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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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真っ赤なスカーフ



「あ、ごめんなさい」

古代は言った。それから思った。うわっ、またこの女かよ。なんでなんで毎度毎度、間(ま)の悪いときに出くわすんだ。よりにもよって船でいちばん苦手な相手に……おれって運に見捨てられているのとちゃうか?

森雪とかいう女士官は、二歩ばかり後ろにさがった。それから古代に、『入りなさいよ』という眼を向けてくる。今ここから出ていくつもりだったんじゃないのかよと思ったが、

「いいえ。おれ、やっぱりやめます。どうぞごゆっくり」

ムッとした顔をされた。いかん、と思う。そりゃそうだ。しかたがないのでやっぱり小部屋の中に入ることにした。

それがいけなかった。足を踏み出した瞬間に、森も古代の横をすり抜け部屋から出ようとしたのだ。カウンターでぶつかってしまった。

「わっ」「きゃっ」

よろけつつ、ふたりで展望室内へ。森が倒れそうになるのを古代は支えた。

古代につかまり、森は背を正して立つ。睨むように古代を見た。

やばいなあ、と古代は思った。この状況は絶望的だ。すべてをあきらめ、神にゆだねるしかあるまい。

「えーと、その、あの……」

古代は言った。この女がこのおれをどう見てるかはわかってる。この〈ヤマト〉にはふさわしくない規格外の不良品、だ。そりゃそうだろう。おれ自身、よくわかっていることだ。真のエリート艦橋クルーの島とか南部とかいうのと毎日一緒にいたら、おれなんか、よくよくカスにも見えるだろうさ。人類存亡の危機にあるこのときに、戦わずに逃げる男――そういう眼で見てるんだろう。

けれどもそう思われてもしかたない。だって本当に逃げたいんだもん。人類を救う使命なんて、どうしておれが負わなきゃならん。そんなのヤだから逃げたいんだよ。このキャリアウーマンには、さぞかしそんな考えは意気地なしに思えるだろうが。

この小展望室にいま入ってきたのだって、たとえ少しの間でも状況から逃避する場所を求めてのことだった。前回の会議の後もそうだった。なのに度々(たびたび)、この女は、一体どんな理由があって同じ時間にここへやって来やがるのか。そんなに星を見るのが好きか。

外にチラリと眼をやった。窓の向こうに〈煙突〉がある。実は対空ミサイルの発射台であるとか言うが、なんで煙突の形なのか。さらにその後ろ、戦艦〈大和〉ではアンテナ線の支柱が立っていた場所に細長い翼のようなものがある。船体から離したところに置かなきゃならないセンサー類を保持するための柱らしいが、これまたなんでわざわざそこに。で、その先に副砲主砲、カタパルト……正気の沙汰と思えない。一体なんで、何から何まで昔の戦艦そのまんまの形にしようとするのか。

森は言った。「ありがとう」

「は?」

「今、支えてくれたじゃないの。だから礼を言ったのよ」決まり悪そうに言う。「それだけよ」

「ああ、そう」

「ここでよく会うわね」

「いや、本当に」

思った。気まずい。これは気まずい。ほんとにこいつ、この部屋を出ていくつもりだったんじゃあなかったんかよ。

「ごめんなさい」森は言った。「あたし、あなたのこと誤解してた」

「は? えーと……」

「あたしはてっきり、あなたはずっと状況から逃げてきた人なんだと思ってた。でも、見ていてわかったの。あなたは決して戦わない人間じゃない。与えられた使命を果たす、そのためになら命を懸ける人だと言うのが……ただ、これまで、その機会がなかっただけよ。そうでなければカプセルを持ってこられるわけがない。そんなの最初にわかっていいはずだったのに……」

「え?」

と言った。違う! それは、全然違う! この人トコトンおれを誤解してる!

「謝るわ。あなたなら、この任務もきっと果たす。あなたにできないことならば、たぶん他の人にもできない。沖田艦長は最初から、すべて見極めていたのね。あなたがいれば、〈ヤマト〉は勝てる。今ならそう信じられる」

「いや、あの」

信じないでくれ、頼むから! そう思った。この人、たぶんおれに言ってるというより自分にそう言い聞かそうとしてるんだろうけれどもさ。だからっておれを信じたり、頼ったりしないでくれよ。迷惑だから! そういうのは島か南部だかに言えばいいだろ! どうして今おれになるわけ?

「あたしはときどき、今の地球人類に救う価値はあるのかと考えてしまうときがあるの。みんな、生きるのをあきらめて死ぬのを待ってるだけなんじゃないかって……でも、違うのよね。きっと、あなたのような人が、まだまだたくさんいるんだわ。戦うだけの気力があって、機会があれば戦える人が……〈ヤマト〉がその機会を作らなきゃいけないのよ。そのためにも〈スタンレー〉は叩かなきゃいけない。あなたが基地を探して飛ぶなら、あたしもビームを躱さなければ……」

「はあ」

と言った。エリートってのはシチ面倒くさいことをよくもまあ頭でこねくりまわせるもんだな。冥王星で勝ったとしてもおれはこの先、航海中はずっとずっとこの女からやいやい言われることになるのか? だろうな。船務科と言えば船の運行管理役。この女はその長だと言うんだから、旅の間はつまりずっとおれは管理されちゃうわけだ。うげえ。ヤだなあ。げんなりするな。それでなくても逃げたいことだらけなのに。

「ええと」

と言った。

「何?」

「いや、何と言うほどのこともないんだけど……」

とにかく話題を変えようと思った。たとえば、天気の話とか。窓を見てみた。宇宙はいつも晴れた夜空だ。

「この船って、なんで昔の戦艦まんまなのかと思ってさ。有り得ないでしょ。沈没船をカモフラージュにしたってのはわかるにしても、何も形をこうすることはないんじゃない?」

「ああ」

と言った。彼女の方でも話しやすい話題になってほっとしたように見えた。

「そうよね。そもそも〈大和〉って、縁起のいい船ではないしね」

「そうでしょ。沈んだ船なんて」

「それもあるけど……〈大和〉のことは何も知らない?」

「うん。550年前に沈んだ船としか」

「250年前」と言った。「まあ、無理ないか。〈大和〉は敗けるとわかっている戦いに臨んでいった船だったのよ。そして沈んだ。そして日本は戦争に敗けた……」

「ははあ」

なるほど縁起が悪い。タイタンで見た〈ゆきかぜ〉の残骸が頭に浮かんだ。兄が死んだ日、地球は一度戦争に敗けた。〈メ号作戦〉の敗北は人類滅亡を意味していた。人々が絶望から無気力になり、その一方で狂信徒が勢力を拡大させていったのも、思えばその日からだったろう。古代は言った。「だったら、なんで?」

「そうね。子供を救うため、旅立つ船なんだものね。別の形が他にあったかもしれない。マンタエイとかアホウドリとか、首長竜みたいな形にするべきだったのかも――どうせマンガみたいなら、子供の夢を託すのにふさわしい形があったかもしれない。その方が合理的な設計もできたはずだった。けれども、それは否定されたの。最後の希望の船の名前は〈やまと〉以外ないだろう、船の形は戦艦〈大和〉まんまにしようということになった」

「だからなんで」