PEARL
PEARL Ⅲ
1.
教会の鐘の音が、重く垂れ込めた雲の狭間に響き渡る。
閑静な空間を決して乱すことのない、厳かでとても透明な鐘の音が降る中、ミロは一つの墓標の前で膝をついた。
「長い間、訪ねなくて……ごめんな」
石に刻まれた名を指先で撫でながら、真紅の薔薇の花束を置いた。
「おまえが好きだった花。こんなにも鮮やかな色をしていたなんて、今日初めて知った気がする」
燃えるような赤い色を好んで身につける女だった。それがとても似合う女でもあった。
大胆で臆病、傲慢で繊細な彼女をずっと、ずっと愛していきたかった。
子供じみた一方的な想いをぶつける俺をそれでも、彼女は包み込んでくれていたのに。
―― 突如、訪れた破綻。
それはやり直すこともできず、永久に取り戻すこともできないまま、手の届かないところへと行ってしまった。
彼女を失った痛みを刻みながら、生きてきた。
涙は一切流すことはなかった。
きっと、彼女の元へとすぐに行けるだろう。そう思いながら、聖闘士としての責務を果たしていた。
「いつか、おまえの元へ行けると信じていたから」
その時にずっと仕舞い込んでいた悲しみを吐き出し、赤子のように彼女に抱かれながら思うさま涙を流そうと思っていた。
「―――だが、今もこうやって生きている。何故だろうな」
そして。
彼女と同じほどに……いや、もしかして、それ以上に大切に想っている者がいる。
自分と同じ悲しみを背負い、臆面もなく愛する者のために涙を流していたシャカ。
それは愛される者にとっても癒しだったのかもしれない。
「俺はつくづく酷い男だ。おまえのために泣いてもやれなかった。ずっと、俺は……自分のことだけしか考えていなかったんだろう」
過去と向き合わないままに無意味に時を過ごしてきたのは己自身。シャカに言えた義理ではない。
――シャカとサガの関係。
――俺と彼女の関係。
似ているようで似ていない。
似ていないようで、似ている二つの関係は結果、様々なことを考えさせられた。シャカと繋がりをもったことで、止まっていた時計の針がようやく時を刻み始めた。錆付いた歯車がようやく回りだしたのだ。
―――サガのように彼女を愛すことができたなら。
もしかしたら、彼女は天に召されることもなく、今もどこかで笑顔を浮かべながら、穏やかに過ごしていたかもしれない。
逆に。
俺のように心の求めるまま、サガがシャカを愛していたら。
たとえ、別れの時が訪れたとしても、サガに愛されたことを糧としてシャカは生きていけたかもしれない。
そして、俺が心のままにシャカを愛しても、結局、彼女を追い詰めたようにシャカを追い詰めてしまうのだろう。
『逃れることの出来ない影のように
そっと君に寄り添いたい――――』
綴られた数ある言葉の中で、最後に記されていたもの。
サガはある意味それを果たしているのだろう。
結果的にはとても残酷な愛し方になっているのだろうけれども。
―――俺も、サガも。
結局、盲目的に相手を想うあまり、ただ一方的に愛していただけに過ぎない。
「……間違っているよな」
取り返すことのできない愛だけれども、残された者の思いは修正できるはず。
少なくとも、シャカはサガにどれだけ大切に思われ、愛されていたのか知ることで自身の身を大切にすることができるはずだ。
シャカはどうしているだろう。
サガの日記を読んでいるのだろうか?
シャカの心はサガに満たされているのだろうか?
呆然と心を喪失しているのかもしれない。
悲しみに泣き崩れているかもしれない。
あの細い身体を震わせ、今にも消えてしまいそうになりながら。
―――傍にいてやりたかった。
―――抱き締めてやりたかった。
だが、サガに包まれていくシャカを俺はきっと直視できないだろう。
「俺だけを見て欲しいから……俺は……弱いままだな」
ポツポツと降り始めた雨が芝生を濡らし、灰色の石を洗う。
まるで泣いているように滴垂れていく様を見つめながら、ミロは雨の中で膝をついたまま、時折、肩を震わせた。