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無題if 赤と青 Rot und blau

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瓦礫の王都に陽はまた昇り。










 美しい都だったのにな。



 ロシアは視線を伏せる。この地は人気も無く既に廃墟と化し、土埃だけが風に舞う。街で一際大きな大聖堂の前でジープを下りたロシアは度重なる空襲で廃墟と化した聖堂内に足を踏み入れる。供しようとする部下を制して、壊れかけた扉を開く。開かれたドアから白み始めた陽光が真っ直ぐに差し込む。

 十字架に吊るされた男の足元、人影が見え、ロシアは立ち止まる。ひとの気配に気付いたのか、人影は胸に抱いた人影を守るように引き寄せ、顔を上げた。

「止まってください。そこ、地雷が埋まっています」

そう警告され、ロシアは言われるがままに足を止める。暗い教会の中差し込む光を頼りに目を凝らせば若いドイツ兵だと解る。そして、その兵士が腕に抱いている青年は…。

「…プロイセン君?」

白銀の髪をする者などそうは居ない。そして、ここにプロイセンが居ると知ったから、ベルリンよりも先にここに来たのだ。ロシアは足を踏み出そうとして、警告を思い出し、踏み留まった。

「…死んでるの?」

プロイセンは身じろぎもしない。威勢のいいプロイセンしかロシアは知らない。そう訊ねれば、兵士は首を振った。
「眠っておられるだけです。ここ数日、不眠不休で働いておられましたので。…勝手なお願いなのですが、もう少し、休ませては頂けないでしょうか」
「…いいよ。もう殆ど、制圧したし。将軍は降伏したしね」
「…そうですか」
兵士は視線を落とす。それをロシアは見やった。
「…プロイセン君はひとりになっても、戦う気なのかな?」
「いえ。…あなた方が来られたら、武器を捨て、投降すると」
その言葉にロシアは瞳を瞬いた。
「…本当にプロイセン君、そう言ったの?」
「はい」
眠るプロイセンの顔は見るも無残にやつれ、隈は酷い。それをロシアは見つめる。ここからでは息をしているのかどうかも解らない。頬は白く、黒く乾いた血の痕だけが鮮明だ。思えば、弱ったプロイセンを見たことなど無い。フランスに身体半分を攫っていかれた時だって、強がるのを止めなかった。好戦的に光るあの目を止めることなど、息を止める以外に出来ないと思っていた。戦うために生まれた国だった。……それなのに、戦うことを止めると言うのか。
「…彼は一人になっても戦うって思ってたよ」
「…そうですね。そういうひとです。でも、上官の守りたかったものはもうなくなってしまった。守るものもないのに戦う必要はないでしょう」
兵士はそう返して、視線を伏せた。
「ドイツ君はプロイセン君にとって、守りたいものじゃないの?」
守りたいものが無くなった。兵士の言葉を反芻し、ロシアは口を開く。その身の元となったものを譲り渡すほどに愛していたドイツは、プロイセンの守りたいものではなかったのか。
「…どうなんでしょうか。…上官が守りたかったものは、ドイツ自身ではなく、私のような国民だったのだと思います。…人種政策が始まって、それを止めるように進言を繰り返して、上司から不興を買い、僻地に飛ばされ、その度に弟さんに連れ戻される…そんなことを繰り返して…疲れたと。もう自分は国民を守る力も失ってしまったと嘆いておられました」
とつとつと兵士は語る。ロシアは傍らにあった辛うじて形を残したベンチに腰を下ろした。
「…嘆く、か。…僕の知ってるプロイセン君は弱音を絶対に吐かないひとだったよ。君には随分、心を許しているみたいだね」
「…私が、「人」だからでしょう。「国」に対して弱音を吐けば、そこに付け込まれる。…人の生は短い。零すには丁度いい」
それに兵士は言葉を返した。
「…そうだね。でも、それだけじゃないでしょう。君に随分、気を許してる。僕もいるっていうのに寝てられるんだから」
ロシアの言葉に兵士は微笑を浮かべる。その微笑が遠い昔に一度だけ会ったプロイセンの王に重なる。ロシアは瞳を瞬いた。
「…君、似てるね」
「? 誰にですか?」
「…プロイセン君が大好きだった王様。僕の皇帝も大好きだったけど」
兵士は首を傾ける。それにロシアは柔らかな笑みを返した。不思議とこの兵士に対して敵意や苛立ちを感じない。
「…光栄ですよ。大王に似てるなんて言われたのは初めてです」
どこか老成した感のある兵士はそう答えて、空を仰ぐ。つられるようにロシアも空を見上げる。天井の所々落ちた隙間から朝日が差し込む。その光がプロイセンの瞼に落ち、身じろぐように薄く瞼を開いた。

「…お目覚めですか?」

それに気付いた兵士が身体を起こすのを手伝う。その手に甘えるようにプロイセンは身体を起こし、息を吐いた。
「…ああ。戦況はどうなってる?」
「将軍が降伏したそうです」
「…そうか」
呟いて、身を起こしたプロイセンはロシアに気付き、敵意がないことを示すように手を上げた。

「お前がわざわざ、こっちにくるとはな」

「君に会いたかったんだよ。僕が君を好きなのは知っているでしょう?」
それにプロイセンは鼻白み、目を細めた。

「…そうかよ。俺のことは好きにしろ。もう使いモンにならないくらいガタが来てるけどな。…ただし、こいつには手を出すな。出したら、舌噛み切って死んでやる」

獰猛に光る赤。それにロシアは目を細めた。

「それは困るよなぁ。君にはやってもらいたいことがあるから、生かして連れて来いって、イギリス君とフランス君に言われてるんだ。僕が君の面倒見てあげたいけど、生憎そんな暇、僕にはないんだよね。ベルリン進撃の命令が出てるから。彼に君の面倒は任せるよ」

ロシアは腰を上げて、プロイセンを見やる。

「…君も来る?」
「…行く。これからのことを俺は考えなければならない。…国民の為に」

兵士の手を借り、立ち上がったプロイセンの目は悲観することを既に止め、未来を見つめていた。この折れることを知らない赤が欲しい。

「じゃあ、行こうか」



 この赤をどうすれば、自分のものに出来るだろう?




それを考えるだけで胸が弾むのをロシアは抑えられなかった。





作品名:無題if 赤と青 Rot und blau 作家名:冬故