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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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東経140度線



「前から気になっとったんじゃが――」と佐渡先生が医務室で言った。「この船は、なんやみんなが『すたんれーすたんれー』と言いよるな。今日はなんだか特にうるさいんちゃうか? 一体〈スタンレー〉ちゅうのはなんじゃい。スタンプラリーみたいなもんか」

「冥王星ノコトデス」とアナライザー。「乗組員ノ隠語デスカラ、コノ船ノ中ダケデシカ通ジマセンガ」

「わしに通じとらんじゃろうが。冥王星ならメーオーセーと言やあいいじゃろ。なんで気取って変な言葉を作らなきゃあいかんのじゃ」

「ソレガ隠語トイウモノデスカラ。〈すたんれー〉ノ方ガ口(くち)デ言イヤスイトイウノモアルノデショウ」

「納得いかんな。大体なんで冥王星がスタンプラリーになるんじゃ。立ち寄って記念にハンコついていこうちゅうことかい」

「ソレハデスネ、話セバ長クナルノデスガ……」

「まあ飲みながら聞くとするわ」

佐渡先生は酒をコップに手酌で注いでグビリとやった。アナライザーは説明した。〈スタンレー〉の隠語の元は太平洋の南の島ニューギニアの山脈である。まだ地球が青い頃の世界地図を広げて見れば、日本の千葉県房総半島のほぼ先っぽのところから、線が一本、南へ伸びて描かれているのがわかる。東経140度線だ。それをずっとたどっていくと、赤道を越えたところにあるのがニューギニア島。

そのすぐ南にオーストラリアがあるために、まるで小島のように感じる。メルカトル図法の地図では、日本の方が大きく描かれてもしまう。だが実際は、もはや〈小大陸〉とも言える非常に大きな島である。面積はグリーンランド島に次いで世界二番目。日本列島をすっぽりくるむ豆の莢ほどの広さがあるのだ。

さて、〈ヤマト〉の目的地マゼラン星雲は〈南〉にある。地球がどれだけグルグルと自転公転しようとも、〈天の南極〉にあるために南極大陸の真上の空に在り続けるのだ。日本人がマゼラン星雲に向かうのは、東経140度線の延長を南へ南へ南へ南へ南へ南へ南へと〈南極〉目指してただひたすら宇宙をゆくことだと言える。ゆえに、〈ヤマト〉の航海要員は、イスカンダルへ向かうべく太陽系を出ることを『赤道を越える』などと言う。

東経140度の線をたどって真南へ――まだ青い頃の地球の海を船で進んでそれをやれば、赤道を越えたところでぶつかるのがニューギニア島だ。南極を目指す日本人にとってこの小大陸は、東西に三千キロもの長さに伸びて行く手を阻む〈赤道の壁〉なのである。

横に長いだけではない。縦にも高い。この熱帯の小大陸は、言わば〈洋上ヒマラヤ〉である。日本の屋久島は標高二千メートルの宮之浦岳がそびえるために〈洋上アルプス〉と呼ばれるが、ここはそんなものでは済まない。標高5030メートルの〈ジャヤの頂〉を筆頭として、四千メートルを越える山が西から東へズラズラと並ぶ。端から端までずっとそんな調子であり、尾根の鞍部(あんぶ)においてすらその海抜は二千メートル。全体の平均が三千メートル――それがニューギニア、スタンレーの山並であるのだ。

冥王星を〈ヤマト〉クルーが〈スタンレー〉と呼ぶ第一の理由はごく単純なものだ。この地理的な要素である。日本人の船乗りにとってニューギニアは〈赤道の壁〉。もしも迂回ができぬのならば、ジャングルを切り開いて地に丸太のコロを並べ、船をその上に乗り上げさせて、そして舳先のフェアリーダーに鎖を掛けて乗組員が総出でええいこらよと引いて、山脈の尾根を越させなければならない。もしも谷間を抜けぬのならば、この山脈の最高峰、〈スタンレーの魔女〉と呼ばれる〈ジャヤ〉の頂上を越さねばならない。

