいけないって言うのが本当の考えなんだ。それに、〈試験〉と言ったって、まずは視力で篩(ふるい)にかけられることになる」

「うん」

と言った。そんな話はもちろん聞いて知っていた。視力で五割、それ以外の適性でまた何割と落とされていって、パイロットコースに進むのは数十人にひとりだと。そこからさらに選抜されて、戦闘機が与えられるのは百人にひとり。