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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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酸素補給器



「ほら」

と言って、スプレー缶に漏斗(じょうご)がくっついたようなものを差し出してくる者がいた。敷井晴彦にはそれがなんなのかすぐにはわからなかった。しかし、

「酸素だ。吸えよ」

その言葉を聞いてわかった。酸素の携帯補給器だ。「ありがとう」と言って受け取る。

口に当てて横についたボタンを押した。中から噴き出してくるもので肺が満たされ、体に染み渡る感覚がある。あらためて、自分が呼吸するために普段より深く息をしなければならなくなっていたのに気づいた。まわりの空気から酸素がだいぶ失われてしまっているのだ。

「ありがとう」

もう一度言って補給器を返そうとした。だが相手は首を振って、

「持ってろよ。じきそんなもんじゃ追いつかなくなる」

暗闇の中で相手の顔がかすかにオレンジ色に浮き上がって見える。どこかで燃えている火に照らされているのだ。その最後の明るささえなくなったときには、もう――。

こんな小型の補給器で酸素を補えはしなくなる、か。だからと言って大きな酸素ボンベを担いで戦闘もできない。どうせ今日限りの命……敷井は自分の腰のベルトに酸素補給器を取り付けた。これ一個で何時間もつのだろう。それより前に一酸化炭素を吸って昏倒するか。

ひっきりなしに銃声が鳴り、爆発の音と振動がする。地下都市の天井に反響してこだましている。

『進めーっ! 政府を倒すのだーっ!』『ガミラスばんざーいっ!』

狂信者の叫び声も、まだ止まずに続いている。

「っかし、しつっこいよなあ。よくあんな大声が出るよ」

補給器をくれた男が言った。足立(あだち)という名の以前からの同僚だ。敷井は「ああ」と頷き返した。人は酸素が足りなけりゃ、声が出せないはずだと思う。聞こえる叫びは、やはりゼーゼー息を切らしているにはいた。

「まあ連中もじき動けなくなるだろう。おれ達は移動だ。ついて来い」

と足立が言う。敷井は、

「え?」問い返した。「移動? どこに行くって言うんだ?」

「それは――」足立は辺りを窺った。それから声をひそめて言った。「停電の原因がわかった。復旧させに行くんだよ」

「それは」

と言った。電気が戻れば空気の循環も回復する――はずであるとは敷井にもわかる。復帰させに行くと言うなら実に結構な話ではある。が、それが対テロ部隊の仕事か?

「おれもそこまでしか知らん。詳細は後だ」

と言って足立はサッサと歩いていく。これではついていくしかなかった。暗さのために、ちょっと離れたら相手の姿がたちまち見えなくなりそうだ。

闇の中を銃火を避けつつ足早に進んだ。ビルの谷間と思(おぼ)しきところに入る。

何十人かの人間達がそこにいた。暗がりでも自分と同じ兵士だろうというのがわかる。そして強襲用らしい数機のタッドポール。

「急げ。すぐにも作戦を行う」

促(うなが)されて機に乗り込んだ。兵士がすでにベンチシートを埋めている。敷井が座ると満員だった。

乗降扉が閉められる。

「数は揃ったな。時間がない。この寄せ集めで行かねばならん」

キャビンの真ん中に立っている士官らしい男が言った。途端にビルのエレベーターで昇るときのような感覚があった。タッドポールが離陸したのだ。

「手短かに言おう。我々の任務は電力の回復だ。停電は、すべての市民を道連れに無理心中を図ろうとする狂信者の一団が起こしたものと判明した。よってその者らを倒し、送電を回復させる。この街が今日を生き延びられるかは我々の手にかかっている。しくじれば、このおれ達も死ぬだけだ」

誰も口を利かなかった。敷井は息が苦しくなるのを感じた。空気中の酸素が減っているせいばかりではないだろう。突然の任務の重さに気が遠くなりかけたのだ。

他の誰もがやはり同じようすだった。とにかく何か吸おうとして腰のベルトに手をやった。指が震えて補給器の留め具がなかなか外れない。

喉に餅でも詰まったような気分だった。やっと外した補給器を口に当てて思い切り吸った。

酸素にむせる。吐き気がこみ上げ、敷井はもう何時間も何も食べていなかったこと、空腹さえ忘れていたのに初めて気づいた。吐こうとしても胃の中には何もない。

「〈敵〉に関する詳細は不明だ」士官は言った。「人数、戦力など一切がわかっていない。それでもあと数時間ですべての人が死に、我々もまた死ぬのだから、ここはもう行くしかない」

「はい……」

と横で足立が言った。やっとのように頷きながら、「はい」ともう一度返事する。

他の者らも後に続いた。敷井も無論、皆にならった。そうだ。もちろんそうするしかない。状況がこうであるのなら、情報不足だ自殺行為だなどと言えるわけがない。

むしろ、奮い立つべきなのだ――そう思った。ついさっきまで、停電の闇の底で火に照らされた街の天井を見上げ、窒息死するのが先か一酸化炭素で死ぬのが先か、とぼんやり考えていた。それが人々を救って死ねる機会を与えられたのだから。そうだ。喜ぶべきなのだろう。そこにどんな敵が待っていようとも。

ビームカービンを握り締めた。この内戦に乗じて街のすべてを道連れに練炭心中しようとするカルト集団? 一体どんなやつらか知らんがどうせ狂人の集まりだ。訓練を受けたこの身にかかれば百対一で殺してやれる。生きて戻れる望みもあるはず――。

そう思ったときだった。士官が言った。

「ただ、ひとつだけ言っておこう。我々がこれから戦う〈敵〉の名だけはわかっている」

皆が顔を上げて見た。士官は一同を見渡して言った。

「石崎だ」