そうするしかないのであれば、そうするしかないのである。たとえ無理でも無謀でも南極へ行かねば国が滅びるのなら、そうするしかないのである。そして〈ヤマト〉は、何がなんでも〈天の南極〉へ行かねばならない。太陽系を出るにあたって迂回できない敵がいるなら、倒していかねばならないのだ。それは宇宙の赤道にそびえる〈ジャヤ〉だ。〈ヤマト〉に乗る者達は、それを征服せねばならない。

ニューギニア島スタンレー山脈最高峰、東経140度線のすぐ西に位置するジャヤ山。かつてその山は〈魔女〉と呼ばれた。登りつこうとする者を退け、直上の陽光を受けて輝き下界を見下ろしていた。登攀をあきらめ下山する者達は、振り返って雪の斜面に嘲笑う女の顔を見たと言う。風の中にせせら笑う声の響きを聞いたと言う。山は冷たくそびえ立ち、男達を笑っていた。人間どもめ。お前らを寄せ付けなどするものか。それが身のほどと知るがいい――冷ややかに〈魔女〉はそう言い笑っていたと。

そして今、冥王星――そうだ。宇宙を〈真南〉へ行かねばならぬ〈ヤマト〉にとって、冥王星は迂回できぬなら越さねばならぬ〈天の赤道の壁〉だった。宇宙のニューギニア島であり、スタンレーの山脈なのだ。〈ヤマト〉は〈ジャヤ〉に挑まねばならない。ガミラス基地は〈宇宙のスタンレーの魔女〉だ。地球人類の滅亡に手を貸す宇宙の魔女なのだ。

――と、これが単純な第一の理由だ。しかしまだ、それだけではない。〈ヤマト〉のクルーが冥王星を〈スタンレー〉と隠語で呼ぶもうひとつの理由があった。ニューギニア島スタンレー山脈――そこはかつて、日本の軍隊が無謀な作戦のもとに赴き完敗した場でもある。日本はかつて、世界を相手にした戦争でこの山脈を戦場にし、兵を全滅させているのだ。そこは玉砕の地でもあるのだ。

それも最初の……1942年、太平洋戦争中のことである。ミッドウェイでの海戦の直後だ。連合軍の巻き返しが始まって、日本は窮地に追われつつあった。敵連合の反攻の最初の拠点となったのがニューギニア島南部に位置するポートモレスビーの港。ここに置かれる基地へと敵は兵を続々と送り込む。それを防ぎ止めなければ、敵は140度の線を北へ北へと上ってきて、やがて日本は国を焼かれる。だからと言って降伏すれば、大国に四つに分けられ内乱を見物されることになる。その後に多くの国々がそうされてしまったように……。

紛争してるよ怖いねえなんで同じ民族同士殺し合わなきゃいけないんでしょ。東ジャパンに西ジャパン、南ジャパンに北ジャパン。しかしま、あそこで憎み合ってくれるほどこっちはお金が儲かるてもんで、いいぞどんどんやってくれい。流れた血が地に染み込んで、石油に変わって噴き出すくらい殺って殺って殺り合ってくれい。ああ平和の大切さがわかりますね。ああいう国にはなりたくないもんですな。

そう言われるはずだった。だから降伏はできぬと言った。実際にはアメリカに、『へっへー原爆で勝ったんだから全部ウチのもんだよ』と占領されて〈反共の盾〉にされるわけだが、そんなことは知るよしもない。敵は日本を四つに分ける四つに分けると言いながら、赤道にハシゴの足場を築こうとしていた。ルーズベルトはもちろんのこと、チャーチルもスターリンも毛沢東もそれぞれの国の民に約束していた。ショーワヒロヒトとかいうガニマタのチビを吊るして必ずあの島国を四つに切り分けてみせます。この線からこっちはウチの……。