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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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OK



艦橋で森はチェックリストを手に部下の報告を受けながら、ついにときがやって来たのを感じていた。ひとつひとつの報告に応えてリストに印を入れながら、気分が重くなるのを覚える。

自分の部下ひとりひとりの顔を思い出す。これから先の数時間、このリストに名を書かれた者達は、疲れ切った体をムチ打ち、艦内を駆け回ることになるだろう。何人かはおそらく死ぬことになるだろう。死なせていい人員などひとりもいないにもかかわらずだ。

航空隊の古代を起こしに行かせた結城が『OK』の報せを送ってきたのに『確認』と応え、この子は特に若かったはずだなと考えた。三浦半島に遊星が落ちたあの日の自分と同じくらい――あれから七年。しかし、たった七年なのか。まるでとっくに十七年も経っていて、あの子の倍の歳になったように感じる。

艦橋クルーがひとりふたりと入ってきて、おはようと挨拶して席に着く。みな表情が硬かった。まともに眠れた人間はただのひとりもなさそうだ。『今そこで鏡を見たら四十歳の自分がいた』とでも言いたげな顔をして、分厚いリストを手に黙り込む。

デジタル時計が作戦開始予定時刻を秒読んでいる。〈ヤマト〉がワープし、〈スタンレー〉に行くまで十数分だ。これを変えねばならないような事態は何も起きていない。

「いよいよだな」

真田が現れ、それだけ言った。森は顔を上げて見たが、真田はひとつ頷いただけで、自分の席に着いてしまった。対艦ビーム対策の件で、特に新たに思いついたこともないのだろう。ここまできたら、後はもう運を天に任すしかない。天は天でも、何しろ天にいるのだから、南天のマゼラン雲にでも祈るしか。

かつて船乗りのマゼランが赤道を越えて見つけた星雲。オレに地図を丸めさせろと見上げた場所に行くためには、〈ヤマト〉も赤道を越えねばならない。太陽を奪った敵を倒して光を取り戻すのだ。

三浦半島が消えた日にテレビで見た横浜や小田原の惨状を森は忘れられなかった。あれはたんに始まりに過ぎず、その後に世界が同じ炎に焼かれていくのを見せられても、なお――。

あの日から地球は黒い雲に包まれ、人は地下に追われていった。人はまだいい。動物や、鳥や魚に逃げ場はなかった。木々や草花に逃げ場はなかった。わずかに救けたものさえも、人が死ねば滅ぶだろう。ここで〈ヤマト〉が沈んだら、すべて終わることになる。

わたしの親は地下のどこかでまだ生きているのだろうか。生きているなら、〈ヤマト〉が沈めばヤッタヤッタと喜ぶのだろうか。きっと、やっぱりそうなんだろうなと森は思った。

わたしがひとつしくじるだけで、〈ヤマト〉は沈む。〈ヤマト〉が沈めば地球は終わる。母親の嘲笑う顔が脳裏をよぎる。赤い地球に重なって……そうよ、あんたにはできっこない。人間が神に勝てるわけがない。神に刃向かう愚か者は、苦しみもがいて死ぬだけなのよ。

あんたはあの日の光景を見ても、まだ真実がわからなかった。だから免罪符は下りない。地獄で永遠に焼かれるがいいわ――。

最後に見たとき、母はそう言って笑っていた。

いいや、この七年間、ずっとその顔を見せられてきた。目を閉じれば瞼(まぶた)に浮かび、あらゆるものに重なって見えた。無駄よ無駄よと嘲り笑う。あんたに人が救けられるもんですか。滅亡を止められるはずがあるものですか。

どうしてそれがわからないの。一体いつまで無駄なことを続ける気なの……振り払っても振り払っても、嘲笑う母の顔はつきまとい続けた。戦い疲れて眠っていても、上をフワフワと漂いながらニタニタ笑って見下ろしていた。今日もどこかで街がいくつも消されたね。森が焼かれて動物の死骸だらけになったそうね。海が干上がり日本はもう島ではなくなって、元は海底だった場所でイカもイルカも塩漬けですって。地球の軍はボロ敗けで、あんたと同じ歳の男が戦闘機でカミカゼ特攻。他に敵に立ち向かう手段がないって言うじゃない。

あんたももう少し視力か反射神経が良けりゃ、特攻パイロットになっていたかもしれないよねえ。あんだけ勉強したんだから……ええと、なんなの。そのあんたがレーダー係で、冥王星で戦うことになっちゃったの。おーやまあ。これは見ものね。お笑いだわ。失敗するに決まってんじゃん。

ユキ、あんたは魔女なんだから。悪魔に体を操られているんだから。あたしにはわかる。あんたはそれを思い知りながら死んでゆくことになるのよ。そのときにこの世は終わり、選ばれた者達だけの楽園の門が開かれるの。

頭の中で響く声は、もはや哄笑になっていた。違う、と森は叫びたかった。わたしは魔女なんかじゃない。魔女は母さん、あなたの方よ。

三浦半島に遊星が落ちた日、ザマアミロと叫んだ女。わたしに包丁を振るった女……あのとき斬られた右腕の傷の辺りを服の上から触ってみた。避けきれたとは言えないまでも、軽いケガで済んだのだ。わたしは生きてここにいて、今これから、同じことをやらなきゃいけない。

今度は地球の人と生き物すべての命のために魔女の放つ矢を躱す。森はそのとき自分に預けられることになっている〈ヤマト〉の加減速レバーに手を掛けた。今は装置が有効になっていないのを確かめたうえで動かしてみる。

古傷が疼(うず)いた。刃の閃き。肉を斬られる痛みの記憶が甦ってくるようだった。タイタンで凍死しかけたときのような寒気を覚えた。水風呂に投げ込まれ、波立つ水の向こうに見た母の顔。

悪魔め――あのときも母は言った。その体から出て行け、と。

何が、と思った。負けるものか。選民思想を持つ者の約束の地などありはしない。わたしは必ずそれを証明してみせる。マゼランへ行き、コスモクリーナーを持ち帰って……そのとき、悪魔と交わった魔女はどちらの方かわかるはずよ。

しかし、と思う。古代進――あの男の顔が急に思い出されてきた。タイタンで敵に追われて一発のタマも喰らわず、〈エイス・G・ゲーム〉とやらで加藤と渡り切った男。あいつにわたしの代わりをさせれば、〈ヤマト〉にビームを躱させるくらい軽々とやってのけるのじゃないか。

いや、もちろん、事はそう簡単なものじゃあるまいが――そもそも島にもできないからわたしにやれという話でもあるのだし――古代が〈ゼロ〉に乗れるのならば〈ゼロ〉で戦わすべきなのだろう。

けれども、と思う。古代を起こしに行かせた結城の《OK》のマークを見直し、森は首をひねってしまった。あいつ、本当に大丈夫なのか?

やはりあれが斬り込み隊の隊長で万事OK牧場なんて気にはあまりなれないが……そう思わずにいられない。確かにどうもあの男を誤解していたようではある。腕の良し悪しだけでなく、得体の知れない妙な強さを持っている気も今はする。わたしだけじゃないだろう。クルーの誰もが今ではそう感じているような。

だが、とりわけ、部下の船務科員達だ。古代を起こしに行く役をあてがったときの、結城が顔に浮かべた複雑な表情を森は思い返してみた。