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『掌に絆つないで』第三章

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Act.15 [幽助] 2019年10月1日更新


「やむを得ん……一度、このまま結界を修復する」
しばしの沈黙を破ったコエンマの言葉は、幽助の想像通りのものだった。だが、想像できていたからといって、その内容に賛成するわけにもいかない。幽助はもう一度コエンマの胸倉を掴み上げた。
「なんだと!? てめェ、さっきこのまま結界を張ったら……」
「蔵馬も閉じ込めてしまうことになる」
「だったら……!」
「今は流出している冥界のパワーを押しとどめることが何より優先だ」
「けど蔵馬が……! ほかに方法考えろよ!」
コエンマは幽助の手を振り払い、怒鳴り返した。
「そんなものがあればワシだって躊躇せんわ!」
「蔵馬も通り抜けられたんだ、なんとか通り抜ける方法があるだろ!?」
「この壁を通り抜けるということは、次元を超えることだ。そう易々と結界を越えられるなら、冥界もとっくに霊界の結界を破っておったわ!」
次元を超える?
ふと、コエンマの発言に幽助は記憶の糸を手繰り寄せた。
越えられないはずの『次元』を切り裂くことの出来る男を、幽助は知っていた。
「……あったぜ、方法が」
低い声で、幽助がつぶやいた。
訝しげに自分を見返すコエンマをよそに、幽助はひなげしに問いかけた。
「ひなげし、オレが取り込んでた冥界玉はどこにある」
「え…? 霊界だけど……」
「もっかい、それをオレに渡せ」
「ど、どういうこと!?」
思いも寄らない幽助の言動に、ひなげしが動揺する。
「…幽助…………、まさか………!」
彼の提案が公表される前に、コエンマは幽助の意図に気づいて大きく首を横に振った。
「いかんぞ…!! それは…させられん!!」
「じゃあ、てめェはこの結界破れるのかよ!?」
「それとこれとは話が別だ!!」
「この結界を破れるのは桑原の次元刀だけだろーがよ!」
桑原。もういないはずの彼の能力を口に出したことで、ぼたんもその提案の中身を確信する。
「幽助、あんたが桑原くんを復活させたら……飛影や蔵馬と同じことになっちゃうんじゃ……!?」
「……冥界玉を使って、幽助くんまで誰かを復活させるつもり…!? ダメよ、危険すぎるわ!!」
桑原の存在を知らないひなげしも、ぼたんの様子で現状を理解したらしく、幽助を説得にかかる。コエンマもそれに続いた。
「冥界玉では、自分の思い通りの誰かが復活するとは限らないのよ!?」
「そうだ、冥界玉は願いを叶えるためのものではないんだぞ!」
「けど、桑原以外に蔵馬は助けられねえじゃねえか!!」
二人を睨みつけながら、強い口調で幽助は言い放った。
「蔵馬を冥界に閉じ込めるわけにはいかねェ。あいつはオレが桑原を復活させて絶対助ける」
「いかん、幽助!! それだけは認められん! 危険すぎる……!」
「コエンマ、てめェはこのまま結界を修復して、世界守って、そんでホントに笑えるのかよ…?」
コエンマはその言葉に押し黙った。
幽助の言うとおり、仲間を冥界に閉じ込めたままでは問題解決とは言い難い。修復した結界を再び開くことは、今の現状よりも躊躇されることは明らかで、ここで蔵馬を見捨てることは救出を完全に諦めるのと同じことだ。
「オレは……何も捨てねェ……!! 誰かを犠牲にしてまで守る世界なんていらねェよ!!」
自分が仲間を助けてやる、そう決意したばかりの幽助の意志は固かった。
「いっぺんだけでいい、チャンスをくれ。オレが呼ぶのに、桑原が復活しねェわけねえだろ?」
「でも幽助くん、潜在意識とは自分でも見えないものなのよ…。やっぱり、危険だわ……っ」
「オレを信用しろ。絶対、桑原を復活させてみせる」
断言する幽助、沈黙を余儀なくされるコエンマ。重苦しい空気が、暗い亜空間に流れた。
案内人二人と幽助は、目を閉じて思案するコエンマの言葉をひたすら待った。
ひなげしの腕の中では、水晶が赤紫色の光を揺らめかせている。
かすかに動く長い睫毛。
自らの固唾を飲む音が、耳鳴りのように響いた。直後、コエンマは瞳を開くと、幽助を見据えて言葉を放った。
「必ず桑原を連れて戻って来るんだぞ……、幽助」
幽助はコエンマの瞳を見つめ返しながら、大きくひとつ頷いた。


第四章(最終章)へつづく