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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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唱和



『おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!』

『おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!』

〈コスモタイガー〉格納庫で航空隊の者達が声を揃えてコールする。それをカメラが捉えた像を、第一艦橋のクルーらが、メインスクリーンを仰いで見ていた。ワープまで30秒足らずという時間であるにもかかわらず――突然に起きた出来事にみなアッケにとられたようすで。

それは沖田がしたことだった。古代が声を発するのを信じて待っていたかのように、艦長席の制御盤の画面にウインドウをこしらえてじっと見守っていたのだった。そして一同に『これを見ろ』と言って出してみせたのだ。

『おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!』

音声もまたマイクに拾われて流される。格納庫では兵(もののふ)どもが拳を振り上げ叫んでいた。戦闘機乗りだけでなく、発艦作業員に整備員。戦術科員に船務科員――結城や他の女達も男と一緒に『俺は』と言って皆と声を合わせているのを、森も画面の中に見た。

「おれは、生きて、帰る!」

またひとつ、声が響いた。スピーカーの音に合わせて、沖田がコールを上げたのだ。まるで虎の吠え声だった。続けて言った。「おれは、生きて、帰る!」

横で真田が、その声に、雷に打たれたようになる。これは、と彼は思っていた。これがあなたの言っていた言葉の意味か。『ゴルディオンの結び目』と――それは昨日のことだった。艦長室で、自分が君を副長にしたのは〈スタンレーの魔女〉に勝てる男と見込んだからと言った後で、沖田は彼に告げていたのだ。古代は〈ゴルディオンの結び目〉を解くだろう。だから〈アルファー・ワン〉にした、と。

ゴルディオン――ヨーロッパの最果てにある〈東への入口〉と呼ばれる都(みやこ)。それはトルコのほぼ中央に位置している。

トルコは国の半分がアジア、もう半分がヨーロッパだ。国の真ん中に山脈があり、それより西はヨーロッパ、東はアジアと言うことになる。トルコの西はエーゲ海。エーゲの向こうにギリシャがあり、ギリシャの北にマケドニア。

古代の王アレキサンダーは、マケドニアの王だった。二十歳を越えていくらもない若さで海を渡ってトルコの西半分を制し、さらに東へ行こうとした。そしてゴルディオンに至る。目の前には山脈がそびえ、その向こうがアジアである。

アレキサンダーは〈イスカンダル〉だ。けれどもそれは、インドにおいて呼ばれた名だ。アレキサンダーがインドに達し〈イスカンダル〉になるためには、まずは中東アジアを制する強大なペルシャを倒さねばならなかった。ゴルディオンで彼が見上げた山脈には、ペルシャ軍が待ち構えていた。アレキサンダー率いる兵の数倍の――。

山脈の名前はタロス。タロスを越える道はたったひとつしかない。〈キリキアの門〉と呼ばれる細い谷だ。ゴルディオンの街はその手前にあった。だから〈東への入口〉なのだ。敵は当然、アレキサンダーが麓(ふもと)の街にやって来たと知っている。タロスに挑むために来たと知っている。ゆえに当然、キリキアの道に罠を張り待ち構えるに決まっている。まともにやって勝てる敵では有り得ない。

若きアレキサンダーは隊を連れて街の神殿に参じ行った。そこにはミダスと呼ばれた王が神に捧げた戦闘馬車が、縄で繋ぎ止められていた。その結び目は複雑で、どうにもほどきようがなく見える。けれどもこれを解いた者は、タロスを越えて東へ行きアジアの覇者になると預言がされていた。

ゆえに、彼は臣下(しんか)の前で、これに挑まねばならなかった。結び目は見事解かれたと伝えられる。アレキサンダーは剣を抜き、一刀のもとにそれを断ち斬り『どうだ』と叫んだと――そう伝えられている。

しかし異なる伝承もある。留め釘を抜いたところがスルスルとすべてほぐれ落ちたと言うのだ。いずれにしてもその日の夜、ゴルディオンの街に雷鳴が轟(とどろ)いた。それはこの若者を神が認めた証(あかし)とされる。

ペルシャを倒してインドへ行く男だと――そして彼は山脈を越えてアジアに踏み入り、率いる者らに向い叫んだ。〈東〉だ! おれは〈東〉へ行く! みんなおれと共に行こう!

それから二千五百年後の今、〈ヤマト〉も〈山脈〉を越えねばならない。冥王星。〈宇宙のスタンレー山脈〉を――そして〈南〉へ行かねばならない。宇宙を南へ南へと行った先にイスカンダルがあるのだから――。

そうだ、と思う。ここが〈南への入口〉だ。今この時がそうであり、だから古代が必要だった。この〈宇宙のゴルディオン〉で結び目を解く人間が――剣で断つのではなく、釘を抜き、スルスルとほどいてみせる人間が。まさに真田は、身を雷(いかづち)に打たれたように感じていた。古代と沖田の叫び声に身が震えるのを感じていた。

「おれは、生きて、帰る!」

真田は叫んだ。まるで今この瞬間だけは、失くした四肢の感覚を取り戻したようにして、義手の拳を握り締め、義足で床を踏みしめて叫んだ。聞こえるか、友よ! 今、お前の弟が、この〈ヤマト〉を揺らしているぞ。おれも叫ぼう、お前のためにも、おれは生きて帰る、と! そうとも、おれは、おれ達は、この〈キリキア〉の敵に勝ち〈南〉へ行かねばならないのだから!

「おれは、生きて、帰る!」

島が叫んだ。南部も、太田も、相原も叫んだ。森も新見もまた叫んだ。徳川もまた若者達と声を合わせて叫んだ。互いに顔を見合わせて、頷き合って叫んだ。彼らの間に二十四時間前にあった不和は、もう消えて失くなっていた。今このとき、彼らの心は完全にひとつにまとまっていた。

ワープまであと20秒。

「オレハ、生キテ、帰ル!」

アナライザーも叫んだ。メーターの針をブルブル震わせ、ランプの光をピカピカさせて機械が叫んだ。だがこの時、間違いなくこのロボットは〈生きて〉いた。

「オレハ、生キテ、帰ル! オレハ、生キテ、帰ル!」

「おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!」

艦橋に皆の声がこだまする。第一艦橋だけではなかった。下の階にも、その下の階にも、コールの声は届いていた。そして皆が叫んでいた。

「おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!」

艦橋だけでももちろんなかった。『おれは生きて帰る』のコールは瞬(またた)くうちに艦内のすべてに広がり渡っていた。艦首レーダー室の者から艦尾の機関科員まで。第三艦橋〈サラマンダー〉では、そこに〈生えてる〉さるまたけ共が、生きて帰ると叫んでいた。おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る! ワープまであと15秒というときには、もはや全乗組員が古代の声に唱和していた。

それはまさに雷鳴だった。『古代進はイスカンダルになる者』と神が認めた証であるかのようだった。今の古代は〈ヤマト〉のマストの上で輝くセントエルモの青いともしびだった。

全乗組員の希望の光だった。地球を救い、人類を救い、子供達を救うには、船には〈エルモ〉が必要なのだ。長い困難な旅に出る船には〈エルモ〉が必要なのだ。『こいつがいればオレ達は必ず〈海〉を渡っていける』と皆が信じることのできる守護聖人が必要なのだ。