PEARL
PEARL Ⅳ
1.
真白に降りてくる儚い天からの贈り物……雪の結晶。
どれ一つ同じ形はない。
つと伸ばした爪先にその形を一瞬だけ残して消えていく様をぼんやりと眺め見る。冷たさも、寒さも、とっくの昔に感じることがなくなってはいても、いまだ残る体温が雪を溶かす。
―――凍てつく大地のように、心は凍えているのに。
温もりを与えるわけではないとわかってはいても、大地を覆い始めた雪が温かい毛布のように包み込んでいるように思え、白い雪に抱かれたいと……そんな風に思った。
吹き荒ぶ潮風は止まない。雪が大地を包むことを厭うように荒れる海から吹く風が邪魔をする。
何もかもを飲み込むようでいて、決して近づかせぬように精一杯威嚇しているかのような白波が立つ浜辺で佇む。時折、波がミロの足の爪先を濡らした。
悴んだ手のひらの中にある一粒の真珠が残された温もりを仄かに伝えるかのようで、ぎゅっと握り締めたミロは祈るように胸に押し当てる。
―――手の中の真珠。
きっと、“本物”を手に入れることなど叶わない。
サガ、あんたと同じように。
それでも
想いは形となって残すことはできるだろう。
サガが遺した日記のように。
俺はこの真珠に……想いを遺す。
余計な想いなど何一つない
純粋な想いだけを。
天を仰ぎ、ひらひらと舞い散る花びらのような雪を見つめる。まるで沙羅双樹の園にいるようだな……とミロは小さく笑った。
「―――ミロ?」
風に乗って小さな声が耳に届いた気がした。
ザッ……
強い風に煽られ、淡く輝く黄金の髪を舞わせ、振り返る。誰の姿もなかった。
だが、纏わり憑く影のように感じる“何か”。そう感じてしまうのは己の弱さなのかもしれない。
サガを求めていながら、ミロを感じてしまう。
ミロが今、どこにいるのか……その場所さえもわかってしまう。
傷つけ合うような関係でしかないのに。
それでも、名前を呼ばれるだけで優しさを感じた。
それでも、その腕の温かさを感じた。
あたたかな鼓動が与えてくれたのは痛みだけではなかった。
痛みを求めながら、真実求めていたのは……
「私は……いつだって気付くのが遅すぎるのかもしれない」
悲しく笑いながら、そっとサガの日記を撫でる。
「サガ……私はずっと、君を想っていた。君が私を想っていてくれたように。でも、君には私の想いは届かない。届けられないのだ。その術を私は知らないから。もしも、あの瞬間、君へと手を伸ばしていたら。もしも、あの瞬間に君にくちづけていたら。私は叶うはずのない想いに満たされる……もっと早く気付いていたら……私はきっと君とともに……君の隣に立っていたことだろう―――でも」
ふわりと舞う風に長い髪が悪戯に舞った。サワサワと梢が鳴る。
「……私は此処にいる」
凍らせて欲しいと願っても
温めて欲しいと願っても
君はそばにいない。
それが現実なのだと受け止めるしかない。
「時は残酷だな……どんなに抗おうとしても、すべてを想い出にかえていく……」
生きている限り、時は刻む。
留まる事無く、無情に過ぎ去っていく。
今、ここを生きている限り。
そして
何も見えなかった己に
目を見開かせ
悲しみを凍らせるように
痛みを麻痺させるように
抱き締めてくれたのは
そばにいてくれたのは
今をともに生きるミロ――。
柔らかな輝きを放つ真珠の首飾りに指を伸ばし、その滑らかな肌触りを確かめる。白い指先に絡め取ったシャカはゆっくり立ち上がると高い空よりも蒼い瞳で見つめた。