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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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サルマタケ



巨大なハッチが口の開け閉めを繰り返し、赤青黄色の標識灯を瞬(またた)かすクレーンアームを出し入れさせる。それが宇宙を揺れ動くさまは、まるでアニメの巨大ロボが〈ヤマト〉の尻から腕を突き出し、色華やかなスカーフを振っているようだった。〈タイガー〉戦闘機の着艦アームだ。32機の〈タイガー〉をできる限り迅速に船に収容するために、漁船がブラックタイガー海老でも釣るかのような仕掛けを使って――いや、実際のエビ漁がどんななのか藪は知らぬが――ヒョイヒョイヒョイと引っ張り込む。その装置の点検が、〈スタンレー〉での戦いを前にあらためて行われているのだった。藪は磁力ブーツの足で〈ヤマト〉艦底に〈逆さに立っ〉て、その光景を〈見上げ〉ていた。

足元には補助エンジン。艦底後尾に二基並ぶ。〈補助〉と言っても巨大なそれらの点検に藪は駆り出されていた。さっきまで麻雀卓を囲んでいた機関員の先輩達と、今は点検パネルを囲み、ズラズラ並ぶ各種のメーターを確かめる。索子や筒子の牌がそれぞれ一二三四五六七、役を作って上がりを待って、リーチをかけてツモればいくらと点数計算……という具合だ。

地球の海で転覆してひっくり返った船に立ち、夜空の下で麻雀しているかのようだった。〈タイガー〉の離着艦ハッチが閉じると、その先にある第三艦橋〈サラマンダー〉が宙に突き立っているのが見える。藪が今いる場所から見ると、〈サラマンダー〉はまるで赤いカレイかヒラメが、サメかイルカの背びれの上に乗っているかのようだった。

先輩のひとりが通信器を通して言った。『あの艦橋を、〈サルマタケ〉と言うんだよ』

「ええ」

と応えた。あの種の艦底構造物を〈サラマンダー〉と呼ぶのは別に教わらなくても知ってる。つまりサンショウウオのことで、水底を這う平べったい生き物のように見えることから〈サラマンダー〉。そう言ったのが船外服の通信機のせいか何かで『さるまたけ』と聞こえたのだと思ったのだが、

『ほら、あれって、ここから見るとまるででかいキノコだろ。〈猿股〉ってのは、つまりパンツね。〈ヤマト〉の赤いパンツからキノコが生えてるみたいだから、〈サルマタケ〉』

「ええっ?」

と言った。先輩達がみな笑う。

第三艦橋を見直してみた。なるほど巨大なキノコのようでもあるが、しかしそんな。

その後部の窓に人の姿が見える。磁力ブーツで船の底に張り付いている自分とは立ち方が上下反対だ。だからまるでコウモリが天井からブラ下がっているよう。

無論、彼らは彼らの床に立っていて、あの艦橋の方が〈ヤマト〉本体からブラ下がっているのだ。ここから見えるあの窓は艦載機の管制室で、〈タイガー〉のパイロットに右だ左だと着艦指示するための点検作業をしてるのだろう。しかし、あそこに立つ者の気分はどんななのかと藪は思った。

あの艦橋は管制台を兼ねる他、船体から離して置かねばならないレーダーなどを据えるためのものらしい。しかしあんなの、小型の駆逐艦などではあっても普通、無人だろう。けれどもこの〈ヤマト〉では、ああして人が配置されてる。

そんなことになっているのは、結局のところ、この〈ヤマト〉が急造艦だからなのに違いない。空母を別に持てないために、戦闘機隊を狭いスペースで無理に運用しようとするから、あんないかにも危なっかしいシロモノを管制に使わなければならなくなるのだ。

〈サルマタケ〉か。あの艦橋がキノコと言うなら今のおれはきっとカビだなと藪は思った。命綱で繋がれて、磁力ブーツで張り付いている。おれはこの船に立ってるんじゃない。やはり船底にブラ下がっているのだ。

宇宙には上も下もないと言うが、違う。宇宙では、あらゆる方向が下なのだ。もし船から身が離れたら、どの方向に行くのであってもそれは〈落ちる〉ということだ。無限に広がる虚無の底へ、永遠に落下し続ける。それが無間地獄でないなら、他の何をそう呼ぶか。

第三艦橋サラマンダー。船と繋がるあの柱がヘシ折れたなら、中にいる人間は……あそこが戦闘配置など、おれにはとても耐えらないなと藪は思った。こんな船でガミラスと戦うなんて無謀じゃないのか。

そう思わされるのは、自分がいま向かっている機械も同じだ。補助エンジン――この〈ヤマト〉ではそう呼ばれるが、しかしこいつは、他の船でこれまで自分が扱ってきたカミカゼエンジンと基本的に変わらない。小型高出力だけが取り柄の、敵に突っ込み生きて帰る考えなど持たない船が持つのと同じ片道ロケット。

それが二基並んでいる。〈ヤマト〉の場合は、敵に遭ったら逃げるためこれを積んでいるのであって、決して戦うためではない――そのはずだった。当然だ。敵と戦う役になど本来立つようなものではないのだ。少しばかり強い役を揃えることができたとしても、向かう三人が組んでる卓の麻雀で勝てるわけがあるものか。

この〈ヤマト〉は、ましてすべてが急あつらえ――船の心臓で腸である機関室にいる自分には、その事実がよくわかる。船の肝臓の声なき声を聞く立場であるのだから。これは筋肉増強剤で無理矢理強くしている船だ。半荘勝負を最後まで戦い抜けるものではない。

だと言うのに、冥王星とは……迂回するんじゃなかったのかよと藪は思った。先輩機関員達は今、なんの迷いもないように船外作業に取り組んでいる。さっきまで麻雀卓を囲んでダラダラしていたのが嘘のようだ。〈スタンレー〉へ行く行かないでああだこうだと言っていたのも、すべて忘れてしまったよう。

これはそういう船だと言うのに、あらためて気づかされる思いだった。オレが地球と人類を救うのだという決意を胸に、訓練を重ねこれに乗った。戦って死ぬのであれば本望で、怖いなんて思いはしない。やるべきことを命懸けでただやるだけ……必ずしも戦闘要員と言えないような配置の者でも、それは変わることはない。

そしてまた、機関員こそ船が戦えるか否かを決める要(かなめ)の人員なのだった。エンジンが動かなければ船は進めぬだけではない。砲の旋回もさせられず、灯りも点かず床の人工重力も消える。

わずかな予備電力では〈ヤマト〉の電子機器が食う電気は賄えず、百万キロ先の宇宙を秒速千キロで進む敵船を狙うなどは不能となる。敵のビームやミサイルが〈ヤマト〉めがけて放たれても、レーダーで探知することもできはしない。

エンジンがもし止まったら〈ヤマト〉は死ぬのだ。一基が失われただけでも、船の力は大きく損なわれてしまう。

今、装置を点検する機関員の全員が、それを自覚しているのがわかった。ひとつひとつの計器を調べる眼は真剣そのものだ。不調の種が機械のどこか見えない場所で根を広げ、やがてキノコのように膨れて胞子を撒き散らすかもしれない。そんな兆候がどこかにないか――メーターを睨み針を確かめ、麻雀打ちが場の流れを掴み取ろうとするようにエンジンの調子を見極める。危険が潜んでいそうな箇所は。交換すべき部品はないか。どこならまずは安全と言えて、どう機械を騙していくか……ヒマつぶしのダラダラ麻雀とは違う。まさに鉄火場の勝負事だ。伝わる気迫に藪は圧倒されていた。